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告白(3)

 アレクは馬車に積んだ荷物を下ろし屋敷の中へ持って行き、その仕事を終えた後は夕飯を食べた。アリアの食事はアレクよりも先に済ませていたようで、食後にアリアの部屋へ向かえば笑顔で出迎えてくれた。

 アリアの部屋に入るのは当然のことながら初めてと言う訳ではないが……アリアは侍女達にも部屋から出るように言って、二人きりになった。流石にまずいだろうとアレクは思ったのだが、それよりも二人きりになりたいとその気持ちが勝った。

 だが、恐らく侍女たちは部屋の外で聞き耳を立てているだろうと……アレクはそう思う。もし万一アレクがおかしな行動でも取ろうものなら、彼女らはすぐにレオンを呼ぶつもりだろう。


「アリア」

「何も言わないでください」


 アリアも、きっとアレクと同じことを考えている。今話をすれば、それは外にいるだろう侍女たちに筒抜けだという事を。

 口元に人差し指を当て『しーっ』と言って、そしてそれからアレクの胸にその身を寄せてくる。アレクはそんなアリアが愛しくてたまらなくて、優しく包み込みように抱きしめた。

 アリアは小さくて可愛い。その彼女を独り占めして、こうして堪能している事がこんなにも嬉しい。アレクはアリアの頭に自分の顔を近づけると、アリアは頬を赤くしながらアレクの方を見る。身長差のせいでアリアの瞳が上目遣いのようになっていた。あまりの可愛さに、思わず身もだえる。


「あー……だめだ。好きだ、アリア」

「大好きです……」


 外にいるだろう侍女たちには聞こえないよう、彼女の耳元で囁くように。アリアも同じようにアレクにしか聞こえないよう小さな声でそう言うから、もう我慢ができなかった。その唇に、自分の唇を重ねる。

 昼間、ブラハードの屋敷でそうした時よりももっともっと長い時間そうしていた。


「……アリア、ごめん。あんまり長い間こうしていたら、自分を抑えられる自信がない」

「はい……」

「レオン様にも、これから報告しようと思うんだ」

「私も行きます」

「あぁ。じゃあ、一緒にレオン様に報告しに行こう」


 もう一度、名残惜しいと言わんばかりに口づける。それから、アレクは部屋を出た。案の定アリアの侍女たちが三人そろって壁に沿って立っていたが、それを見て後ろから出てきたアリアが困った顔で笑っていた。


「皆さんはお部屋に戻っていてください。私、少しお兄様とお話をしてきます」

「は、はいアリア様」


 そして隣の、レオンの寝室の扉を叩く。入れと声が聞こえて、アリアがレオンの部屋の戸を開ける。アレクとアリアの二人で部屋を訪れた事で、レオンはきっと察したのだろう。エミリアと二人、優しく微笑んでいた。


「レオン様、ご報告があります」

「言ってくれ」

「……アリアに想いを告げました。アリアも、俺と同じように思ってくれていると」

「あぁ。……お前たちが惹かれ合っているのは、私は随分前から気づいていた」

「お兄様……」

「良かったな、二人とも。アリアも、今までずっと身分の事を気にしていたんだろう? アレクにも以前言ったが、身分など気にする必要はなく君は好きな男と結ばれればいい。君をエクスタード家の娘にしてしまったのは私だからな、私が許可する」

「ありがとうございます、お兄様」

「レオン様、ありがとうございます」


 アレクとアリアは、それぞれレオンに礼を言って頭を下げる。レオンはフッと笑って、それからアレクに釘を刺すように言った。


「だがアレク、アリアはまだ十五歳だ。アリアが成人する前に、間違いは起こさないでくれ」

「はい。肝に銘じます」

「さて、では今後の事はどうするかな。エミリア、君はどうしたら良いと思う?」

「そうねぇ……私たちが良くても、平民の男と婚約させるなんて言ったら貴族達が黙っていないと思うのよね」

「こ、婚約……。エミリアさん、まだそこまでは」

「あらアレク、そんな中途半端な気持ちなの?」


 男女の恋愛……その延長に結婚は確かに存在するのだろうが、アレクの中で『婚約』と言うのはまだ早すぎる言葉だった。想いを伝えあって、想いが一緒だったのを今は確認しただけ。

 もちろんアレクはアリアを大切にしようと思っているし、交際を続ければ将来的には結婚とそう言う話にもなるのだろう。だが、そこで貴族のエミリアと平民のアレクでは価値観が違った。

 何しろ、エミリア自身は恋だ愛だの言う前に、それこそ生まれた瞬間からレオンの婚約者と言う身分だったのだから。


「いえ、そう言う訳では……でも、婚約なんてまだ早いような気がして」

「そんな事はないだろう。だが確かに平民と婚約など、貴族たちは煩いだろうな。しかし、よその貴族の事は一旦置いておいて、我が家の中での話だ。君たちはどうしたい?」

「俺は……言えばみんなが俺に気を遣うんじゃないかって、そう思っています。だから、言わなくても良いんじゃないかなって……」

「確かにそれはそうだな。だが、そうなるとよその貴族にも黙っている必要がある。と、なればアリアを貴族の男に会わせない訳にもいかなくなるが、それはどう考える?」

「……もう、男性と約束して出かけるような事はいたしません。私には好きな人がいると、皆さんにはそう説明します」

「アリア、それは甘い。好きな男がいるからなんだと……貴族は相手に想う人がいるからと、結婚を諦めはしないぞ。そうなるとやはり、婚約したと言うのが一番だろうな」

「でも、エクスタード公の妹が、平民と婚約なんて……」

「……全く、貴族の社会は本当に面倒だ」


 レオンは、手に持っていた葡萄酒を一口含んで飲み込む。それから立ち上がってアレクの前に立った。

 彼には何か奇策があるのだろうかと、アレクは緊張した面持ちのまま唾を飲んだ。


「私が許可したのだから、他の貴族は関係ない。誰かが何かを言うようであれば、私がそいつに言ってやる。それで良いだろう」

「レオン様……」

「とは言え、我が家の中では黙っていたいと言うアレクの気持ちも尊重したい。他の貴族には『どこの家かはまだ明かせぬが、アリアの結婚相手はもう決めた』と、そう言う事にしておこう。私がそう言えば、他の家も黙るだろう」

「お兄様、ありがとうございます」

「アレク、アリアの事を頼んだぞ」

「……はい、レオン様!」

「アリア、良かったわね。教会にいた時から、ずっとアレクの事好きだったんでしょう?」

「お、お義姉様……!」


 アリアは頬を赤くしていた。アレクは、アリアの気持ちがそんなに前からだったのかと驚きを隠せない。自分だってアリアが教会にいる時から想っていたが、そんなにも前から両想いだったのかと……

 だが、頬を赤くして照れているアリアはやはり可愛くて、今すぐにでも抱きしめたいと思った。勿論、レオン達の前でそんな事をするわけはないのだが……

 それからアレクとアリアは、度々二人で外出をするようになった。表向きはアリアの外出に護衛としてアレクが同行していると言うものではあったが、アレクは正式にはレオンの従者でありアリアの護衛はサムエルだ。

 サムエルが多忙な時にアレクが代わりにアリアの護衛として出ていると言っても、その頻度があまりに多かったため二人の関係に気づいている者もいたかもしれない。

 だが二人はレオン公認だと言う事もあり変に取り繕う事はしなかった。ただただ、二人でいられるのが幸せで……想いを伝えられずにただ見ていただけだった時よりも、世界は明るい。二人でいる時間が長くなれば、より相手の事を好きになる。

 毎日が輝いているようで……気づけば、年が明けて二月ほどの時間が過ぎていた。

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