専攻は「死法学」
「まず最初に、九城君に想像してもらいたいのだけど……」
「はあ」
「白骨の状態から言って、恐らく今回の被害者は足の悪い老人。自力で立つことはまず不可能な人だと思うわ。そこで聞きたいのだけど……今回の犯人は、どうしてその人を殺したと思う?」
「どうしてって……」
──犯人の正体を……ホワイダニットから考えろと?
僕が苦手な奴が来たな、と内心でぼやく。
元々僕は殺人事件を単独で解き明かせる程賢くないが、その中でも殺人の動機を当てるのは一番の苦手分野だった。
こんな時代なんだから、理由なく人を殺す人や、訳の分からない理由で殺人に走る人だっていくらでも存在する。
だから考えても仕方がないような気がして、上手く推理できないのだ。
というか、それ以前に……。
「それ、考えて分かる?これしか手がかりが無いのに……」
「想像のレベルで良ければ、分かるはずよ。今回容疑者とされた二人の情報の中に、明らかに変な点があるから」
「変な点って?」
「借金の話よ。自己破産した後、再就職した來山さんは良いわ。でも二人目の志川さんは、遠縁の親戚に頼る程に経済状況が悪化していた……それでも警察と地主さんの調べによれば、借金の記録が無いとあるわ。これはどうしてだと思う?」
言われてみれば、と思って僕はメモを見つめ直す。
話によれば、彼は地主に借金を申し込んだ上に、それを断られている。
再就職をした形跡もないし、普通に考えれば経済的には困ったままだったはずだ。
だというのに、地主が雇ったという探偵はその後も借金歴を報告していない。
地主だってこの時代を長く生き抜いてきた人なのだから、無能な探偵を雇いはしないだろう。
この情報は、それなりに信頼がおけるはず。
「探偵でも追いにくい、闇金の類から借りたとか?それなら調査報告から零れることも……」
「いえ、その場合でもまずは合法的な消費者金融から当たるでしょう?最初から闇金に行くなんて、聞いたこともないわ」
「あ、確かに」
消費者金融ですら借りられなくなって闇金へ……というのはよくある流れだが、その逆はまず無いだろう。
つまりこの人物は、闇金どころか消費者金融に頼らずとも、経済苦をなんとかできたことになる。
無職のままなのに、それから十年以上もなんとかやれているのだ。
「更に他の親戚からお金を貰ったのか……いやでも、離婚もあって、経済的に良くなる要因は無いみたいなのに」
「強いて言うなら、母親の年金や病気への手当は支給されていたでしょうけれど……母親の介護をしつつ、そのお金で当座の生活はしていたのだと思うわ」
「いやでも、その支給は十年前の時点でも当然あったはずだ。それでも尚、借金の依頼をするくらいにお金に困っていたんだろう?」
恐らく医療費やら何やらで、出費の方が支給額を上回ってしまったのだろう。
一人分の手当で二人を養おうとしているのだから、当然の帰結だ。
どういう手段で、彼は経済状況を改善させたのか……。
「頑張って、生活を切り詰めたのかな。親の支給頼りとは言え、出費を極端に抑えれば何とか……」
「そう、その通り……だったら、こうは考えられない?」
そこで、香宮は一度静かに目を閉じた。
しかしすぐに蒼みがかった瞳を開くと、さらりと真相を告げる。
「母親を殺した上で、母親の年金や医療の手当を貰い続ければ、今よりもずっと楽に生活できるって」
……彼女の推理を聞いた瞬間、僕は咄嗟に声が出せなかった。
動機から考えてみろと言った割に、理解しがたい動機をぶつけられた衝撃。
本気で、さっき食べたドリアを吐き出してしまいそうになった。
しかし同時に、僕の中の「探偵」の部分はしっかりと推理を進めていた。
殺人行為そのものはともかく、発想自体は理解しやすい内容だったからだろうか。
そう、この時代では日常的にある犯罪なのである────給付金にまつわる詐欺なんていうのは。
「年金や保険料の不正受給……そのために、親を殺した?」
「ええ。よくある話ではあるでしょう?年金や保険料の類は、経済の混乱したこの時代では貴重な収入源。公的補助の申請が何かと理由をつけて断られやすいから、猶更重要になっている。そのために、不正受給は探偵狂時代になって激増した……そうでしょう?」
「だけど当然、それらは本当に必要な人のためにあるもので……別に、無職の息子を養うためのものじゃない。だから……」
「親を殺害して、その上で生きているように見せかける。死体を隠してね。そうすれば、親の食費や医療費がかからないまま、生存扱いの親の年金だけ受け取れる」
「そうすれば、節約すれば一人の男が生活するくらいはできる……借金をしなくても」
淡々と積みあがっていく推理を前に、僕はどこか現実的ではない感覚に襲われていた。
実際にその容疑者に会ったこともないせいか、全てが夢の中の出来事のように思える。
しかし香宮には、ずっと鮮明にこの事件の絵が見えているらしい。
あわあわしている僕を尻目に、彼女は分かりやすく推理を述べてくれた。
「……まず、私が志川という人を犯人だと断定する理由を説明するわ。説明も何も、消去法なのだけれど」
「簡単に言えば、もう一人の容疑者である來山さんには、土地を売らないように勧めに来た理由を推察できるの」
「メモに書いている通り、この人はあの森の地主と同じように、周辺の土地を持っていた立場」
「当然、十年前には彼にも土地買収の話が持ちかけられていたはず」
「そして最終的に土地を売っていることから分かる通り、彼としても買収には肯定的だった」
「だけど……売るなら、できるだけ高い価格で売りたいでしょう?」
「だから彼は、他の地主に声をかけたのだと思う。最初は敢えて土地を売らず、もっと良い条件を引き出そうと目論んで」
「よくあることよ?最初に提示された額に安易に同意してしまったら、買い手は他の地主にも『あそこの地主さんはこの価格で頷いてくれましたけどね』なんて交渉をしかける可能性がある」
「だからこそ、他の地主を巻き込んですぐに売らないように頼みこみ、買収額を釣り上げようとしたのでしょう」
「もっとも、そんな電話が無くてもあの森の地主さんは土地を売らない気だったから、この電話は無駄足だったようだけど……來山さん自身も、最後は適当な額で売ったそうね」
「要するに、同じ地主である來山さんには、土地を売らないように周囲に頼むだけの理由があるということ」
「だからこそ、そのような理由すら持たない志川さんが怪しいの。彼は地主の遠縁というだけで、別に土地は持っていないから……私が最初から彼に目を付けたのは、これが理由」
「そして彼が犯人だと考えると、流れは次のようなものになるわ」
「全ての始まりは、この人の生活苦。彼は仕事もなく、妻には離婚され、随分と経済的に苦しかった。病気の親の介護もあるし、再就職も難しかったのでしょう」
「困って遠縁の地主に借金を申し込むけれど、これも断られた。生活を良くする手がかりも無いまま、親の年金や支援金でなんとか糊口をしのいでいた」
「可能なら、消費者金融の借金もしたかったでしょうけど……それは怖かったのかもしれない。この時代、取り立てとかも色々と厳しいことになっているから」
「そうして考えた末に、彼はもっと怖いことを思いついた」
「親が生きているからこそ、年金や支援金をもらえる。でも親が生きているからこそ、生活費や医療費がかかる」
「だったらいっそ、親を殺した上で年金の類を貰い続ければ、自分だけがそのお金を自由にできる」
「勿論、彼なりに葛藤や迷いはあったのかもしれない。ここで私たちが推理をするだけでは分からない、何らかの事情があったのかもしれない」
「それでも、最終的に彼は実行した」
「方法は簡単。既に寝たきりだったそうだし、家族相手なのだから警戒されることもない」
「寝ている隙を狙って、棒状の何かで頭を殴る……それだけで、母親は死んだ」
「後は、その死体をどこかに隠す必要があった。彼本人は普通の住宅街に住んでいるようだから、そのままにしておくと腐臭で誰かに気が付かれる」
「海に捨てたり、細かく刻んだりせずに、あの土地に死体を埋めたのは……恐らく、最終的に掘り起こす計画があったからだと思う」
「親を殺して年金だけを貰うとしても、流石にずっと死亡届を出さないでいると、戸籍上の親の年齢が百五十歳くらいになってしまう。そうなると、いくら何でも不正受給がバレてしまうでしょう?」
「そうやって怪しまれる前に、どこかで書類上は死なせる必要があった」
「程々の……普通なら親が亡くなってもおかしくないくらいの時期になったら、死体を掘り起こして、骨を骨壷にでも入れておく」
「そうして、役所には『自宅で息を引き取った、火葬はもう済ませた』とでも報告するつもりだったのでしょう。その時期には、彼本人も年金をもらえるくらいの年齢になるでしょうから、親の死亡を報告してもそこまでは困らない」
「勿論旧時代なら、そんな死亡届の出し方は間違いなく通用しないわ。でもこんなに混乱した時代なら、普通に受理される可能性があると踏んだ」
「死体を埋める場所としてわざわざ遠縁の親戚の土地を選んだのは、その方が後々の土地の動向を知りやすいから」
「ゴミ処理センターに行く時も述べたけれど、幻葬市は少しずつ開発を繰り返すことでこの姿になった。つまり現時点で空き地や森である場所でも、いつかは買収されて何らかの施設が建てられる可能性が常にある」
「工事で掘り起こされたらすぐにバレてしまうから、せめて工事が始まる前にその動向を知ることができる……掘り起こされそうになると、必ず一報入るような場所が良かった」
「だからこそ、遠縁の地主の土地にした。普段は交流が無いとは言え、一応は親戚なのだから以後の土地の扱いについて把握しやすい。地主の性格的に、土地買収が行われても簡単に頷くことはないと知っていたのでしょう」
「実際に埋めるのは、夜中にでもこっそりやったはず。十年前は辺り一面が森だから、勝手に入ってそんなことをしても、誰にも気が付かれなかった」
「そして、しばらく経って……彼の予想通り、土地買収が行われた。ゴミ処理センター開設のために」
「勿論、確認のために電話は掛けたのでしょう。怪しまれるのを避けるために、名目上は以前借金をしつこく頼んだことへのお詫びとして……その電話の中で、地主に土地を売らないように念押しもした」
「ただしその代償として、彼は死体を掘り起こすのが難しくなってしまった。すぐにゴミ処理センターの工事が始まって、人通りが多くなったから。いくら何でも工事現場の目の前で地面を掘り起こすようなことをすれば、目立って仕方がないでしょう?」
「そして工事が終わった後も、掘り起こさなかった。これは恐らく、工事によって周囲の様子が変わってしまったからではないかしら。明確な目印もないから、彼自身も死体の正確な位置は分からなくなってしまったのかもしれない」
「それでも、埋めたのが私有地だから大丈夫だと思っていた。立ち入り禁止のあの場所で、誰かが死体に気が付くようなことはそうそうないだろうと」
「そうやって、できるだけ死体のことは忘れて生きていたのではないかしら」
「でも、その考えは甘かった」
「ゴミ処理センター開設後、周囲の道が歩きにくいから、多くの人が勝手に私有地に入り込んで歩きまわるようになってしまった」
「そうやって人が踏み均していく中で、自然と地面は削れていって……」
「十年以上の時間をかけて、遂には骨の一部が地面に露出するくらいになってしまった」
「そして今日、九城君が偶然それに引っ掛かった……」
「……今言った推理に証拠は無いわ。私の妄想だと言ってしまえば、それでおしまい」
「それでも、警察には伝えておこうと思う」
「そうすれば、きっと……何か動きがあるのではないかしら」
後日談を述べておこう。
この次の日、志川春雄は警察によって逮捕される。
ただし殺人罪ではなく、不法投棄の現行犯による逮捕だったが。
この日、香宮の推理を聞いた警察は彼の尾行をしていた。
だからこそ、彼が不審な棒状の物体を川に投げ捨てようとするのを、即座に取り押さえることができたのだ。
十年以上前に購入したらしい、細長いスコップ。
それが、彼が捨てようとした物の正体だった。
これなら殴り殺す時にも、土に埋める時にも役に立つ、いつか掘り返す時のために今まで捨てていなかったんだ────全てを諦めた様子で逮捕された彼は、取調室でそうぼやいたと言う。
これまで捨てられなかった凶器も、流石に死体が発見されたとなれば、証拠隠滅のために手元から消したくなった。
故に焦って捨てようとしたところを、香宮の推理が先回りしたという流れになる。
家宅捜索によって、彼が介護し続けているはずの母親の姿がないことも確認されたので、警察は取り調べが終わり次第、殺人で立件する予定である。