前へ次へ
87/133

告白(1)

 プラムニッツの街を出て、王都への帰路。アレクはレオン達の乗る馬車の御者をしていた。勿論交代だが冬空の下はかなり寒く、交代の時間が来るまでにはすっかり冷え切ってしまう。

 昨夜レオンは住民たち……とりわけエミリアの『師匠』だと言う男性に随分と飲まされていたようでぐったりとしているため、極力揺らさないようにしたいところだがそうはいかない。整備された街道を走っているとは言っても、雪も降っているし街道ががたつかない訳はなかった。

 街から街へと続く道は、ふいに魔物との遭遇もある。道中何度も魔物と対峙し馬車を止め、御者や警備を交代しながら先を進む。昼過ぎにプラムニッツの街を出て、エクスタード領第二の街である、プラハードに到着したのは夕方だった。


「レオン様、プラハードに着いたようですが……大丈夫ですか」

「あぁ……いや、まだ気持ち悪い」

「まずは中にお入りください」


 サムエルにそう言われレオンはゆっくり馬車を降り、エクスタード家の私邸へと入っていく。領地の各都市に一つはエクスタード家の私邸があり、いつ領主や使いが来ても良いように常に準備されているという。

 アレクはレオン達が私邸に入るのを見届けると、馬をすぐ隣の厩舎へ置いてくるように言われる。言われた通りに馬車を片付け、私邸へ入ろうとした時に……ふと街並みを見渡せば、また雪がちらついてきた。


「また雪か……」


 アレクが住んでいた集落は山の谷間にあったため、冷え込みも酷ければ雪も深く冬の暮らしは厳しかった。それに比べれば王都やこのエクスタード領の降雪は軽いものではあるが、だからと言って過ごしやすいと言う訳ではない。

 ……昨日は、アリアと二人馬に乗ってプラムニッツの厩舎へ行き、フランツ達に話を聞きながら放牧地を見学させてもらっていた。アレク自身も馬に対する扱いはそれなりに自信を持っていた物ではあったが、仕事として常日頃馬を扱っている彼らの話は勉強にもなった。

 そして、馬を見ているうちに雪が降ってきたから急いで領主館に戻ったのだが……自分の前にアリアを乗せて、そして彼女が寒くないよう外套で包み込むようにして駆けたのはかなりの急接近だっただろう。

 創造祭の日に噴水広場から屋敷に戻ろうと思ったところでアリアの方から手を繋いできた事もあり、アレクの中では既に確信めいたものはある。後はいつ言うかと、それだけだった。

 その日の夜は昨夜程ではないが贅沢なもてなしを受け、明日の出発に向け皆早めに就寝する。レオンは今夜継母を訪ねるつもりだったが今日は具合が悪いため、明日の朝出発前に顔を見せに行くと使いを送っていた。

 そして翌日、やっとレオンは二日酔いから解放されて清々しい顔をしている。彼は予定通りエミリアと共に継母を訪ねる事となり、彼が戻ってくるまでは自由時間となった。


「アレクさん、少し出かけませんか?」

「いいけど、どこへ?」

「近くに芝居小屋があるそうなんです」

「芝居かぁ。わかった、行こう」


 使用人に芝居小屋の場所を聞けば、本当にすぐそこらしく馬を乗るまでもないと判断して歩いていくことにした。時間にしても、ほんの五分程度の距離だと言う。

 辻二つ向こうと言う事で、地図もいらないだろう。もしも帰りに迷いそうなら、芝居小屋の人間に領主の私邸と聞けばすぐにわかるはずだと言われた。

 いらないだろうが、一応腰に剣は下げて行く。エクスタード家の私邸を出て、辻一つ過ぎたところでアリアが控えめにアレクの服を掴んできた。頬を赤らめ、何も言わず少し俯き……アレクとは目を合わせないようにしているその姿が、抱きしめたいほど可愛いらしい。

 アレクは服を掴むアリアの手を無言のまま振りほどき、代わりに自分の手でアリアの手を握る。アリアは更に頬を赤くして、瞳を潤ませながら更に下を向いていた。


(可愛すぎる……)


 思うが、口にはしない。そこに壁があれば、思わず頭をガンガンと打ち付けていたかもしれないと思うほどには、発狂しそうだ。

 そうして手を繋いだまま少し歩けば、芝居小屋が見えてきた。どんな芝居を公演しているのか、下調べもしていないのでわからないが……芝居小屋の前に掲げられていた紙には『花嵐』と、芝居の題名だと思われる言葉が書かれていた。


「あっ……このお話、知っています」

「そうなの? どんな話?」

「これから見るのに、あらすじを伝えちゃったら面白くないですよ。アレクさんは前情報なく見てください」

「そっか、確かに何も知らないまま見た方が楽しめるかな。すみません、二人入れますか」

「いらっしゃい、入れますよ。お代は……」


 アレクはアリアとつないでいた手を離し、財布を取り出す。二人分の代金を払って、芝居小屋の中に通された。王都の劇場とは違ってこじんまりとした舞台だが、その分演者が近くで見られるだろう。どんな話なのか、芝居が始まるまで楽しみだと席に着く。

 アリアと隣同士で椅子に座って、そして再び……アリアの手を握る。アリアはアレクの方を見て少し驚いた顔をした後、また頬を赤くしながら笑った。

 芝居の開始をどれくらい待っただろうか。客がちらほらと劇場を埋めてきた頃、舞台に女が一人出てくる。それが始まりの合図だと判断して、アレクは舞台に集中した。

 以前、アリアがライオネルと出かけた際に一緒に見た歌劇と比べると、迫力が足りないと言うのが正直なところではあるが……物語自体はとても面白かった。どうやら子供向けの絵本にもなっている話らしく教会に置いてあったそうで、それでアリアは知っていたとの事らしい。

 春に色とりどりの花が綺麗に咲く頃、その花を散らせてしまう強い雨風。その言葉になぞらえた題名を持つ話は敵国同士の、決して結ばれることが叶わぬ男女の悲恋を描いた話である。

 だが最終的には悲恋ではなく、二人は互いに国を捨て結ばれることになった。何もかもを捨ててでも愛を選んだ男女の、美しい愛に感動せずにはいられない作品だっただろう。

 公演が終わると、アリアは瞳を潤ませていた。そして涙脆いアレクもまた、その瞳には涙が溜まっている。鼻をすすりながら、互いの顔を見て笑った。

前へ次へ目次