前へ次へ
86/133

プラムニッツの街(4)

 翌日、レオンはエミリアと共に馬に乗ってギルドを尋ねる。夕べ一緒に酒を飲んだザカリアは既にギルドにいて、エミリアは彼との再会に瞳を潤ませていた。


「師匠! 元気そうで良かった」

「おうエミリア、久々だな。ちょっと見ない間に、お嬢ちゃんから領主様の夫人になったって聞いて驚いたぞ。それに子供を身籠っているなんて、めでたいじゃねぇか」

「ありがとう。……ここに来るまでの道中、夕べの話は聞いたわ。レオンの許嫁だって事、あなたにも黙っていてごめんなさい」

「良いって事よ。気を遣われたくなかったんだろう? 領主様よ、夕べはうまい酒をありがとうな! おかげで良い夢が見られたよ」

「それは良かった」


 そう言いながらレオンは、ギルドの壁をちらりと見る。王都ほどではないが、この街の壁にも依頼書がびっしりと貼られていた。

 どこの町も、色々な問題を抱えているものだと……本来であれば領地の問題解決は領主の仕事だが、ギルドには随分世話になっているなと改めて思う。


「師匠は今日、これから何か依頼を受けるの?」

「あぁ、今日の仕事はもう見繕ってあるんだ。町を出て少し南に行ったところにある洞窟に鉱物を取りに行った商人がいるんだが、そいつが洞窟の中に忘れ物をしたんだとよ。それを取りに行ってくる」

「そう、気を付けてね。確かあの洞窟は、ガーゴイルが居たから」

「よく覚えてるな。ま、ガーゴイルなんざ俺の敵じゃねぇよ」

「ザカリア、良かったら今夜領主館へ来てくれ。今夜は宴を開いてもらう。エミリアの恩人である貴方にも、ぜひ来てもらいたい」

「おう、領主様ありがてぇ。ぜひ行かせてもらうよ」


 そう言ってザカリアはギルドを出て行く。レオンとエミリアも外に出て、街の中を少し回る事にした。

 レオンが来ているという話は既に街中に知られていて、馬に乗って道行けば皆が声をかけてくる。『領主様、奥様。ご結婚おめでとうございます』『ご懐妊おめでとうございます』と……結婚したのはもう半年前になるが、それでも領民達はそう言ってくれるのだ。

 数年ぶりに戻ってきたが、領地は良いと……レオンはそう思う。王都で育ったものの、やはり王都は少し騒がしすぎるのだ。

 本来であればエミリアだけでも領地に置いておくところではあるのだろうが、しかしそれはできそうにない。エミリアには常にそばに居て欲しいし、自分自身エミリアの近くにいたいとそう思っているから。


「プラムニッツの街は、やっぱり良い街ね。私は好きよ」

「あぁ、そうだな。俺も好きだ。だがエミリア、君だけ領地に戻るなんて、そんな事は言わないでくれよ」

「どうしたの? そんな事言わないわ。私はあなたの側にいたいもの」

「そうか、君も同じように思ってくれていたようで安心したよ。さて、街を見て回るのはこれくらいにしよう。あまり外にいると、身体を冷やしてしまう」

「えぇ、そうね。雲行きも少し怪しくなってきたし、雪が降る前に戻りましょうか」


 レオンとエミリアは館に戻り、暖炉の前で暖かいお茶を飲む。そうやって寛いでいると、窓の外から雪が降ってくるのが見えた。やはり早めに戻って来て良かったと思った数分後に、アレクとアリアも戻ってくる。

 アレクの帽子の上に少し雪が乗っていたので、二人は雪が降って慌てて戻ってきたのだろう。二人もまた馬一頭に乗って出かけていたようだが、アリアを雪で濡らさないようアレクが外套で包んでくれたのだろうと言うのはレオンにはなんとなく想像できた。

 二人の顔が赤かったのは、寒さでかじかんだからではないだろうと……


「ねぇレオン、創造祭の後からあの二人の距離がすごく近くなったと思うのは私だけかしら?」

「いや、俺もそう思う。だが二人が何も言ってこない以上……まだ『恋人未満』なのだろうな」


 夫婦は顔を寄せ合って、互いの耳元で話し合えばエミリアは笑った。アレクとアリアは、何を話しているのかと首を傾げていたが、二人のその表情を見てレオンも口元を緩める。


「二人はどこに行ってきたんだ?」

「放牧地の方を見てきました。夕べ生まれた子も、もう元気に走り回っていたんですよ。仔馬さん達が本当に可愛くて……頭をなでさせてもらったら、毛がふわふわで」


 アリアがニコニコしながらそう話すのを、アレクはただ黙って聞いていた。ただアリアを見つめるその瞳には、彼女を愛しく思うその気持ちがにじみ出ているのを感じる。

 自分もエミリアを見つめる時はこんな表情をしているのかと、レオンはふと思う。レオンのエミリアへの気持ちは誰に隠している物でもないが、なんだか少し気恥ずかしい気持ちだ。


「アリア、我々エクスタード家の本来の家はこの屋敷だ。君は随分とこの街を気に入ってくれたようだし、もしも王都よりもこちらの方が良ければ……ここに残っても構わないが」

「え……? そんな事、考えてもいませんでした。お兄様、私は……王都にいるよりも、ここに残った方が良いのですか?」

「君次第だが……」


 アリアは不安げな顔をした。確かにアリアにとっては今回初めて来た場所なのだから、ここが本来の家だと言われてもそうは思えないだろう。

 ここに居ろと、レオンが強制する事だってできなくはない。だが、レオンはそんな強制はしない。勿論、アリアがここに残ると言う事はないだろうと、そうわかりきっていた。


「私も、お兄様たちと一緒に王都に戻ります。一人で残るのは寂しいです」

「そうだな。では明日、皆で王都へ帰ろう」

「はい」

「明日は昼過ぎにここを出て、途中のブラハードの街で一泊する。アレク、私達は継母の家に寄るが、その間はアリアの事を頼んだぞ」

「は、はい。わかりました」


 帰りは来るときとは別の道を通り、継母の住むプラハードに寄る。継母を追い出してしまってから手紙でのやり取りは何度かしているが、彼女は彼女で相変わらず元気そうである。

 王都に戻りたいというような事も、継母は決して言わない。どうやらブラハードの街で楽しくやっている様子は手紙からは垣間見えた。


「レオン様、そろそろ宴を始めようと思います」

「あぁ、わかった。では、皆場所を移そう」


 領主館の使用人が、レオン達を呼びに来る。宴の会場となる広間へ場所を移せば、たくさんの料理が所狭しと並べてあった。酒の瓶も何本もあるが、かなり良い酒を用意してもらっただろう。

 町の住民も大勢呼んでいる。むしろ、参加に制限はしなかった。来たい住民は来れば良いと、それくらいの心づもりでの大解放。大領主として、これくらいの事は当然だとレオンはそう思っていた。


 宴の開始からしばらく、レオンは相当飲まされていた。飲めば注がれると言う状態だったが、住民も皆領主であるレオンが戻ってきたのだからと延々と飲ませてくるのだ。

 エミリアが心配そうな顔で見ていたが、酔いは回っていてもエクスタード公としての尊厳を見失う訳にはいかないと、醜態を晒す事だけは避けたかったが……

 結局夜更けまで飲まされ続けて、最終的には机に突っ伏して眠るという醜態を晒してしまったようである。レオンのそんな姿初めて見たと、エミリアが笑っていた。

前へ次へ目次