第二十二話 明日の試合
「ステラ、遅いな〜」
アメリアは小型魔法石に表示されている時刻を見つめながら呟いた。
いつもなら約束の10分前には来ていた。なのに、約束の14時を過ぎても、第五訓練場にステラの姿は現れない。
「仕方ない、先に言って待っていよう。とりあえずメールを……」
小型魔法石のメール欄から、ステラと表示された部分を押して文章を送った。
(何かあったのかな……)
アメリアはメールを閉じ、第五訓練場の中に向かって足を進めた。
その頃、ステラは……
「……以上の事がありました」
「なるほど……」
生徒会会議室でヴィレトに先程の出来事について報告していた。
「状況は分かりました。まさかディストア教会の《救世主》が現れるとは……」
「副会長はご存知なのですか?」
「えぇ…… 彼は教会大司教の命令があれば、どんな手段を使っていても命令を遂行する忠誠心の塊な幹部ですとして有名です」
「忠誠心の塊……」
「今回の件も大司教の命令を受け、この学園に現れたのだと思います。それにしても、一体どんな命令を受けたのでしょうか……」
(大司教の命令か……)
リデルであの強さ。それを束ねる大司教やグレンは想像以上に強いのだろう。
「とにかく、今は会長の状態が心配です。私はこの事を調査委員会に報告してきます。その間、ステラ君は会長の側にいて貰えませんか。終わり次第向かいます」
「分かりました」
そう言って、書類を手にしたヴィレトは会議室を出る。
残ったステラは会議室の時計に目を向けた。
(14時…… 14時だって!)
ステラはアメリアに連絡する為、ポケットから小型魔法石を取り出す。
「あっ……」
画面にはアメリアのメールが表示されていた。
『何処行っているの? 早く来てね』
今すぐにでもアメリアのいる第五訓練場に向かいたい。だが……
「ジュリカの様子も見に行かないといけないんだよな…… はぁ、仕方ない。早く終わらせて向かおう」
ステラは遅れるとメッセージを残してアメリアに送信する。
(怒ってるよな……)
画面を閉じながら考えながら保健室へ向かっていった。
・・・
「ここがジュリカが療養中の保健室か……」
この学園にはいくつも保健室がある。目的の保健室は生徒会会議室があったところから10分ぐらい歩いたところにあった。
(確か、レインとサナの試合は16時からだったはず。それまでに行けるようにしよう)
ステラは保健室の扉を開けた。保健室の中は他の生徒もいるのか、カーテンがいくつも閉められていた。
「会長のベットは…… この番号だ」
七と書かれたカーテンを開ける。カーテンの向こう側にはジュリカが寝ていた。
「見る感じだと、魔力がほぼ回復したみたいだな」
安堵するステラ。先程の戦闘で命の危険に晒されていたが、今では落ち着いている様子だ。
「さてと。会長の側にいて欲しいと副会長に言われたけど、そろそろ向かわないと……」
落ち着いて寝ているのを確認したステラはカーテンを開け、ジュリカの側から離れようとしたが……
「少し待ってくれ。ステラ……」
振り返ると、辛そうな顔をするジュリカが体を起こしていた。
「会長…… 寝てて下さい。まだ完全に治っていませんから」
「……すまない」
ジュリカは再び横になるが、逃がさない為なのかステラの右腕を掴んでいた。それもかなりの力で。
仕方なく、ステラは側にあった椅子に座る。
「ステラ、状況を説明してほしい…… 私は何故ここにいるのか」
「会長、覚えていないんですか」
「あぁ…… リデルと戦った瞬間から覚えていないんだ」
「……分かりました。会長がリデルと戦闘を行い始めて……」
リデルとの戦闘からここまでの経緯について詳しく説明した。説明を聞いて納得したのか、ジュリカの顔が良くなっているのが分かる。
「ここまでの事は分かった。それにしても、リデルが使った技〝エンド・オブ・ギャラクシー〟だったか。聞いている感じだと魔力までも吸い上げる技なのか…… 鬼畜な技だな」
〝エンド・オブ・ギャラクシー〟……
魔力を吸い取るだけでなく、発動する前の記憶も消してしまう技。確かに鬼畜な技だ。
「この事はヴィレトには伝えたのか」
「はい」
「そうか。今回の件も生徒会で調査していく。君もよろしく頼むぞ」
「……はい」
本当に一時的なのだろうか。全く解放されない感じだ。まぁ、ディストア教会について少し興味があるから別にいいが……
話に一区切りついたステラは、時計に目を向けた。
(15時か……)
第五訓練場までは歩いて20分ぐらいの場所だったはず。そろそろ行かなければ……
「それでは失礼しますね。しっかり寝て下さい、会長……」
ステラはジュリカから離れようとする。だが先程から右腕を掴まれている為、離れようとしても椅子に戻されるだけだった。
「会長…… そろそろ離して貰えないですか」
「もう少し話したいことがある」
小型魔法石を見るジュリカ。一体何を見ているのだろうか。
ステラは興味本位で聞いてみる。
「何を見ているのですか?」
「ん、対戦表だ」
「対戦表…… 会長を出るのですね」
「まぁな。ステラの名前は……」
(今僕の名前が聞こえたような……)
この時改めて思った。無理にでもここから逃げるべきだったと……
「ほぉ〜 三日後か……」
「会長、行きますね…… イタタタタ!」
ステラは立ち上がるが、右腕を掴んでいる力が半端なく強い為、その場から離れられない。無理に動くと腕が折れそうだ。
先程までは辛そうな顔をしていたのに、一体何処からその力が出てくるのだろうか。
「まぁ、そう焦るな。明日、私は初戦試合がある。君は私のパートナーとして試合に出てもらう」
「はい……?」
生徒会に入会するといい、今の話といい、どうして彼女は唐突に入会を勧めてくるのだろうか。
「会長、流石に今回は……」
「ダメだもう既にエントリーしている。ここをよく見ろ」
「はい?」
ステラは目の前の小型魔法石を見る。
(マジか!)
いつのまにかステラの名前がLグループ後半組に記されていた。
(ここは仕方なく受け入れるしか無いのか……)
ひたすら断る理由を探したが……
「言っておくが、君に拒否権はないよ」
「……」
釘を刺されてしまった。結局出した答えは……
「分かりました……」
ジュリカとの出場を受諾してしまった。
「よろしく頼むぞ、ステラ」
「はい、よろしくお願いします……」
正直先が思いやられる。最悪の事態にならないといいが。ただそれだけを願った。
「行っていいぞ」
ようやく右腕が解放され、急いで保健室から廊下へと出た。
「やっとだ……」
ずっと右腕を掴まれていた為か、今でも痺れている。
「そうだ、今何時だろう」
小型魔法石には15時23分と記されている。
(よし、これなら)
小型魔法石をしまい、ステラは第五訓練場に向かった。
20分後……
第五訓練場の中に入ったステラはアメリアを探す。
「それにしても、暑すぎだな」
服の袖を捲る。
他の会場もそうなんだが、会場内は会場を冷やす冷却石があるにも関わらず、人の多さと熱気でとにかく暑い。
会場の掲示板には28度と示されていた。
「まだ6月だと言うのに……」
会場の中央ではDブロック後半組の生徒が激しい戦闘が行われている。それに応えるかのように、観客席では大歓声が起こる。
「この次に、レインとサナの試合が始まるのか」
立ち止まり、他の人と同じように会場の中央に体を向けた。
目線の先には……
「アメリアだ」
アメリアが座っていて、その隣には、クロウとローズも一緒に座っている。
ステラは人混みの中を掻き分けて、その場所へと向かった。
「アメリア……」
「ステラ遅いよ〜」
「本当にごめん。少し用事があって……」
「別に良いけど。これから間に合わない時は連絡してほしいな」
「分かった」
(怒られるかと思っていたが……)
会場の中央を見つめるアメリアの横顔からは怒りなど全く感じない。ステラも会場に視線を向け、レインとサナの試合を観戦した。
試合後……
「……レインとサナの試合凄かったね」
「あぁ、とても白熱したな」
ステラとアメリアは暑苦しい会場を抜け出し、日陰のベンチに座っていた。
「「……」」
沈黙の時間が続く。
やはり怒っていると思ったステラは、理由を話そうとしたが……
「ステラ、明日試合があるんでしょう」
「!!」
突然のアメリアの言葉に驚くステラ。
まだ言っていないのに…… 彼女には未来予知の能力でも持っているのだろうか。
「さっき生徒会長からメールが来たわ」
「メール……」
「そうよ。ほら」
そう言って、小型魔法石の画面をステラに向ける。
確かにその画面には、『明日、ステラは私と試合がある』と表示されていた。
(逃げ道はないか……)
ステラはため息をつく。
「生徒会長のLグループって…… 確か別格の強さを持つ生徒が集められたグループだったよね」
「特に僕が出場する第三試合は、前回の生徒会長と試合するらしいよ」
「そうなんだ……」
「正直今回の試合、紋章を使わないと勝てないかもな」
紋章を使わないと勝てる確率は下がる。だが紋章を使ってしまうと、これまでの努力が水の泡になってしまう。出来れば、使わないで戦いたいところだ。
「どうやって勝つつもりなの?」
「ん〜 分からないな。とりあえず、明日に備えて今から鍛錬しようと思う」
何か勝つ方法があるはず。
ステラは立ち上がり、朝模擬戦を行った第一グランドに向かおうとするが、
「……私も一緒にしてもいいかな」
「あぁ、いいぞ。お願いするよアメリア」
アメリアと一緒に夜まで第一グランドにて鍛錬を行い、そして次の日になった。