プラムニッツの街(3)
「あなたがザカリアか。一緒に飲ませてもらっても良いだろうか」
「構わないが、あんたは何者だ? 随分良い服を着ているが、どこの貴族だい?」
「名乗っても構わないが、私が名乗ってもその態度は変えないで欲しい」
「あぁ、わかったよ貴族様」
「私はレオン・エクスタードだ」
「レオン・エクスター……ド? りょ、領主様!?」
ザカリアがそう言ったことで、酒場の中がざわつく。なぜ領主がこんな酒場にと、店主も客も皆驚いただろう。そうなる事は想定していたレオンだけが、飄々としている。
「あぁ、そうだ」
「なんだって領主様が、俺みたいな冒険者と酒を飲みたいだなんて……!」
「六年近く前になるが、私は匿名で……ギルドを通じあなたへ依頼を出した。エミリアと言う魔術師の少女がギルドを訪ねてきたら、一人前の冒険者にしてやって欲しいと」
「エミリア……? あぁ、あのエミリアか! よく覚えている! そうかい、領主様。あの依頼はあんたが……」
「そうだ。彼女を立派な冒険者へ育ててくれた礼が言いたくてな」
「待ってくれ、それはもう何年も前に報酬はきっちり貰っている。それにな、俺はずっと一人で冒険者をやってきたから、あの子と依頼を受け魔物を倒しに行くのはそれなりに楽しい時間だったんだ。口うるさいところはあったが、よく気の利くいい子で……それに、エミリアの魔法に助けられたこともあったぜ。だから礼を言うのはこっちのほうだ。でも、なんだって領主様がそんな依頼を出してきたんだい?」
「……あの子は当時、私の婚約者だった。だから心配でな」
「こ、婚約者だったって!? あの子が!? じゃあ領主様よぉ、あんた最近結婚したって話じゃないか。もしかして、その相手ってのは」
「あぁ、彼女だ」
「どひゃー! あの時の俺は、未来の領主様の奥様を預かっていたって事かい!」
ザカリアはそう驚きながら豪快に笑って、手にしていた酒をグイグイと飲む。確かにエミリアが言った通り、豪快な男だとそう思う。
レオンはザカリアの前に座り、店主へ自分にも酒を出してくれと言う。店主は突然現れた領主に驚きながら、普段は出さないような少し良い酒を棚の奥から引っ張り出していた。
「エミリアは、あんたと一緒に戻っていないのかい?」
「戻って来ているが、今朝王都を出て長旅で疲れたろうから領主館で休ませている。何しろ、エミリアは今身重なのでな」
「へぇー、あの時のお嬢ちゃんが、領主様の奥様でおまけに身重……そりゃ俺も年を取るはずだ」
「明日、エミリアも連れてギルドへ会いに行こう。ザカリア、あなたの酒がなくなったようだ。今夜の酒代は私が持つから、好きな物を好きだけ飲んでくれ」
「そうかい? それじゃ、領主様のご厚意に甘えさせてもらうとするか!」
それからレオンは、しばしザカリアと酒を酌み交わした。当時のエミリアの話を聞かせてもらえば、レオンの知らなかった彼女の一面もまた見えてくる。
この街にエミリアが住む場所を用意したのはレオンだし、レオンの乳兄弟だった男を通じ彼女がどうやって過ごしていたかの報告は受けていた。だが、実際に依頼を受けて魔物の退治に行っていた話は新鮮であったし、危ない話を聞けばやはりこの男に預けて良かったとも思った。
彼とは二時間ほど酒を飲みながら話しただろうか。レオンは普段よりも少し多く飲んで、珍しく酔っている感覚はある。だが、領主館までは馬に乗って数分の距離だし問題はないと、ザカリアと別れて馬に乗った。
「すまなかったな、コニー。外は寒かったろう。今領主館へ戻るから、そうしたらお前にも暖かい馬房を用意してもらおう」
そう言って、愛馬・コニーの腹を軽く蹴るように。馬なりに走らせていれば、すぐに領主館に着いた。コニーを馬番の男へ預け、中へと戻ればアレクがレオンの帰りを待っていたようだ。
「アレク、私を待っていたのか」
「はい。他の皆さんにはもう休んでもらっています」
「お前も休んでいて良かったのだぞ」
「いえ……俺はレオン様の従者ですから。レオン様、結構飲みましたか。お顔が少し赤いです」
「あぁ、少し飲みすぎてしまったようだな。私ももう寝よう」
「はい。お部屋へ案内します」
アレクはレオンを先導し、階段を上がる。彼に案内されずとも、自分が寝る部屋はわかっているつもりだったが……以前来た時と、もしかしたら部屋の配置を変えたのかもしれないと思いレオンはアレクに続いた。
二階の一室に案内されれば、アレクの顔は何か言いたげで……だが、何も言わない。レオンはアレクへ尋ねた。
「私の勘違いかもしれないが、私に何か言いたい事でもあるのか?」
「あ……いえ、その……。あ、明日なのですが」
「あぁ」
「……レオン様のお供ではなく、アリアと共に街を見て回っても良いでしょうか」
「そんな事か。構わん」
「ありがとうございます。ではレオン様、ごゆっくりお休みください。失礼します!」
アレクは嬉しそうな顔をして、レオンに礼を言ってから去ってゆく。アレクにアリアとのことを応援してやると伝えてからと言うものの、アレクは不自然にはならない程度には積極的だっただろう。
創造祭の日も二人は噴水広場に寄ってから戻ってきたが、何かあったのかと思わせるほどには二人とも照れ臭そうにしていたのもわかっている。
そして恐らくは今日も……厩舎からこの領主館に戻ってくるのに、アリアと二人で馬に乗って戻ってきただろうという事は想像も出来た。
アレクには敢えて、アリアの気持ちがまだどこにもないような口ぶりで話をしたが、レオンはアリアの気持ちもわかっている。後はアリアが、その身分の差を超えるために一歩踏み出す事さえできれば二人は結ばれるのだろうと、レオンはそう思いながら部屋の扉を開ける。
寝台にはエミリアが既にすやすやと寝息を立てており、レオンはその愛しい寝顔にそっと優しく口づけた。