プラムニッツの街(2)
「お兄様、ここがプラムニッツの街ですか?」
「あぁ、そうだ。今日はもう暗く何も見る事はできないが、明日は牧場の方を見に行くと良いだろう。きっと、厩舎には生まれたばかりの仔馬がたくさんいるぞ」
「はい、楽しみです!」
馬車を降りたアリアとそう話をしていると、レオン達の到着に気づいたのか領主館の扉が開く。出迎えたのは、領主代理であるレオンの叔父だった。
「レオン、長旅ご苦労だったな。待っていたぞ」
「叔父上。お久しぶりです」
「お前の結婚式の日以来だな。さあ、早く入ると良い。夫人も子を身籠っていると聞いている。身体を冷やさぬうちに」
「ありがとうございます、義叔父様。失礼します」
レオン達は招かれるまま領主館に入り、広間に通される。レオンはこの領主館で二歳まで育ったが、正直なところここで育った記憶は皆無だ。
物心つく前に離れたのだから当然と言えば当然なのだが……だからこの領主館はレオンの家と言うより、レオンの中では叔父の家である。
「叔父上。この子が以前文で知らせた、妹のアリアです」
「そうか、君が……。初めまして、アリア。私はレオンの叔父……君の父・ベイジャーの弟でジルベール。今はレオンの代理として、領主の真似事をしている」
「ジルベール叔父様……。初めましてアリアです、よろしくお願いいたします」
「叔父上、フランツは?」
「あぁ、産気付いた馬がいるから厩舎に行っている」
「……アリア、厩舎に行くのは明日と思っていたが……出産が見られるかもしれない。行ってみるか?」
「はい、行きたいです」
王都を発つ前、アリアにプラムニッツでは軍馬の生産をしている事、ちょうど出産期に当たると言う話をすると、仔馬が見たいと目を輝かせていた。次にプラムニッツに来るのがいつになるかはわからないし、来た時に丁度仔馬がいるとも限らない。また、出産ともなると見られる機会は中々ないだろう。
長旅で疲れただろうエミリアへは先に休むよう言って、レオンはアリアと、それとアレクも連れて厩舎の方へ向かう。厩舎は少し距離があるので馬で向かう方が良いが、馬車だと時間がかかる。レオンの馬・コニーにアリアも一緒に乗せてやった。
以前から……それこそ彼女がまだ教会にいた頃に馬に乗せてやった事は何度かあるが、こうして二人で乗って馬なりに走らせたのは初めてだろう。その速度が怖かったのかもしれない。アリアはガチガチに固まってレオンの服を掴んでいた。
「フランツ。それに、そこにいるのはヴァイスか?」
「……レオン様! お戻りでしたか。おかえりなさいませ。こんなところまで、わざわざどうしたのですか?」
「産気付いた馬がいると聞いてな。君達にも紹介する。妹のアリアだ」
「レオン様の妹……」
「あぁ。アリア、フランツとヴァイスは叔父上の子……私達の従兄弟だ」
「従兄弟……フランツ様、ヴァイス様、初めまして。アリアです」
叔父の子は三人いるが、フランツが長男で二十歳。二つ年下の弟ヴァイスと、アリアと同い年の女子・マリーの三人兄妹。流石にマリーは領主館に残っているのだろう。
「仔馬はもう生まれたか?」
「いいえ、もう少しです」
「では、アリアにも見せてやってくれないか。王都にいては中々、こんな機会はないのでな」
「わかりました。アリア様、こちらにどうぞ」
「あ、あのレオン様。俺も良いですか」
「あぁ」
アレクも見たいと言うので、アリアと二人で見学させる事に。レオン自身は、馬の出産は子供の頃に何度か見ているので別に良いだろう。
この場にはフランツとヴァイスの他にも厩務員だろう人間が何人かいたが、突如現れた領主の姿に驚いているようであった。
「何か手伝う事があれば手伝うが」
「いいえ、大丈夫です領主様」
「そうか? 私も子供の頃、出産を手伝って仔馬の足を引っ張ったりしたものだぞ」
そう言って笑っているうちに、いよいよ仔馬が生まれる瞬間がやってくる。基本的に馬の出産に、人工的な介助は必要ない。どうしても上手く仔馬が出てこなくて時間がかかっている時にだけ、介助をしてやればいい。
アリアとアレクも、母馬の馬房の外でその瞬間を見守っている。人間の赤ん坊と違って馬は産声を上げないから、少し遠くで見ていたレオンはその瞬間がいつだったのかはよくわからなかったが……
アレクが『生まれた』と呟いた声と、母馬を応援していたアリアが笑顔になったのを見てその時を察した。レオンも馬房の前へ向かう。
「生まれたか」
「はい馬のお産……初めて見ました。すごいですね」
「そうだな。……アレク、私はそろそろ戻る。戻るというか、街の酒場に出向く用があってな。アリアの事は頼む。領主館までの道は一本道だから、戻るのは問題ないだろう?」
「は、はい。わかりました」
レオンはそう言って、アレクにアリアを任せて厩舎を去る。外に繋いでおいた愛馬に跨り、街の都市部へ向かって走らせた。昨日エミリアと話した、彼女の『師匠』へ会いに行くため酒場へと向かう。
エミリアも彼に会いたいだろうが、それは明日の昼間で良いだろう。レオンが今夜を選んだのは、明日は領主館で晩餐会になり明後日の昼にはもう王都へ向けプラムニッツを出る。今日しか彼と酒場で会う機会がないのだ。
馬を走らせ、街の商業地区へ。馬と切っても切れない縁を持つプラムニッツの街では、街の至る場所に馬を繋ぐ場所がある。レオンは酒場の横に馬を繋ぎ、酒場の戸を開く。
「いらっしゃい! お兄さん、初めて見る顔だね。一人かい?」
領主の顔を知る民は少ない。何しろレオンは領主になって二年、初めてこの街に来た。更に、それ以前もレオンがプラムニッツに来るのは年に数回だけであった。レオンの顔を知らなくても当然だろう。
だが、レオンはこの者たちが自分の事を領主だと気づいていないというのを、全く気にすることなく店主に尋ねる。
「あぁ。ここにザカリアと言う冒険者が来ていないか」
「ザカリアさんならあちらの方ですよ」
店主が一人の男を指さす。エミリアが言うように熊のように大柄で、無精ひげの生えた男だった。呼ばれたザカリアは一体何だと言うような顔でレオンを見る。が、見た記憶の無い男が訪ねていたことに首を傾げていた。