気弱で図太い人見知り
「掲示委員なのに、何故か重要なことを伝えてない。他のことはちゃんと伝達してたみたいなのに。これも言ってみれば、小規模な『日常の謎』よね?」
「まあ、確かに。流石に犯罪ってレベルではないけど」
「アンタ、解ける?」
僕以上に興味津々な様子で、終夜はこちらを見つめてくる。
食事中だというのに、手は完全に止まっていた。
他クラスの生徒である彼女にとって、この件の真相などは本来どうでもいいことだろう。
それをわざわざ聞いてくるところを見ると、単純に僕の力量を再び見てみたいらしい。
お手並み拝見、というやつか。
「……解けるかどうかの前に、涼風さんがどうなったのかを知りたい。結局、最後まで黙ったまま?」
「私が見ている限りでは、そうだったわ。といっても、私もその後は担任教師と話し始めたから、最後まで見守ってはいないんだけど」
「なるほど……うっかりミスとかだったなら正直に謝るしかないのに、それも無しか」
「変でしょ?割と気弱そうな子なのに、頑なに黙ってる時点でおかしいと思って」
「逆に言えば、そうせざるを得ない理由があったってことになるけど……」
その理由って何かな、と考えてみる。
説教目的で教師に呼び出された生徒が、その動機について何も話さない理由。
普通に考えると、挙げられるパターンは二つだろうか。
一つは、気弱さのせいで何も話せない場合。
強面の教師などに呼び出された時、生徒が教師からの圧に負けて何も言えなくなってしまうパターンだ。
割とよくある状況だろう。
そしてもう一つが、生徒側に強い引け目がある場合。
正直に語るとより一層叱られてしまうので、黙るしかないような状況。
こちらの場合は、ただのうっかりや不可抗力のミスではなく、生徒が何かしら悪意を持って起こした事件の時に多い。
今回のケースだと、二つ目のパターンの可能性が高いように思えた。
一つ目のパターンとは、少々状況が異なっている。
話によれば、優月先生はそんなに圧をかけてはいなかったそうだから。
「でもそう考えると、涼風さんが意識的に情報伝達をしなかった……期限延長についてわざと隠したってことになる」
「そうなるわよね。何のためか、分かる?」
「いや、分からない……というかこれ、そんなに意味がない。情報操作にしても効果が無いから」
仮に何らかの理由で、涼風さんが期限延長についてクラスメイトに隠したかったとする。
しかしこの場合、クラス内で周知をしないだけでは不完全だ。
というのも、他クラスでは普通に周知されてしまうからである。
僕が終夜から教えてもらえたように、涼風さんが隠したところで、遅かれ早かれ別ルートでバレてしまう。
偶々僕は今日知ったが、学生寮に入っている生徒なんかは、もっと早くに先輩から教えてもらったのではないか。
要するに、情報操作としては中途半端過ぎるのだ。
先程は重大なミスと言ったが、こう考えると、彼女がこの周知をしなかったことによる悪影響は意外と少ないだろう。
精々僕のように、周囲からの情報にちょっと疎くて、学生寮に入っていない生徒を困らせるくらいの効果しかなかった(ただし先生の元には早めに申請用紙が集まったそうだから、そういう生徒はそこそこいたようだけど)。
「強いて言えば、ちょっとした嫌がらせにはなったかもしれないけど……そんな嫌がらせをして、何になるんだって気もする。本当に彼女が周囲に悪意を持っていたのなら、このレベルで済ませるのはかなり変だ」
「確かにそうね。本当に掲示委員の立場を利用して嫌がらせをしたいのなら、他にも色々できたでしょう」
その通り、と僕は終夜に向けて頷く。
期限延長を隠すというのは、悪意ある嫌がらせにしてはショボい。
こんな中途半端な振る舞いを、どうして彼女はやっているのか。
「というかそもそも、九城君から見て、その子って嫌がらせとかをしそうな子なの?」
「いや、そうは見えなかったけど……そもそも入学して一週間で、そんな嫌がらせをする程の悪意を誰かに抱くというのが分からない」
これがもっと後の時期なら、まだ動機を推測することもできた。
実は誰かにイジメを受けていたとか、勉強でストレスを貯めていたとか、そういう可能性も想定できるだろう。
だがいくら何でも、入学一週間でそんなことは起こらない気がする。
彼女は「外」出身のようだから──学生寮に帰っていく彼女の姿を見たことがあった──とりあえず生活は寮で面倒を見てもらえる。
勉強の方だって、まだ本格的に始まってもいない。
あまりコミュ力に長けたタイプには見えなかったから、その点で苦労はしていたかもしれないけれど、それでも掲示委員の仕事をこなす程度の自主性や積極性はあった。
──逆に考えれば……この時期だからこその動機、みたいなのがあるのか?夏でも冬でもなく、入学一週間目の春だからこそ起きそうな動機があったとか……。
ふと、そんなことを思う。
彼女の動機を理論立てて解き明かそうと思えば、そう考えるしかないと感じたのだ。
するとその考えに引きずられたように、ポン、と浮かんだ発想があった。
「……終夜、唐突だけど質問良いか?」
「え、良いけど……何?」
「さっき、優月先生が申請用紙を机の上に置いていたって言っていただろう?……他の教師も、そうだった?」
「ええ。生徒が変なミスをしていないかチェックするために、提出された申請用紙は一度、担任教師が預かるのよ。例えば私が行った時には、私のクラスの担任の机にも申請用紙の束が置いてあったわ。勿論、ウチのクラスは普通に期限延長が周知されていたから、せっかちな生徒しか出してなかったけど……」
生徒の人生に関わる物なんだから、あんなに雑に置いておくのもどうかと思うけどね、と言葉が続く。
そう思ってしまうくらい、普通に机上に置いてあったということか。
何にせよ、その状況を想像した瞬間、僕は「あー……」と呟いていた。
「そっか、それなら……うん、理由になるな」
根拠はないけれど、この小さな謎を説明できる推理。
頭の中でそれを何度かこねくり回して、一応は筋が通っていることを確認する。
突然そんなことを始めた僕の前で、終夜は興味深そうに瞳を輝かせた。
「もしかして、解けた?」
「仮説程度なら……」
聞かせて聞かせて、と終夜は更に目を輝かせる。
その様子に苦笑しながら、僕はいつもの符牒を口にした。
「さて────」
「まず、涼風さんが期限延長を知らせなかったのは故意だと断定する。彼女はある目的のために、わざとクラスメイトたちにそれを隠した……周囲の噂に疎い何人かの生徒たちに、早めに申請用紙を出させたかったんだ」
「そういう話の流れだったわね……それで、肝心の動機は?」
「簡単な動機だよ。僕たちにも心当たりのある理由だ」
さらりと言いつつ、僕は一週間前の光景を思い返す。
困った顔をしながら、終夜に頼み込んだあの時。
あれを経験している身としては、涼風さんの動機は理解できなくもなかった。
「単純に彼女は……履修登録のやり方が、よく分からなかったんだよ。あれ、本当にややこしいから。だから、他の子の申請用紙を見たかったんだ。お手本にするためにね」
「……え?」
ちょっと話が飛んだせいか、終夜は思いっきり首を傾げる。
そのまま、「んーっと、ちょっと待って」と言いながら話をまとめ直した。
「一週間前のその子が、履修登録のやり方が分かりにくくて困っていたんだろうって推測するのは、まあ良いわ。アンタもそうだったんだから……でも、その後がよく分からないんだけど」
「どの点が?」
「だって、一週間前にも言ったけど、やり方が分からないなら周囲に聞けばいいだけの話でしょう?その子は学生寮にいるんだし、先輩や先生に聞けば一発解決。変な小細工をする必要なんて……」
「……それが難しい子もいるってことだよ、終夜。彼女は僕と同じく、『外』の出身だ。慣れない寮生活で、変に気負ってしまうのは、この時期の一年生にはよくあることだと思う」
自分の胸を隠して、恥ずかしそうな様子で、周囲からの視線に耐えていた彼女の姿を思い出す。
この一週間、他の子と話す様子もなく、掲示委員の仕事を全て一人でやっていた姿も。
残酷な表現になるが、涼風蜜姫というあの少女は、社交的とは言い難い女子生徒だった。
そんな恥ずかしがり屋で気弱な少女が、親元から離れて寮生活。
少々特徴的な体つきをしているから、周囲からは不躾な視線も向けられる。
その中で、履修登録について周囲に尋ねる……それはちょっと、彼女にとっては困難だったのかもしれない。
勿論、入学式の時に渡された資料の中には(分かり辛いとは言え)登録のやり方が書かれている。
一週間もあったのだから、やり方が分からないなりにとりあえず書いてみることは可能だろう。
恐らく今日までの時点で、彼女は誰にも相談できないまま、申請用紙を完成させていた。
しかし完成させたところで、内心は不安で一杯だったことだろう。
果たしてこの登録で、ちゃんと必要な単位は修得できているのだろうか。
自分が知らないだけで、実は書かないといけない情報が他にもあったのではないか。
実際には、提出後に担任教師が最終チェックをするそうなので、彼女の不安は杞憂と言っても良い。
しかし彼女としては、そんなことは当然知らない。
自分が記述を間違えたまま提出してしまったら、そのままになってしまうと誤解してしまっていたのではないか。
涼風さんを擁護するが、右も左も分からない新入生の不安としては、よくあるものだろう。
僕だって、終夜のアドバイスが無ければ同じ不安を抱いていたに違いない。
幻葬高校は「学生寮の生徒は先輩から登録のやり方を教えてもらえるはずだから、詳しく教えなくてもそれで良し」と思っているようだが、何事も例外はあるということである。
とにかく、彼女は申請用紙を完成させながらも、それの書き方が合っているか不安だった。
持ち前の性格もあって、教師やクラスメイトにも相談できなかった。
しかし、不安を解消したいとも思っていた。
では、どうするか?
どうすれば、履修登録の申請用紙の正解例を知ることができるのか?
……簡単な方法が、一つある。
「他のクラスメイトの申請用紙を覗き見ればいいんだよ。先輩とかとも相談して、ちゃんと書いた人の物を。それを見て自分の書いた物と比べれば、明らかに足りていない記述とかには気が付けるだろう?」
「要するに、模範解答が欲しいってことね。まあ、他の子の申請用紙と見比べながら自分の履修を決めるのは、よくある光景だけど……でもそれなら、学生寮で他の子の机とかを弄れば、すぐに見られるんじゃない?」
「いやいやいや……そんなことをやって、もしバレたら、最悪学生寮を追い出されるよ。いくら何でも、寮生活の中でやるにはリスキー過ぎると思う」
犯人の心情をガン無視した終夜の意見に、僕は呆れながらツッコむ。
どうも終夜は、常人よりも遥かに積極的な性格をしているせいか、こういう気弱な犯人の行動原理が共感しにくいようだった。
彼女が「日常の謎」を苦手としている理由、段々と分かってきた気がする。
「とにかく、彼女は他の子の申請用紙を見たかった。でも、学生寮で泥棒紛いのことをするような度胸もなかった……そんな時に、優月先生に言われたんだよ。掲示委員の仕事の一環で」
「申請用紙の提出期限が伸びた、それを伝えて欲しいって?」
「ああ。それを言われた時に、ふと思ったんだろう。もしも自分がこれを伝えなかったら、どうなるだろうって」
先程確認した通り、これは伝えなかったとしても、意外と悪影響が少ない。
大抵の生徒は、他の生徒から期限延長の話を聞けるからだ。
その知らせを聞かずに早めに申請用紙を提出してしまうのは、僕のように周囲の情報に疎いか、友達が少ない生徒のみ。
逆に言えば、このまま行くと「周囲の噂に疎いものの、当初の期限に間に合わせることはできた生徒の申請用紙」が、「延長された期限よりも三日早い日」に、確実に教師の机に置かれるのである。
その状況を、涼風さんはチャンスだと思ったのだ。
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※次回更新は、12/24(火)の20時頃です。