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専攻は「日常の謎」

「申し訳ないですけど、これを放り投げた人の顔は見ていません。それに普通に考えて、僕よりも終夜さんの方が犯人の特定に向いているでしょう。その三人と直に面接とかをしていたんですから……」


 ついでに言えば、幻葬市のど真ん中で生きている以上、彼女も探偵としての基礎教育のようなものはされているはずだ。

 探偵養成学校のお膝元では、そんなことすら当たり前のようになされている。

 言うなれば終夜は探偵の卵であるはずで、彼女の方がこの謎解きは向いているはずだった。


「まあそうなんだけど……私、この手の死者が出ない事件って解くのが苦手なの」


 そう言いながら、終夜は恥ずかしそうに頬をポリポリ掻く。

 指が細いな、とだけ思った。


「昔から、殺人事件とかの勉強はやっているんだけど……そっちの細かい事件捜査のやり方なんて、学んでないしね。不謹慎を承知で言うけど、人が死なないとやる気がでないと言うか。私も幻葬高校に入れる程度には推理を勉強してきたつもりだけど、殺人事件の推理しか成功した試しがないから」

「へえ……つまり終夜さん、専攻が『殺人』なんですね」


 だとしたらこの手の謎は解きにくいかもな、と得心する。

 これだけ殺人事件が増えた現代であれば、珍しくもない話だった。




 「専攻」という単語は、探偵狂時代から使われ始めた専門用語だ。

 平たく言えば、それぞれの探偵が最も得意とする推理ジャンルのことを指す。


 いくら警察よりも探偵が頼りにされるようになったとはいえ、事件捜査というものはジャンルが幅広い。

 今回のような規模の小さい詐欺から、連続殺人のような重大事件まで、あらゆる事件が探偵の元に舞い込んでくる。


 その全てを個人で解こうと思うと、全ジャンルの知識が必要となって大変だ。

 だから自然と、探偵たちは自分が最も得意とするジャンルのみを扱うようになっていった。

 詐欺師を追い詰めるのが得意な人はそれだけを、アリバイを崩すのが得意な人はそれを解いて、その実績を喧伝するのだ。


 旧時代の感覚で言うならば、弁護士事務所が「ウチは交通事故の民事訴訟に強い」と宣伝したり、病院が「ウチの心臓カテーテル手術件数は日本トップクラス」とアピールしたりするノリと同じである。

 現代の探偵事務所のチラシには、「我が事務所は窃盗事件の解決数が県内トップ!専攻が『窃盗』の探偵が多数在籍!」なんてことが書かれている。

 探偵たちのこういう得意分野にして売り文句を、学問になぞらえて「専攻」と呼ぶ。


 そして大学の学問と同様、専攻をかなり早くから決めて、そのジャンルの勉強だけをする探偵は多い。

 その方がより専門的な勉強を早くから始められるからだ。

 要するに、終夜は殺人事件の勉強ばかりしていたので、他のジャンルの謎解きは苦手なのである。


 今回の事件は詰まるところ小規模な詐欺であり、死体など全く出てきていない。

 旧時代の推理小説に例えるならば、「日常の謎」というやつだ。

 内科の医師に癌の手術をさせるのが困難であるように、専攻が「殺人」の彼女にこの手の事件を解かせるのは酷だった。




「だから……わざわざ僕をこのお屋敷に招いたんですか?自分では解けないから、目撃者かもしれない人に頼ろうとして」

「他にもちょっと理由はあるんだけど……まあ、そういうこと。正直、私には全然分からなかったから」


 少し悪いと思っているのか、終夜は目を細めながら手で謝った。

 巻き込んじゃってゴメンね、と明るく謝罪も付け加えられる。

 何かと強引な少女だが、悪意を感じない表情だった。


「まあでも、アンタが見ていないなら仕方がないわ。うん、ごめんなさい、急いでいるのなら帰っても大丈夫。アンタには関係の無い話なのに、財布を届けてくれたのは本当にありがとう……また、何かお礼するから。学校が始まった時にでも」


 大方の事情を説明し終わったからか、そこで終夜は気持ちを切り替えた様子で立ち上がろうとした。

 僕を留めおく理由がなくなったので、普通に帰らせようと考えたらしい。

 まあ、常識的な対応と言えた。


 しかし────ここで。

 この言葉をかけられた僕は、随分と非常識な対応をする。


 立ち上がろうとした終夜に対して。

 僕は何故か、こんな言葉を投げかけたのだ。


「待ってください……その、ここに来たという三人に会うことはできませんか?」

「え?」


 意表を突かれた、とばかりに終夜が目を丸くする。

 まあ驚くだろうなと思いながら、僕はもう一言。


「直に会ったら、また何か思い出すかもしれませんし……連れて行ってください」






 ずっと後になってから、僕はこの時の自分の行動を随分と不思議がることになる。

 どうして、僕は彼女のことを引き留めたのか?

 彼女の言う通り、こちらには関係の無い話なのだから、すぐに帰っても良かったのに。


 最初の目的通り、財布が元の持ち主の手に戻る様子を確認したかったから?

 いや、それは違うだろう。


 どうやら財布の元の持ち主は詐欺師のようで、うっかり財布を落とした可哀想な一般人という訳ではない。

 こう言っては何だが、わざわざ財布を返してやらないといけない可哀想な人ではないのだ。


 仮に財布を本当になくしてしまったとしても、詐欺師の自業自得で終わってしまう。

 僕が努力してまで財布を返してあげる義理は、最初から無い。


 それでも、僕がここで事件に関わったのは。

 困惑する終夜を説き伏せてまで、その三人に会いに行ったのは。

 もしかすると、専攻のせいかもしれない。


 終夜雫の専攻が、「殺人」であるように。

 僕にだって専攻はある。

 九城空の専攻は────「日常の謎」なのだ。






「さっきは説明を省いて、屋敷の一室を貸し出すって言ったけど……実は貸そうとしているの、屋敷の外にある建物よ。敷地内に倉庫的な建物があるから、そこの二階をまず貸してみようと思って」


 終夜の説明を聞きながら、僕たちは庭に足を向けた。

 彼女の話によると、容疑者たちはその「倉庫的な建物」にいるらしいので、一先ずはそこに案内してもらったのである。


 曲がりくねった廊下を通り抜け、正面玄関とは真反対の出入り口から屋敷の裏手に出ると、確かに彼女の言葉通りの建造物が見えてきた。

 この瞬間、また僕は驚くことになる。


 ──いや、アレ……本当に倉庫?小さめの一軒家くらいの大きさはあるけど。


 屋敷の裏手、敷地内の端っこのスペース。

 そこに、レンガ模様の壁に彩られた二階建ての建物が佇んでいる。

 終夜は倉庫と言ったが、規模からすると屋敷の離れとでも呼んだ方が正しそうだった。


「本当は、使用人の人とかを住まわせるための建物なんだけどね。今は私たちしかいないから、正直持て余してて。要らない物を置いておく倉庫としてしか使ってなかったんだけど……」

「今回、まずはこの倉庫内の一室を貸してみようと思ったんですね?敷地内にはあるけど屋敷内ではないから、貸してもまあ大丈夫だろうと」

「そうそう。屋敷の鍵さえ渡さなければ、倉庫に入居した人に金目の物を盗られるようなことはないかなーって思って」


 確かに、的確な判断と言えた。

 だが今回、これは重要な情報ではない。

 寧ろ重要なのは、外にいる分には塀が高くてよく見えていなかった倉庫の立地の方だった。


「この倉庫、僕が歩いていた通りのすぐ傍にありますね……倉庫を出て塀を乗り越えたら、すぐに財布を拾った場所に辿り着きそうです」

「あ、やっぱり?話を聞く感じ、そうかなって思っていたんだけど」

「ええ。つまり犯人は……あの倉庫の二階から、財布を外に放り投げた?」

「私もそう思う。入居希望者の三人は、ずっと二階で待たせてたから」


 そう証言する終夜を見て、僕は倉庫の窓の位置を確認する。

 思った通り、二階には敷地外に面した窓が用意されていた。

 あの窓が何の部屋にあるものかは知らないが、あそこから財布を投げたのであれば、丁度外の路地に墜落することだろう。


「……本人たちに会う前に聞かせてください。入居希望者の三人って、どんな人たちなんです?さっきの話だと、もう面接は終わらせたようでしたけど」


 財布を投げた手法は大体分かったので、僕は容疑者の情報を確認してみる。

 すると終夜はスマートフォンをポチポチと弄って、何かのメモを読み上げ始めた。


「んーとね、内訳は男二人、女一人。全員アタシたちと同い年で、この春から幻葬高校に通おうって感じの子。だから下宿先を探していて、ここの募集に申し込んできたと言っているわ」

「今になって下宿先を探すというのは、ちょっと遅い気もしますけど……学生寮には申し込んでいないんですか、その人たち?」

「申し込んではいるけど、面接に受かってここに住めるようになったら、寮の方は断る予定って言ってた。幻葬高校の寮は、割と急なキャンセルでも受け入れてくれるから。急に入居を申し込むならともかく、出ていく分には学校側もそんなに困らないし」


 そうなんだ、と何気に知らなかった情報に驚く。

 僕は最初から寮に住む気だったので、急なキャンセルがきくこと自体把握していなかった。


「名前はね、女子が赤木(あかぎ)さん。男子二名が、青井(あおい)君と平黄(ひらき)君ね。出身地は全員バラバラだけど、身内や知り合いが既に幻葬高校に入学してるんだって。だから、私が前の希望者たちをお金を渡して帰らせたことを噂で知っていたんだと思う」

「なるほど……しかし赤と青と黄色、ですか」


 冗談みたいな名前の組み合わせだと思ったが、ツッコまないでおく。

 間違っても、信号機とは呼ばないでおこう。


「他にも面接で色々聞いたけど……まあ後は、本人に聞いた方が早いかな」


 そう言いながら、終夜は辿り着いた倉庫の扉を勢いよく開けて、すぐさま目的地へと駆け出す。

 扉を開けてすぐのところに階段があったので、そこを駆け上がったのだ。


 彼女が走り出した瞬間、階段脇に置かれていたゴミ袋たち(近いうちに捨てるのだろうか、まとめて置いてあった)がガサガサ揺れる。

 ゴミ袋はどれも几帳面に綺麗な結び目で閉じられていたが、一つだけ、適当に結んだらしいぐちゃぐちゃの結び目があった。

 何となくそれを目に留めながら、僕は終夜に続いて倉庫の二階に向かった。




 ──で、「財布がなくなった」と騒いでいるのがこの三人か。


 二階に上がってすぐ、僕は状況を確認する。

 目の前には、予想通りと言えば予想通りの光景が広がっていた。


 倉庫と呼ぶには物が少ない広めの一室に、三脚の椅子が雑然と設置。

 椅子の上では、同い年の学生たちが座っている。

 そしてその全員が、分かりやすくしかめっ面をしていた。


「あ、やっと帰ってきた!」

「頼みますよ、終夜さん。僕の財布がなくなったのは間違いなくて……」

「俺も財布がなくなってます!他の連中はどうか知りませんけど、俺のがなくなったのは本当ですよ!」


 終夜と僕が入室した瞬間、三人が三人とも喚き始める。

 家主である終夜が僕の相手をしていたため、彼らの詐欺は中途半端な形で止まっていたのだろう。

 それを一刻も早く再開させたかったのか、彼らは僕の姿など殆ど見えていないようだった。


「はいはい、それは分かったから……ちょっと、話を聞いて欲しいんだけど。実はこの人が、ここのすぐ近くで不思議な財布を拾ったらしくて」


 面倒くさそうに手をパンパンと叩きながら、終夜は細かい内容を省きつつ、僕との会話について説明し始める。

 僕が見聞きしたことをまず伝えておかないと、三人も踏み込んだことを話してくれないと思ったらしい。

 かなり端折った説明だったが──財布についても、詳しく中身を解説はしなかった──そのお陰でスムーズに話は終わる。


「……まあそう言う訳で、少なくともアンタたち三人の内、誰か一人の財布は彼が拾った物だと思う。だからとりあえず、この財布の持ち主を特定したいんだけど」

「私は違うわよ、絶対」


 事情説明の末尾に被せるように、三人の内で唯一の女子がとげとげしい声を発した。

 終夜の説明によれば、赤木さんという女子。

 実際に見る彼女は、室内だというのに大事そうに古びたコートを着込んだツリ目の女子だった。


「私、ここに来るまでは確かに財布を持ってたもん。だから、こうやってお弁当とかジュースも買ってたワケ。なのに、面接が終わったあたりから財布がなくなってて……正直、他の二人にスられたんじゃないかって思うんだけど」


 ブツブツ言いながら、赤木さんはコートのあらゆるポケットに手を突っ込み、中の生地を摘まんでわざわざこちらに見せてくる。

 中に何も入っていない、財布を隠してはいないと証明したいらしい。

 わざわざ内ポケットまで見せてくるものだから、ボロボロの生地が見えてなんとも言えない気分になった。


 彼女の足元には、レジ袋に入ったコンビニ弁当の空き箱やレシートが転がっている。

 証言によれば、財布を持っていたために買えたという商品たちだ。

 それらを確認しながら、僕はコソコソと終夜に事情を確認する。


「……因みに終夜さん、この証言の信憑性はどうなんですか?」

「スられたかどうかはともかく……ここに来るまでにお金を持っていたのと、ちゃんとそれでコンビニ弁当を買ったのは間違いないはず。この子、屋敷の位置が分かんないって言うから、私が迎えに行ったの。しかも、その途中でコンビニに寄ってた。私はコンビニの外で待ってたから、財布は見てないんだけど、店員相手に普通に弁当を買ってたから」

「なるほど……」

「歩くのがクソ遅くて、苛々している最中に『コンビニ行きたい』って言い出したから、よく覚えている」


 ──……口が悪いな、終夜さん。いやまあ、詐欺師に時間を取られて苛立っているのもあるんだろうけど。


 終夜の言い方に内心ちょっと引きつつ、僕は事実のみを確認する。

 とりあえず赤木さんは、この詐欺のために最初から一銭も持たずに面接に来たとか、そういう訳ではないようだ。

 少なくとも、コンビニ弁当を買えるだけのお金は持っていたことになる。


 この時代、剥き身でお金を持ち運ぶような危険行為をする人間はまずいない──小銭の音で周囲を刺激して、カツアゲされる恐れが高いのだ──ので、財布の類を持っていたのは間違いないだろう

 もっと言うと、現代日本では諸事情により電子マネーは殆ど使われていないので、電子決済で支払った可能性も除外して良い。


「ついでに言うと、現時点で財布を持ってないのも間違いないわ。同じ女子ってことで、彼女のボディチェックも服を脱がしてまでやったんだけど、どこにも財布的な物は隠してなかったから。財布の膨らみ自体が無かったというか」

「ここに来る途中でお金を持っていたことと、現時点で財布を所持していないのは確定ってことですね……」


 二人して小声で相談しながら、僕は終夜から情報を聞き取っていく。

 すると、それを好機に感じたのか二人目も口を開いた。


「それを言うなら、俺も絶対に財布は持っていた。そして、今はなくしたんだ……終夜さんだって見ただろう?俺のポケットが膨らんでいたのを」


 この発言をしたのは、男子二人の片割れである青井君だった。

 見た感じ、スポーツマンタイプのがっしりした体格の男子である。

 彼もまた赤木さんと同様に、ポケットに何もないとアピールしている──シャツにズボンという簡素な服装だったため、それだけで隠している物がないことの証明になっていた──様子だった。


「終夜さん、これは?」

「うん。私も、彼のポケットが何だか膨らんでたのは見てる。面接中、座った時に位置を直していた記憶もあるし……でも、直に財布を見た訳じゃないから」

「ポケットに入れていた物の正体が、別の物である可能性もあると?」

「……でも、普通は財布だと思うけど」


 細かくは覚えていないのか、終夜の歯切れは悪い。

 しかしとにかく、青井君がここに来た時はポケットを膨らませていて、それがいつの間にかしぼんでしまったのは確からしい。

 それを確認したところで、最後の一人も口を開いた。


「彼が信用されるなら、僕もそうですよ。僕もポケットを財布で膨らませていたのを、そちらは見ているはずです。今、なくなってしまっているのも確かですしね」


 最後に発言した平黄君は、青井君とは対照的に小柄な男子だった。

 しかし服装が簡素で、ポケットを空にしているのは彼と同一。

 彼の証言は本当かと終夜に目で問いかけると、コクリと頷きが返ってきた。


 ──さて、ややこしくなってきたな……三人が三人とも、財布らしきものを持ち込んでいたはずで、しかし現時点でそれを所持していない。そして財布を外にぶん投げたのは、この中で一人だけ。


 こうなると、財布の元の持ち主を探すと同時に、残り二人の事情も解かないといけなくなる。

 自身の財布を外にぶん投げたらしい犯人はともかく、他の二人はどうやって自分の財布を消失させたのか。


「あー、一応聞きますけど、この財布がやっぱり自分の物だと思う人は……」


 拾った財布を掲げて改めて聞いてみたが、三人が三人とも首を横に振った。

 珍しい光景だな、とちょっと思う。

 普通、誰の物か分からない財布の持ち主を探していると言ったら、一人くらいは「もしかするとそれは自分の物かも……だから中身をください」と嘘でも言い出すものだ。


 しかし今回は、三人が三人とも「財布が消えたので、中身を終夜に弁償してもらう」という詐欺を起こそうとしているために、そのテンプレが成り立たなくなっている。

 自分の財布を回収するよりも、終夜に高額な弁償代をふっかけた方が儲かるからだ。

 彼らとしては、本物の財布が見つかる方が問題なのである。


 ──まあ一応、本当に誰かに財布をスられていて、別の場所に財布を放り投げられた可能性とかもあるんだけど……この場合はスリの行動が意味不明になるし、考えなくて良いか。とりあえず三人共、詐欺師であることは確定として考えよう。


 そう整理したところで、また三人がめいめい口を開きだす。

 トップバッターは赤木さんだ。


「そもそも私、女子の中でも非力な方だし?そんな、自分の財布を外に放り投げるなんてできないんだけど?」


 言いながら、赤木さんは自分の腕の細さを示すようにコートの袖をちょっとまくった。

 自分はそもそも外に財布を投げられない、つまり財布消失の理由は外に投げたからではない、と主張したいらしい。

 本当なら傾聴すべき発言だが、生憎と終夜の目がキラリと光った。


「赤木さん、さっきの面接中に、中学時代はソフトボールの投手として鳴らしていたって言ってなかったっけ?だから入居後は、力仕事でも役に立てるとかアピールしてたような気がするけど。だったら、財布を投げるくらいは余裕じゃない?」

「そ、それは……」


 面接での発言が繰り返されると、赤木さんはあっさり俯いてしまった。

 きっと心の中で、面接中の自分の行動を後悔しているに違いない。

 そんな彼女を尻目に、青井くんも弁明を始める。


「お、俺も実は割と非力な方なんだ、だから……」

「いや、アンタも力持ちだって自慢してたでしょ。それを活かして、既にバイトに申し込んでいるとか……お兄さんがこの辺りのゴミ収集車の運転手をやっているから、それを手伝うって言ってなかった?」

「……はい」


 青井君の弁明もまた、一瞬で消し飛ばされた。

 というかそもそも、さっき赤木さんがしたのと全く同じ主張をするのは悪手だろう。

 申し訳ないが、そんなに頭が良くない人らしい。


「僕は……そんな、財布を小銭がパンパンの状態にしません。第一、紙幣が入らないような財布は使い辛いから買いませんしね。ほら、ポケットだって生地が傷んでないでしょ?」


 流れで最後に弁明した平黄君は、やや論理的な言い訳をしていた。

 確かに彼のズボンを観察しても、生地が傷んでいたり、垂れたりしているような様子はない。

 こんなに重い小銭入れを使っていたならば、ポケットはもっと悲惨な状態になるだろうから、多少は説得力のある弁明だった。


 ──それでも、今日はたまたま小銭が多かっただけで、いつもは普通の量しか入れていない可能性がある。今の服装が普段使っている物とも限らない。それに……。


 三人の弁明を聞き終えた僕は、そこで少し黙る。

 それから、ふと終夜の方を向いた。

 何気に、今まで聞いていなかったことがあるのを思い出したのだ。


「終夜さん、犯人が使ったであろう窓ってどこにあるんです?この部屋の窓は、僕が財布を拾った路地には面していないみたいですけど」

「あー、そう言えば言ってなかったわね。あの窓はトイレの窓になるわ。さっきの階段を上がって反対に曲がるとトイレの個室があって、誰でも入って良いようにしていたの。あの窓は外に面しているし、一階で面接を終えた帰りに簡単に立ち寄れるから、犯人が使ったんだと思う」

「ええと……面接自体は一階でやっていて、この三人は二階で待たされていた。だから二階のトイレの窓にも自由に近づけたんですね?因みに、面接の順番は?」

「赤木、青井、平黄の順番……トイレの窓、一応見ておく?」


 そう言いながら、終夜は部屋を出ていこうとする。

 宣言通り、犯人が財布を投げる際に使ったと思しき窓を確認しに行こうとしたのだろう。

 しかし、僕はその背中に向かって呼びかけた。


「あー、いえ、終夜さん。良いですよ、別に見なくても」

「え、そう?『日常の謎』を解くなら、そういうのを見ておくのも大事なんじゃ……」

「それはそうなんですけど……もう、解けましたから」


 僕にとっては自明のことだったので、さらりと述べる。

 しかしこれは終夜にとって、そして他の三人にとっても予想外過ぎたのか、一瞬で場が静まり返った。

 ドン引きされていることを自覚しつつ、僕は推理開始の合図を呟く。




「さて────」

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