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<至急>探偵求む(Period5 終)

「終夜、言っていたよな?掲示委員は職員室に呼び出されることもあるって」

「ええ、そうよ。今日の私みたいに……まあ私の場合、担任が不在だったからしばらく待たされたけど」

「それだよ。その、待たされる時間が狙い目だったんだ。だってその時間、担任の机を覗き放題だろう?」

「……あ、そっか。あそこの机には、既に提出された申請用紙が置いてあるから!」


 ようやく頭の中で繋がったのか。終夜は目から鱗が落ちたような表情をする。

 涼風さんの目論見が、彼女にも見えてきたらしい。


「今日の私みたいに、職員室で待たされる掲示委員は珍しくないから……それの振りをするつもりだったのね?何の用事もないのに職員室を訪れて、不在の担任の机を覗く。そして、他のクラスメイトの申請用紙に目を通す気だった」

「そういうこと。期限延長を周知していないから、一部の情報に疎いクラスメイトは、本来の期限日にそれを提出してくる。それを見れば、模範解答が分かる訳だ」


 周囲の噂に疎いのに期限通りに提出したということは、「外」の出身ではなく、終夜のように講習会でやり方を教わった生徒である可能性が高い。

 そういう生徒の申請用紙を、彼女は見たかった。


 幸いにして期限は延長されているので、そこで大きなミスに気が付いても、自分の申請用紙を修正する時間は十分にある。

 だからこそ、一部生徒に早めに提出させる、というややこしい小細工をしたのである。


「情報の隠蔽が完璧じゃなかったのは、元からクラス全員に隠す気はなかったからね?模範解答が必要なら、数人分見れば十分だもの」

「そうだ。そもそも完全に情報を隠そうとすると、期限延長は嘘だと周知するとか、明らかな迷惑行為に走らないといけない。気弱な彼女としては、そこまでは流石にできなかったんだろう」


 敢えて周知をしないだけなら、まだ言い訳がきく。

 本当にうっかりミスだったと言い張ることも可能だろうし、皆は他クラスから教えてもらっているようだったから、わざわざ知らせる必要はないと判断したと開き直る手だってあるだろう。

 そういう逃げ道がある行為なら、彼女みたいな人にも可能だった、ということだろう。


「じゃあ、今日私が見た光景は……」

「想像になるけど……涼風さんは目論見通りに机を漁って、模範解答となる申請用紙を見ていた。でも、そこに先生が帰ってきたんだ」


 優月先生としてはビックリしたことだろう。

 用事もないのに掲示委員がやってきて、しかも自分の机を漁り、申請用紙を覗き見しているのだ。

 何をしているのか、と制止するのは当然と言える。


 一方、涼風さんの方も多分混乱していた。

 いくらか言い訳は用意していただろうが、それでも覗き見中に担任に見つかるのは想定外だろう。

 流石に言い逃れ出来ず、しかし正直な理由も言い出せず、硬直してしまったのではないだろうか。


 そうこうしている内に、何故か早めに集まっている申請用紙から、先生は期限延長が知らされていないことを察知。

 いよいよ涼風さんの行動が不審がられ、問い詰められることになった。

 こんなところか。


「そこに私が来たって流れね。そうなると……ええと、細かい点、聞いても良い?」

「どうぞ」

「そもそもの話だけど、担任の机に申請用紙がまとめて置かれることを、その子はどうやって知ったの?それを前提としていないと、この計画は成功しないでしょう?」

「そこはまあ、掲示委員の仕事で職員室を訪れた時に、自然と知ったんだろう。僕は終夜に言われて遅くに提出することに決めたけど、そうじゃなかったらすぐにでも出す気だった。同じように考えて初日に提出した生徒は、他クラスまで含めればチラホラいたとは思う」


 例えば終夜だって、出そうと思えば初日に提出することは可能だった。

 気の早い生徒の動向から、「提出された申請用紙は一時的に担任教師の机に置かれる」ことを知るのは可能だ。


「だったらさ、こんな面倒なことをしなくても……そういう、気の早い奴の申請用紙を覗き見したら良かったんじゃない?それだけで、十分に模範解答を見ることはできると思うけど」

「いやあ、彼女の立場としてはそれも怖いよ。涼風さんとしては、初日に提出されたそれが『履修登録のやり方に詳しいから即座に提出された物』なのか、それとも『履修登録のやり方が全然分からなくて、超適当に書いた物』か、全然分からないんだから」


 前者なら正しく模範解答だが、後者を参考にした場合は悲惨なことになってしまう。

 流石に幻葬高校の学生が、重要書類をそんなに適当に書くとも思えないが、万が一ということもある。

 彼女としても、もっと熟慮して決めたであろう申請用紙を参考にしたかったはずだ。


「それなら……普通に期限延長は周知して、最終日に全員分の申請用紙を見たら良かったんじゃない?そうすれば、アンタの言う熟慮して書いた申請用紙を一杯見られたと思うけど。周知はちゃんとしているんだから、叱られもしないし」

「正論だけど、それも駄目だ。仮に最終日に自分のミスに気がついても、訂正の時間が無い可能性があるだろう?だって、既に最終日になっちゃっているんだから。確実に修正の時間を用意するという点では、期限延長を隠した意味はあったよ。期限より三日早く、ミスが分かるんだから」


 そう答えると、終夜はふむ、と言いつつ口を閉じる。

 思いつく質問は全てぶつけ終わったらしい。

 とりあえず、納得してもらえたのか。


「……まあ勿論、全ては想像だ。証拠は無い。ただ単に、涼風さんがうっかりしていただけかもしれないし。あくまで状況的に、こういう推理も考えられるよってだけで」

「そうね、本当かどうかは分からない。でも本当だとすれば……大変ね、その子。内気な割に小細工をするスキルだけはあるから、変に話をややこしくしてるような……まあ、他人事だから別に良いんだけど」


 どうでも良さそうなテンションで、最終的な感想が述べられる。

 あまり感情の入っていないその言葉に、僕は苦笑で返した。


 ──まあ、誰にでもガンガン行ける終夜には、分からない感覚だろうな……。


 最初から最後まで、これは終夜からは縁遠い「日常の謎」だった。

 だからこそ真相が気になったのかなと思いながら、僕たちは推理と夕食を同時に終えたのだった。






 以上の会話にて、今回の「日常の謎」は終わりである。

 僕も終夜も、この話を周囲に告げ口はしなかったので、これ以上の進展はなかった。

 推理の途中で述べたように、(僕の推理が正しいとしても)涼風さんの行動による悪影響は案外少ないと思われたので、話を大袈裟にはしなかったのだ。


 ついでに言えば、遅ればせながら、期限延長の周知は次の日になされた。

 涼風さんは終ぞ口を割らなかったらしいが、優月先生が自分で掲示をしたのである。

 これにより、僕の推理を開示する必要はいよいよ無くなった。


 その後、終夜や香宮は延長された期日に用紙を提出。

 当の涼風さんも、その日に提出していた(僕は隣の席なので、彼女が提出しに行く様子は自然と見えた)。

 僕は変更するところもないので、用紙は出しっ放しにして、履修登録は予想通りに大した悪影響もなく終了した。


 ……万事こんな様子だったものだから、僕たちも正直、すぐに忘れた話だったのだけれど。

 ふとした切っ掛けで、僕と終夜はこの謎解きを思い出すことになる。

 いよいよ履修登録通りの授業が組まれ、講義が始まった日に。






 その日、僕は終夜と共に、講義が行われる教室に足を向けていた。


 ここで行われるのは、「窃盗概論Ⅰ」という講義。

 名前の通り、窃盗事件の捜査について教えてくれる授業だ。

 どちらかと言えば「日常の謎」寄りの授業だが、知識はあって損が無いということで、「殺人」専攻の終夜もこの授業を選んでいた。


「ここの教師って、江古田でしょ?最前列だと当てられやすいから……二列目にしましょうか」


 豆知識を教えてくれつつ、終夜は前から二列目、その端の席に腰を下ろす。

 必修の授業とは違って、選択講義は自由席だ。

 特に離れる理由もないので、僕も彼女の隣に座る。


 ──もしも終夜と知り合いじゃなかったら、こんな目立つ子の隣にはわざわざ座らなかっただろうな……寧ろ、もっと離れた席に座ったかも。


 座りながら、そんなことを思った。

 今この瞬間も、階段教室の上の方から終夜に視線が注がれている。

 元より容姿に優れた少女だから、他の生徒としてもつい注目してしまうのだろう。


 だがそんな視線は意に介さず、終夜は普通に前を向き続ける。

 この辺りは、彼女の強いところだ。


 ……そう考えたところで、急に前方から声を掛けられた。


「あの……おはようございます、九城さん」

「あ、おはよう」


 反射的に答えて、それから相手の顔を見て驚く。

 落ち着かなさそうな様子でそこに立っていたのは、例の涼風さんだった。

 鞄を胸元でギュッと抱えたまま、何故か僕を見つめている。


「涼風さん……この講義、選んでた?」

「あ、はい。興味があったので……」


 おどおどしたような様子で答えた彼女は、僕と終夜をしばらく観察しているようだった。

 だが少し経つと、スタスタと歩いて僕の隣に腰を下ろす。

 僕から見れば、涼風さんと終夜に挟まれるような形になった。


 ──あれ、こんなに前に座るのか?


 その位置取りに驚いて、僕はちょっと彼女を見つめてしまう。

 ここは前から二列目ということもあって、後方からガン見される位置である。

 他の男子生徒の視線を浴びやすく、しかし終夜のような度胸はない彼女としては、避けたい席だと思うのだが。


「……この席で、本当に良い?」


 変に配慮した僕は、隣に座った涼風さんにヒソヒソ声でそんなことを聞いた。

 すると彼女は、少し怯えたような顔をしてこう尋ねる。


「そ、その……駄目ですか?九城さんとしては、私がここに座るの……」

「いや、全くそういう意味ではないけど。その……視線とかさ」

「……だからこそ、ここが良いんです」


 端的に答えると、涼風さんは少しだけ恥ずかしそうな顔をした。

 そのまま、「お手洗いに言ってきますね」とわざわざ自己申告までして、席を立って出ていく。

 何だったんだと思っていると、不意に右隣の終夜から「……ねえ」と声を掛けられた。


「今の子が、この前話していた涼風さん?」

「え、ああ。そうだけど?」

「ふーん……突然だけど、一つ質問して良い?」

「え?……良いけど、何?」

「アンタさあ……ここ最近、あの子を口説くようなことした?そうでななくても、凄く好感度を上げるようなことをしたとか」

「は?」


 唐突に訳の分からない質問を投げかけられ、僕は口をあんぐりと開ける。

 彼女は何を気にしているのか。


「ちょっと、よく意味が分からないんだけど……」

「良いから答えて。何かした?」

「何かって……それは」


 思い浮かぶことと言えば、やはり入学式のあの出来事だけだった。

 男子の視線に困っていた彼女を見るに見かねて、モニター設置を申し込んだ話。


 そう言えば、あの話は終夜には話していなかった。

 だから僕は、訳も分からずその話を小声で終夜に伝えてみる。

 すると、終夜は何だか面白くなさそうな顔になった。


「ふーん……そんなことがねえ。まあ、話してくれたお陰で、謎が一つ解けた気がするけれど」

「謎?何の?」

「この前の、履修登録の期限延長をあの子が周知していなかった話よ。あの時、アンタはあの子の動機について、『履修登録のやり方が正しいか不安だったから』って言っていたわよね?だからこそ、他のクラスメイトの申請用紙を早めに集めるようにしていたって」

「ああ、言ったけど……」

「あの推理、多分不完全ね。アンタが言っていたことも理由の一つなんでしょうけど、もう一つ、彼女には期待していたことがあったと思う」

「え、そうなのか?」


 突然終夜が知ったようなことを言い出したのと、以前の謎解きを急に否定された衝撃。

 そもそも、「日常の謎」が専攻で無いはずの終夜が、それを解こうとしている異常事態。

 色んなこと同時に起きて、僕は目を白黒とさせる。


 正直、話が飛びまくって何が起きているのかよく分からなかった。

 だが一応、理解できないなりに話の続きを聞いてみる。


「よく分からないけど……何だったんだ、終夜の考える真相は」

「単純に……あの子、特定の相手の履修登録の内容を知りたかったのよ。直接聞く勇気は無かったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だって……」

「だって?」

「それを見て真似したら、しばらくはそいつと同じ授業を受けられるでしょう?そいつに合わせて、自分の分を書き直せばいいんだから……相手が学生寮に住んでなくて、期限延長を隠せば本来の提出期限に出しそうってことも、隣の席から観察すれば自然と分かるかもしれないし?」

「……それって」


 終夜はどうしてか知らないが、「そいつ」の名前を明言しなかった。

 しかし流石に、僕もそれは秒で察する。

 そう言えば、僕も涼風さんの計画通り、三日早く申請用紙を提出していたクラスメイトの一人だった。


 ──いや、でも……えー?そこまですることか?入学式のあの一件だって、そんなに感謝される程のことじゃ……。


 それでも今一つ納得できず、僕は首を捻る。

 だからもっと説明して欲しかったのだが、この言葉を最後に、終夜はそっぽを向いてしまっていた。

 理由は不明だが、お気に入りの玩具を取り上げられた子どもみたいな顔をしている。


 ──涼風さんの行動原理も分からないけど……終夜がこんな風になる理由はもっと分からないぞ……。


 いよいよ困り果てて、僕は押し黙ってしまう。

 するとそこに、トイレから涼風さんが帰ってきた。

 彼女は僕と終夜の間の雰囲気を知ってか知らずか、スムーズに僕の隣に座り直す。


 涼風さんの表情はどこか嬉しそうで、終夜の顔とは対照的だった。

 拗ねた顔の終夜と、微笑を浮かべる涼風さん。

 二人に挟まれた僕は、何とも言えない居心地の悪さを感じる。


 ──分からない……この二人の行動原理が読めない……。


 それこそ、探偵に相談したいくらいだ。

 僕の何が、彼女たち二人をこうさせたのか。

 ほとほと混乱しながら、僕は初めての「窃盗概論I」を受けることになった。




 ……一つだけ、分かることと言えば。

 終夜は「日常の謎」は専攻ではないが、女心絡みなら割と得意ということ。

 そして僕は、その逆らしい。


 こういう点でも、僕たちは対照的な探偵だった。

 いやまあ、今回に限ってはあんまり嬉しくない特徴なのだけれど。

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※次回更新時期は未定です。決まり次第お知らせします。

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