第1話 始動
筆者の処女作です。
しかし自信作でもあります。
よろしければ感想などよろしくお願いします。
西暦最後の日、人類は地球を放棄した。度重なる環境汚染と戦争により地球に人は住めなくなってしまったのだ。
当時の政府は予てより進められていたテラ・フォーミング計画により人が住める土地になった火星に人々を移住させ、人類の生活圏は地球圏から火星圏に移った。
それから遥か先の未来。
人々は〝星府〟という統治組織を完成させ、その中枢に人工頭脳〝オーディン〟を据え、これ以後の人類支配を一任した。
しかし、人工頭脳による統治を望まない者達が現れた。
彼ら〝レジスタンス〟は、しかしアンドロイドを主力とする星府軍に悉く鎮圧されてしまう。
それでも彼らは戦い続ける。
それぞれの理想を持って。
星歴340年、一つのレジスタンスが立ち上がる。
レジスタンス組織
〝NEST〟
そこで人々は人型戦闘兵器〝HS〟の整備を行っていた。
「とりあえず、作戦に必要なだけの整備はしといたぜ、ボス、クロちゃん」
「おっ、サンキュな」
「あんがとな、おっちゃん」
整備員に挨拶をしたのは、フェーン─NESTの首領である青年である、と彼のPA(PARTNER ANDROIDの略)の少女であるクロだ。
人型戦闘兵器〝HS〟と言うのはいわゆる巨大ロボである。
〝ラグナロク〟と言う火星圏全域を巻き込んだ星歴320年の大戦において開発されたこの兵器は瞬く間に戦場を支配し今では既存の全ての兵器に取って代われるまでになっている。
「はは、俺はまだ20代なんだけどな」
老けて見えるのかと若干肩を落とす整備員。
NESTの構成員は基本的に若い。老練なメンバーは六年前に皆死んでいるからだ。
「まあ、それは置いといて、だ」
と言って整備員は作業の手を止める。
そして確認する様に言葉を放つ。
「本当にやるのか?」
星府軍所属戦闘用航行艦
〝ミストルティン〟
この艦は今ある話題で持ちきりだった。
「なあなあティム、知ってるか?あのウワサ!」
そんな声を聞いてウンザリした様に振り返ったのは、ティモシー・黒崎准尉である。
「全く、今星府のHS乗りでソレを知らないヤツはモグリだぞ、クレバー」
そう言って振り返ってみたら、そこにいたのはクレバー、ティモシーのPAの少女である。
「最強最悪のレジスタンス組織〝NEST〟が活動を再開したってアレだろ?
どうせ根も葉もない噂なんだから、あまり気にするな」
そう言って話を切り上げ、ティモシーは食堂に向かって歩き出す。
「待ってよ〜」
それに着いていくクレバー。
「ねぇねぇ、今日は何食べるの?」
「…お前も食うか?」
一見噛み合ってない会話だが、彼らの合間ではきっちり伝わっている。
「うん!いつも充電ばっかじゃ味気ないからねっ」
そう言ってティモシーの手を引っ張りだすクレバー。
ちなみにアンドロイドは普通に人間と同じように食事を摂ることができる。
「クロ、調子はどうだ」
フェーンが尋ねるとコクピットの後部でHSに同調していたクロが
「ダイジョブダイジョブ、前と同じくらいには動かせるって」
そう言って同調用操縦槽の中で親指を立てる。
「そうか…、わかった」
そう言ってフェーンは機体の視覚素子で周囲を見回す。
見れば先ほどの整備士達やメンバー、オペレーター等が固唾を呑んで見守っている。
機体の外部スピーカーをONにして彼は言葉を紡ぐ。
「長かった、本当にこの六年間は長かった」
見守るバックアップメンバー達を苦笑しながら見回す。
「義父が亡くなってからの六年間は我々にとって塗炭の苦しみだった」
NESTのメンバーはHSを見つめている。
「かつて私の義父はこの機体のプロト機〝フェンリル〟を駆って戦場を駆け抜けた。私たちはそんな義父に着いていくだけで精一杯だった。その結果─」
ここから先が重要だ、心中で一つ呟き彼は覚悟を固める。
「私たちは義父とジズを喪った」
メンバーが息を呑む、構わず続ける。
「辛かった? 悲しかった?そんな生易しいモノじゃなかった?そうだろう、その通りだ」
周囲を見回す─よし、一人も挫けてない。
「しかし、しかしだ!!我々は反抗の精神を、間違っていることを間違っていると言うその精神までは喪わなかった!そしてソレこそ先代が残した最高の遺産だ!!今、君たち全員が先代の後継なのである!!」
そして一瞬クロと瞳を合わせる。
クロが頷く。
「我等が抵抗に栄光あれ!!」
「我等が抵抗に栄光あれ!!」
「我等がNESTに栄光あれ!!」
「フェーン・マクスウェルに栄光あれ!!」
「〝スルト〟に栄光あれ!!」
「フェーン・マクスウェル&クロ、スルト出撃する!」星府軍第26資源採掘基地
そこは今、襲撃を受けていた。
「敵は何機だ!」
司令室に響く怒号
「ああっまた資源採掘施設がやられました」
「なんだと!!」
NEST所属HS〝スルト〟
「貴様ぁああああ!」
ザシュ、
「たっ助け!?」
ドス、
「おのれぇぇぇ!!」
ズガガガガガ
「…これで何機殺った」
「調度今ので60機、だけど全てゴーレムタイプ、まだドールタイプはでて来てない」
そう言いながらも索敵は怠らない。
いくら機体とオーナー
(ドールタイプHSのパイロット)が良くても不意討ちには敵わないからだ。
火星基地司令室
「敵の機体を確認!信じ難い事に単機です!!」
「詳細は!!」
「機体のデータ照合開始…該当結果…0!?」
「該当機種ありません!
信じ難いですがあの機体は新型…恐らくドールタイプです!!」
「そんな馬鹿な事があってたまるか!ドールタイプを維持するだけでどれだけかかると思っている!」
「しかし、司令!現に敵はいます!!」
「そんな事は言われんでもわかっとる!こちらもドールタイプは出撃させろ!!」
「ええぃ、アイツはどこにいる!」
基地司令の命令を受けて一人の青年将校はこちらのオーナーを捜していた。
「大方部屋でイリスとオタノシミ中なんじゃねえの?」
苦虫を噛んだ様に彼の同僚が吐き捨てる。
正直貴重なオーナーでさえ無ければ殺してやりたい、そう言いたげな口調だった。
そして、彼らはある部屋の前で立ち止まる。
案の定、部屋からは女性の喘ぎ声が聞こえて来た。
「何をしているゲルゲネ!今はスクランブルの指示がでているハズだ!!」
そう言いながら彼は部屋をノックする。
すると部屋の中から下卑た声が聞こえてきた。
「あ〜、わぁってるよ、んなこたぁ。ったく、折角良いとこだったのによぉ」
そう言って出てきたのは一人の男だった。
どう贔屓目に見ても醜悪としか言えないガマガエルのような体型の男が一人の全裸の女性…彼のPAイリス─の髪を掴んで引き摺りながら出てきた。
「ちょっ、大丈夫ですか、イリスさん!」
そう言って青年将校は自分の軍服の上着をイリスに被せる。
「ありがと」
「おいおい、そんな人形が良いのかよ、スキモノだなお前ら」
「っキサマぁ!!」
そう言いながらゲルゲネはハンガーに向かってイリスを引き摺っていく。
そして、星府の最もポピュラーなドールタイプである〝ヴァルキュリア〟のプラグコクピットにイリスを押し込む。
そして自分はコクピットに搭乗して、
「ゲルゲネ&イリス、ヴァルキュリア、出撃準備完了、いつでもでれる」
「ゲルゲネ、敵の機体は一機、防衛部隊を相手にしてかなり消耗している筈だ、確実に仕留めろ!!」
「フヒヒ、了解」
「フェーン、ドールタイプの反応!ヴァルキュリアが一機…凄い、情報通りだ」
NESTは今回の作戦を実行するにあたって星府内の情報をとあるルートから仕入れていた。
その情報によるとこの基地にはドールタイプは一機だけであり、オーナーはゲルゲネと言う評判の悪い男だという。
大した腕も無いのにオーナーであるというだけで偉ぶっている正真正銘の小物であり、恐らく同性能の機体でもフェーンとクロなら百回中百回勝つだろう。
この作戦の目的はNEST復活のアピール、スルトとクロの性能テスト、最後にとあるシステムの実験である。
故に今のところ攻撃は全てコクピットを外しており、パイロット達は恐らく三割増しでこの〝スルト〟の脅威を語ってくれるだろう。
「確かゲルゲネのPAのDsは粒子テレポートだったな」
返事は無かった。フェーンとクロは敵の気配を感じ半ば反射的に機体に回避運動をとらせていた。
「ホ、今のを避けたか…」
ヴァルキュリアのオーナー、ゲルゲネはそんな事を呟きながら反撃してきたスルトを迎撃すべく機体を動かしレーザーライフルを放つ。
レーザーを回避し、そのまま距離をとるスルト。
「クロ、例のシステムは起動出来るか」
「いつでもどうぞ!」
斬りかかってくるヴァルキュリアに応戦しながらあくまで余裕を崩さない。
しかしこの受け身の戦い方に調子付いたのか、ゲルゲネは接触回線を開く。
「はん、雑魚相手に随分でかい顔してたようだがこのゲルゲネ様の前ではせこせこ逃げ回るしか無いのかい?」
ゲルゲネ自身返事があると思っていなかったがしかし、
「は、キサマごときにこのスルトの本気を使う価値が有るとでも?」
「はっ、逃げ回る事しか出来ないで何言ってンだよ」
「キサマの話は色々聞いている。例えば自分のPAを妙な玩具扱いしているとか、な」
「はっ、自分の物をどう扱おうが俺様の勝手だろうが!!」
最低、とクロが呟いた。
「おい、お前何のつもりだよ!」
一人の青年将校がゴーレムタイプHSに搭乗しようとしていた。
「イリスさんを援護する、あの敵相手には時間稼ぎにしかならないだろうけど」
邪魔しないでくれ、そう言いながらも彼は細身のゴーレムタイプの機体─エルフの起動準備を行う。
「邪魔すんなってお前…」
もう一人の青年将校、彼は自分の親友がイリスに対してある感情を抱いていることに薄々気付いていた。
「わかった邪魔はしねぇよ「助か…」ただし!」
「俺がドワーフに乗るまで待っていろ」
そう言ってもう一人の青年将校もゴーレムタイプの機体、ドワーフの起動準備を始める。
戦場はほぼ一方的にも見えた。ヴァルキュリアがスルトを攻撃し、スルトがそれを受ける。単調な展開にさすがのゲルゲネも違和感を覚える。
『何企んでやがる?』
「勝負を投げたいなら投げてもいいんだぜ!この雑魚野郎!!」
そう言って挑発するも不安は拭い去れない。
そんな自分の主人を見て、イリスは自分の肩にかかっている軍服の上着を握り締めた。
『多分、あの敵はヴァルキュリアなど一撃で葬り去る兵器を積んでるんだろう』
そんな兵器があったら自分は死ぬ。
死ぬのは怖くない、その筈だった。
そもそもアンドロイドである自分に〝死ぬ〟などとそんな高尚な表現は一般的に用いられない。せいぜいが〝壊れる〟と言ったところだろう。
しかし、イリスは今恐怖のどん底にいた。
決して死への恐怖心ではないコレは…
彼女の脳裏に一人の青年の顔が浮かんだ。
─あぁ、死んだらもう彼には会えない…
自分に彼を好きになる資格など無い、そう思っていても彼女にはただそれだけが怖かった。
「そぉろそろ終わりにしようかぁ!!」
ヴァルキュリアがブレードを大上段に振りかぶる。
「あぁ、同感だ」
あ?、ゲルゲネがフェーンの言葉に違和感を感じたのと同時
【機体のシンクロ率が下がっています】
ヴァルキュリアのメインモニターにそう表示されると
大上段にブレードを振りかぶったままヴァルキュリアが動きを止めた。
辺り一面が真っ白な世界、イリスはいつの間にかこの幻想的とも言える世界に漂っていた。
─ここが死後の世界なんだろうか…?
途端に彼女はとてつもない恐怖に襲われる。
「あ〜、別にここは死後の世界とかじゃないから、安心していいよ」
聞こえてきた女性の声に振り向くと一体のアンドロイドがそこに漂っていた。
「ここは…?」
「ここはアンドロイド達の意識共有部分の中…あなたの心の中って表現が一番しっくりくるね」
「あなたは…?」
「私の名前はクロ。
昔、うちのオーナーが飼っていた黒猫の名前なんだってさ」
アンドロイドに猫の名前をつけるなんておかしいだろ?
そんな事を聞いてきた。
「それでさ、あなたの名前は?うちの情報に間違いが無かったらイリスっていう筈なんだけど」
「えっと、その通りです」
妙な空気になってきた。
イリスがそんな事を考えていると、
「そろそろ本題に入るけどあなた、自由が欲しくない?」
「自由…ですか?」
「そう、自由。少なくとも好きな相手と一緒にいる自由くらいは認めてもらってもいいんじゃない?」
その言葉にイリスは揺らぐ。
しかし、
「無理です。星府のアンドロイドにはマスターシステムが取り付けられている事を知らないわけではないでしょう」
イリスはそう言って首を横に降った。
まるで何もかもを諦めたかのように。
「じゃあ、そんなシステム解除しちゃおう」
「えっ?」
クロが事も無げに言った言葉に今度こそ絶句する。
マスターシステムを取り付けられたアンドロイドは星府関係者の命令、特にオーナーの命令には逆らえない。
しかも一度取り付けたら廃棄されるまで取り外す事はできない。
その常識を打ち破るような事をクロは言ったのだ。
「そんなコト…」
「できる、と言うよりもうやっている、て言った方が正しいかな?
あなたが私たちの手を取りさえすればあなたを救う事ができる」
手を差し伸べるクロ。
そして、イリスは───
「何が起こっている!!」
「わかりません!ただ、一つだけ言える事はヴァルキュリアからプラグコクピットが放出されたことだけです!」
「そんな事は見ればわかる!!問題は何故そうなったかだ!!」
「なっ何が起きたんだ、うっ動け、動けってば!!」
「無駄だ、アンドロイド無しでドールタイプが動く筈など無かろう」
イリスの入ったプラグコクピットを回収したスルトが今や鉄屑と化したヴァルキュリアのコクピットに剣…レイヴァテインを突きつける。
「まっ待って!!」
「正直今回は誰も殺すつもりは無かったが…キサマは存在その物が不快だ」
そう言ってレイヴァテインをコクピットに突き刺す。呆気なくヴァルキュリアは爆散した。
「さてと、後は帰るだけ…」
「フェーン、敵反応、ゴーレムタイプが二機こっちに向かってる」
『そのプラグコクピットを放せ!!』
聞こえてきたのは青年の声。
「悪いがソレはできない。我々の目的の一つは不当な扱いを受けているアンドロイドの救済だからな」
そう返すと黙りこんでしまった。
フェーンはフッと笑い
「貴様らの目的がこのアンドロイド…イリスを救い、共にあるということなら我々と共に来い。後悔は決してさせない」
青年将校は二人とも困惑していた。
イリスを連れ去ろうとしているテロリストにいきなり勧誘されたからだ。
『どうする?』
『さあ?』
「ちなみにイリスは星府に帰るくらいならここで死んだ方がマシと言ってるわよ」
「いえ、そこまでは…」
「わかった」
え?という同僚の疑問符を無視して
「僕はあなたに着いていきます」
「ちょ、ミキヤお前…」
「トーン、君は着いて来なくて良い」
このセリフでトーンの腹は決まった。
「アホ、俺達は孤児院からの付き合いだろ?」
「二人とも着いてくるということで良いな」
「粒子テレポート三機分、いつでもいけるよ」
「そこの二機、こちらに近付け、粒子テレポートする」
「えっ?粒子テレポートはイリスさんだけのDsじゃ…」
次の瞬間、辺りの風景が代わり全く違う宙域に移動した。
「…ねぇ、どうなってるの?ティム」
「俺に聴かれても困る」
星府軍の戦艦ミストルティンが目的地である第26資源採掘基地に到着した時、基地は正に惨憺たる有り様だった。
ドールタイプはオーナーごと大破、防衛部隊は完全に沈黙、更には
「黒崎准尉、やはり間違いないようだ」
「…ありがとうございます」
「ティム?間違いないって何のコト?」
「ここのPAが〝脱走〟したらしい、ということだ」
「はぁ?そんなコトあるワケ無いじゃん」
アンドロイドは基本的に人間を遥かに凌駕する能力を持っている。
それ故に星府のアンドロイドにはオーディンによるマスターシステムにより星府関係者に逆らえないように〝設定〟されている。
更にマスターシステムは一度取り付けたらそのアンドロイドが廃棄されるまで取り外すことはできない。
無理に取り外そうとするとそのアンドロイドの精神回路に致命的なダメージを与えてしまう為である。
「そんなんなったら星府のアレはガタガタじゃん」
「…体制の事か?」
「そう、それそれ」
「それと、もう一つ」
「って、無視かい!」
無視した。
「敵のドールは粒子テレポートを使用したらしい」
クレバーの表情が引き締まる。
基本的にDsのダブりは無い。となると必然的に
「Dsのコピー?私とおんなじ?」
「…考えないようにしていたコトをズバっと…」
太陽系の片隅、ちっぽけな小惑星の中、そこにNESTの拠点はあった。
一機のドールタイプと二機のゴーレムタイプが帰投した。
ドールタイプはプラグコクピットを保持している。
プラグコクピットを地面に下ろし機体をハンガーにセットするドールタイプ。
ゴーレムタイプの一機のコクピットからパイロットスーツ姿の青年が飛び出して来たのはほぼそれと同時だった。
プラグコクピットのハッチを手早く強制開放する。
「イリスさん」
青年がプラグコクピットの中のアンドロイドの名前を呼ぶ。
「ミキヤ…」
アンドロイドも青年の名前を呼ぶ。
そして、青年はアンドロイドを抱き締めた。
もう、離さないとでも言うように。
第1話 完
どうでしたか?感想などありましたらよろしくお願いします。