聖夜のケイオスブレイカー (2019年・無職転生クリスマス短編)
私の名前は七星。
七星静香。
別の世界からこの世界にやってきた女子高生。いわゆる転移者トリッパーだ。
元の世界に戻るために転移魔術の研究と実験を繰り返していたが、どうやら今すぐには帰れない上、この世界に長時間いると病気になって死ぬ……と判明したため、ペルギウスの配下『時間のスケアコート』の時間停止能力を使って時間をスキップしつつ、月に一度だけ目覚める、という状況が続いている。
月に一度の目覚め。
1日は短い。水浴びをして、ご飯を食べながら世界の状況や、起きた出来事を説明してもらえば、終わってしまう。
そのうえ、私の主観で言えば12日で1年だ。
あっという間に月日が過ぎていく。
若かったルーデウスは中年になり、可愛かったルーデウスの子供たちも、とっくに私の年齢を追い越し、結婚して子供まで出来ている。
そのことについて、焦りは無い。
けれども、一抹の寂しさを憶えなくもない。
私はもう、彼らと同じ時を生きてはいないのだ、と。
「ふぅ……ふぅ……」
「ようやく、サマになってきましたね」
「……ありがとうございます」
シルヴァリルに格闘術を習い初めて、早数ヶ月。
ようやく嫌味ではなく、称賛をもらうことができた。
「とはいえ、あなたの筋力ではせいぜい酒場のチンピラと同等といった所でしょう。ゆめゆめ過信することなど無いように」
「あ、はい」
別に、誰かと戦うつもりで格闘術を学んでいるわけではないから、それはいい。
ていうか、ルーデウスから、酒場のチンピラに絡まれた時の対処法ぐらいは教わっている。
酒場のチンピラに絡まれたら、できるだけ情けない悲鳴を上げつつ、助けを呼びながら逃げろ、と。
シャリーアだったらルード傭兵団の詰め所に、元の世界だったら警察所にダッシュだ、と。
オルステッドの名前を叫びながら逃げるのもいい、と。
もし、転移する前の私だったら、プライドが邪魔して悲鳴上げて逃げるなんてまっぴら御免だと思った所だろう。
しかし、この世界に来て、人は本当に簡単に死ぬし、いとも簡単に尊厳を踏みにじられるんだというのを、嫌というほど目にしてきた。
本当に、凄惨で、目をそむけたくなるような現実を見てきた。
それを思えば、私のちっぽけなプライドなんてゴミ箱にポイだ。
そうだ、今度、悲鳴をあげる練習もしておこう。発声練習だ。
ルーデウスは、できるだけ周囲の人が助けたくなるような、チンピラが哀れに思うような声を上げろと言っていた。
どういうのがいいんだろうか……今度、お手本を見せてもらうか。
「では、今日の稽古はこれで終わりです」
「ありがとうございました」
稽古が終わり、水浴びをする。
汗でベタベタになった服を着替え、髪をある程度乾かしたら、自室へと向かう。
さて、お楽しみの時間だ。
最近の私は、このために生きているといっても過言ではない。
が、自室へと移動中、ふと何か違和感を感じた。
普段と何かが違う。
城全体がざわついているような、しかし決してそれを悟られまいとするような静けさ。
そんな静けさの中、どこからか、音が聞こえてくるのだ。
シャンシャンシャン、シャンシャンシャン……。
聞いたことのあるような、無いような。
しかし懐かしい、そんな音だ。
とはいえ、懐かしさがどこからやってきているのかは、さっぱり思い出せない。
ただ一つだけわかることはある。
この城全体を包む雰囲気。
ずもももという効果音でも出ていそうな、重苦しい空気。
これを鑑みるに、恐らく彼が来ているのだ。
龍神オルステッドが。
「ちょっと残念かな……」
オルステッドが来てくれるのは嬉しい。
彼は、この世界に来てから最もお世話になった人物だ。
そんな彼が、未だ私に目を掛け、心配してくれているのだから、嬉しくないはずもない。
あ、それはそれとして、オルステッドがいるということは、大抵の場合、ルーデウスがいないということだ。
ルーデウスがいない場合、食事はやや味気ないものとなる。
いや、もちろん十分に美味しい。
美食家であるペルギウスと同じ食事なのだから、美味しくないはずがない。
例えるなら、フランス料理のフルコースに近い。食べたことないけど。
美味しいけど、やはりルーデウスが持ってくる日本食と比べると……。
好みの差だとは思うけど。
ともあれ、オルステッドに会えるのは嬉しい。
彼の視点から語られる近況というのは、ルーデウスのものとまた少し違うから。
と、そこで気がついた。
(……誰かが後ろからついてきている?)
シルヴァリルかな、と。
そう思い後ろを振り向くが、そこには誰もいなかった。
「誰?」
返事は無い。
気配もない。
私に、人の気配を察知できるような能力は無いから、確かなことは言えない……しかし、まだ誰かいるような気がする。
「何か用?」
返事は無い。
この、空中城塞ケイオスブレイカーにおいて、問いかけた言葉の返事が無い。
そのことに、若干の寒気を覚え、自然と足も早くなる。
何かが起こっている。
先程まで、シルヴァリルはいつもどおりだった。
だからきっと、今、この瞬間、何かが起こったのだ。
空中城塞ケイオスブレイカーには、ペルギウスとその配下しか存在していない。
私は配下ではない。ペルギウスの客である。
弟子とも言えるけど、どちらかというと共同研究者という感じが近い。
だから例えば。
本当に、例えばの話だけど。
オルステッドとペルギウスが敵対したら。
そうしたら、私はペルギウスにとって、客ではなくなる。
「……」
早足は、いつしか小走りになっていた。
急いで自室へと向かう。
その自室だって、ケイオスブレイカーには違いない、ペルギウスの居城には違いないのに。
それでも、私は自分の慣れ親しんだ部屋にいこうと思っていた。
「……っ!」
気づいた。
気づいてしまった。
後ろから、自分のじゃない足音が聞こえてきている。
そいつも小走りだ。
追いかけられている。
振り返る。
一瞬、曲がり角の影に何かが隠れるのがわかった。
ぞわりとした。
なぜなら、ほんの一瞬しか見えなかったけど、そいつが全身毛むくじゃらで、木の枝みたいな不気味な角を持っているのがわかったから。
あんなの、ケイオスブレイカーには生息していない。
「っっっ!」
泣きそうになりながら廊下を走る。
全力疾走だ。
後ろに迫る足音を聞きながら、ただただ走る。
そしてそのまま、自室へとたどり着き、扉を開け……。
「えっ……?」
「お……」
自室が様変わりしているのに気づいた。
見慣れた家具や調度品の類は無く、キラキラとした何かが部屋中で光っていた。
しかも、見慣れない人が部屋にいた。
キラキラとした何かを右手に持ちつつ、驚いた表情をこちらに向けていた。
自分の部屋ではない。
そう錯覚してしまうほどの変貌。
不幸だったのは、あまりに目の前に広がる光景が予想外だったせいか、扉を締めるのが一瞬遅れたことか。
ポンと、何者かが私の肩に手を触れた。
その手は茶色くて、毛むくじゃらで……私の脳内を『追いつかれた』という事実が支配した。
「キャアアアアアアァァァァァァ!!!! 助けてオルステッド!!!!」
口と手は同時に出た。
毛むくじゃらの手を掴みながら体を落とし、肘をみぞおちへと叩き込む。
練習通り、肘は相手の中心部に深く刺さった。
その手応えを感じつつ、頭の下がった相手の角を掴み、膝を顎に叩きつける。
「うおっ……」
肘はともかく、膝は手応えが薄かった。ガードされた。
が、そんなことより。
うめき声に、聞き覚えがあった。
「あれ?」
たたらを踏み、涙目で顎を抑えている人物に、見覚えがあった。
「ルーデウス?」
そして次の瞬間、私はとんでもないものを目にした。
視界の端、部屋の隅にある暖炉。
そこから音も無く、視認できるギリギリの速度で赤い何かが飛び出してきたのだ。
それは旋風のように私の前に移動し、停止した。
赤い帽子、もこもこした白いのがついた赤いコート。
やぼったい印象を受ける赤いズボン。
サンタだ。
だが、そのサンタの眼光はタカのように鋭く、尋常じゃないほどの殺気を放っていた。
きっと服の赤色は返り血で、今まさに白い部分を赤く染めるべく、暖炉から侵入してきたんだろうと瞬時に理解できる。
……なんてルーデウスなら言うんだろうけど、私にとっては、この世界で一番見慣れた人だ。
オルステッドだ。
オルステッドが、サンタの格好をしていた。
ご丁寧に大きな袋まで持って。
悪夢みたいな光景だ。
「どうした? ナナホシ、大丈夫か? ルーデウスに何をされた?」
そして、彼にしてはかなり優しく、戸惑った声音で、そう言った。
「……なにこれ?」
未だ理解の及ばぬ私は、その返答に答えられず、質問を質問で返す。
そう言いつつも、私は周囲を見渡す。
まず目に入ったのは、部屋の右隅。
そこには、大きな木が立っていた。
着飾って立っていた。
金色の玉やキャンディケインなどがぶら下がり、てっぺんには星を被っている。
木なのは間違いない。
ただ、動いている。
シャンシャンという音に合わせて、嬉しそうにわさわさと体をゆすらせている。
正直、ちょっと不気味だが、私はこの木の正体を知っている。
ビートだ。
ルーデウスの家の門番のトゥレント。
株分けしたのだろうか……。
次に目に入ったのは、部屋の天井。
天井の中央から外側にかけて、各国の国旗が描かれた旗が吊り下げられていた。
さらに壁面には、金色や緑色、赤色などの星の模型やリボンが貼り付けられていた。
視線はさらに横へとスライドする。
と、そこにはひときわ目を引くものがあった。
右手の壁の端。
そこには、二匹の獣がいた。
恐らく、魔物の毛皮で作ったであろうきぐるみを来て、毛皮の持ち主だったであろう首を頭の上に乗せている。
角がめちゃくちゃ大きくて、不気味だ。
彼らは。びっくりした顔をしつつ、手に銀色の鈴を鳴らしていた。
シャンシャンシャン、と。
さっきしていた音の正体はこれか。
というか、私の前で顎を抑えて涙目になっているルーデウスも、同じ格好をしている。
ただ、彼の頭には角が無い。
メスなのだろうか?
いいや、彼はオスだ。奥さんが三人もいるし。
あ、彼の角は私が手に持っていた。
さっきの膝蹴りの時に外れたのだろう。
どうやら、着脱式のようだ。
どおりで膝の手応えがなかったわけだ。
そして最後に目に入ったもの。
料理だ。
鳥の丸焼きに、サラダ、カラアゲ、ポップコーン、フライドポテトなどが、山と積まれたテーブルがあったのだ。
あ、ケーキもある。
そのラインナップにゴクリと唾を飲み込みつつ、私はこの部屋の有様を理解した。
理解したが、同時に理解できなかった。
「なに、これ?」
クリスマスパーティの準備が為された部屋で、私は再度、そう呟くのだった。
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今日は12月24日。
クリスマスだ。
そして、今年のクリスマスは、珍しくナナホシが目覚めるタイミングと被る。
じゃあナナホシの部屋でパーティでもしてやるか、最近ダイエットとかいって無駄な抵抗をしている女に、カロリーの暴力というものを教えてやろう、と。
しかし、普通にやるのでは面白くない。
ナナホシに与えられたのは一日しか無いのだから。
ゆえに智将ルーデウス・グレイラットは一計を案じた。
パーティをやることをナナホシには伏せ、綿密な段取りを持ってヤツの顔に笑顔の花を咲かせてやろう、と。
すなわちサプライズ☆パーティである。
作戦はこうだ。
まず部屋をクリスマス仕様に飾り立て、ナナホシが部屋に入ってきた瞬間、後ろを尾行していたルーデウスがクラッカーを鳴らしメリークリスマス。
主賓であるペルギウスを招き、開会の挨拶。レッツパーティ。
宴もたけなわとなった所で、返す刀のサプライズ。
ジングルベルの鐘の音と共に照明が落ち、潜んでいたサンタの登場だ。
サンタから渡される、我が子たちからのナナホシおばさんへのプレゼント&メッセージ。
それを見た日本中のナナホシは感動の渦に巻き込まれ、映画館を出てきたナナホシ達は目に涙を浮かべながら口々に「よかった」を語る……。
そんな、盛大な計画があったらしい。
失敗に終わったけど。
計画は失敗に終わり、ルーデウスはあわや痴漢の濡れ衣を着せられる所だったけど、そこは被害者女性である私の弁明により、犯罪者となることは免れた。
ていうか、普通に謝った。殴っちゃったし。
ルーデウスはいいパンチだったって言ってくれたけど、さすがに申し訳なかったと思う。
計画はさておき、パーティ自体はつつがなく行われた。
カラアゲにポテト、ポップコーンにケーキ。
どれも美味しかった。
凄まじいカロリーだったと思う。
次に目覚める時は、シルヴァリルにはもっとハードに鍛えてもらわなくちゃいけない。
パーティのお手伝いに来たジーク君とララちゃんは、しばらく見ないうちに随分と大人になっていた。
特にジーク君はすごかった。
ルーデウスの話を聞いている時は、中学生ぐらいの子を想像してたんだけど、なんかもう、年上のイケメンお兄さんって感じで、隣に座られてお酌された時には、不覚にもドキドキしてしまった。向こうからすると、私の方こそお姉さんなんだろうけど。いや、おばさんかな?
ララちゃんは見た目こそあまり変わってなかったけど、召喚魔術についてすごく詳しくなってて、異世界召喚の魔法陣と理論について、根堀り葉掘り聞かれた。理解できているのかどうかは、わからないけど。
皆、本当に大きくなったんだろう。
ルーシーちゃんなんか、もう結婚して子供もいるらしいし。
私の記憶にあるルーシーちゃんと言えば、一人で髪を洗えなくて泣いていた子だから、ギャップがすごい。
変わらないのは、オルステッドとペルギウスぐらいだ。
オルステッドは昔と同じような怖い顔で、頭でも狂ってしまったんじゃないかって思える浮かれたサンタ服を着て、プレゼントを渡してくれた。
ペルギウスは、そんなオルステッドを見て「まさか貴様が道化を演じるとはな」と笑い、オルステッドに「道化ではない、サンタだ」と言い返され、爆笑していた。
楽しいパーティだった。
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パーティが終わり、ルーデウスたちは帰っていった。
片付けは後日するからと、部屋はそのままだ。
キラキラの星やモールで装飾された壁に、クラッカーの残骸。
そして、オルステッドが持ってきた、いくつものプレゼント箱……。
私は、そのプレゼント箱を一つずつ開けた。
中から出てきたのは、なんてことのない代物ばかりだ。
手袋に、マフラー、セーター、指輪とか首飾りもある。
ケイオスブレイカーの外は冬だからだろう、身につけていると暖かそうなものが多かった。
プレゼント箱の中に入っていたのは、物だけではなかった。
それぞれ、贈ってくれた人のメッセージが入っていた。
シルフィにロキシー、エリス、アイシャ、リーリャ、ルーシー、アルス、ララ……。
私と関係の深かった人たちから、一言。
それは本当に短い言葉で、他愛のない言葉だった。
風邪引かないでねとか、昔遊んでくれてありがとうとか、皆元気でやっています、とか。
彼女らにとって、私はきっと、疎遠な存在になってしまった。
けれども、忘れられているわけじゃない。
そう思うと、なんだか鼻の奥がツンとなった。
せめて、このもらったプレゼントは大切にしよう。
そう思いながら、私はまた、眠りにつくのであった。
この物語はフィクションです。
無職転生にクリスマスはありません。
でもナナホシは何かしらメッセージとかもらっているかと思います。