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プラムニッツの街(1)

 創造祭が終わると本格的な冬がやってくる。雪が降るようになれば一年が終わり、また新しい一年が始まるのは世界の理だ。

 本来であれば年の瀬には領地へ戻り、年が明ける前に再び王都へ戻ってくる。それが毎年の恒例であったのだが、レオンは父親を亡くして以降領地には一度も帰れないまま。

 それが、王の一声でこの年の瀬に限って領地に戻って良いと言われたのはレクト王国に初雪が降った日である。ただし、供は厳重に付けるようにとは言われたが……

 恐らくは、今年レオンが結婚した事が大きいのだろう。まだエミリアを領地に連れて行けてはおらず、更にエクスタード家はアリアと言うレオンの妹も迎え入れている。

 また、エクスタード領の領民達はレオンが領主となって以降レオンの姿を見ていないのだ。そろそろ一度領地に戻らせてやらなければいけないと、王もそう思っての事だったのであろう。

 身重のエミリアを長時間馬車で移動させることは避けたかったが、折角戻るのだから彼女一人を置いて行くわけにもいかない。まだ産気付く時期でもないし、エミリア本人の希望もあり彼女も連れプラムニッツへ戻る事になった。

 その出発の前夜。いつものようにエミリアを腕に抱きながら、寝台の中二人で話をする。既に二週間ほど前から帰郷の準備は始めていたし、普段レオンの代わりに領主としての仕事をしてくれている叔父にも手紙は出してあるので後は明日を迎えるだけだった。


「いよいよ明日ね」

「あぁ。君も懐かしいだろう」

「えぇ。五年前……いえ、もうすぐ六年前になるのね。王都を出て、プラムニッツへ向かったのは」

「そうだな。プラムニッツへ着いたら、その時君の生活を助けてくれていた人に会えると良いのだが」

「元気にしてるかしら、師匠」

「師匠?」

「えぇ。あなたが手配してくれたんじゃない、プラムニッツの街で一番凄腕の冒険者を私の師匠にするようにって」

「そんな事は……」

「とぼけたって無駄よ、知ってるんだから」


 確かに、ギルドにはそのように依頼をした。もちろん忘れたわけではないが、エミリアはそれを知らないものだとばかり思っていた。

 彼女は自立したがっていたから、何もかもレオンが手をまわしている事を知れば嫌がるだろうと思い秘密にしておくつもりだったのだが。

 知っていたのであればとぼける必要もないが、エミリアはそれ以上言及はしなかった。


「あなたのお父上より、もう少し年上かしら……豪胆でサバサバとした、気持ちのいい男の人よ。外見は熊みたいに大柄で、無精ひげで……」

「君の口から、男の話はあまり聞きたくないが」

「もう、何もやましい事なんてないわよ。親子ほど年も離れているし、師匠は私の事を世間知らずのお嬢ちゃんとしか思ってなかったわ」

「そうか」

「だからきっと、驚くだろうなぁ……あの時自分の後ろをついてきていた世間知らずのお嬢ちゃんが、今や領主の妻なんだもの」

「その上あと数カ月で、子を産むとくれば驚かない訳がないな。彼にはギルドへ行けば会えるか?」

「依頼に出ている時でなければ、昼間はギルドに行けばきっと会えるわ。夜は酒場」

「では、上手い酒でもご馳走してやろう。君がプラムニッツにいた頃の恩人には、礼を尽くさねばな」

「ふふ、そうね。きっと喜ぶわ」


 そう言って笑うエミリアの額に口づける。そろそろ寝るぞと言えばエミリアは『おやすみなさい』と言って瞳を伏せた。

 レオンも、エミリアに返事をする。『おやすみ』と。ほどなくエミリアの寝息が聞こえてきたのを確認してから、レオンもまた眠りに就く。

 外は少しばかり、強い雪が降っていた。


 翌朝には雪は晴れていたものの、雪が足首を超えるあたりまで積もっていた。雪が積もったからには、プラムニッツまでの道中も少しばかりの長旅になるだろう。

 馬車は五台、護衛として同行させる事にした私兵は十人。レオンの愛馬も連れて行く。国王に見つかれば護衛が足りないと言われるかもしれないが、レオンに言わせれば十分すぎる人数だ。


「では、プラムニッツへ行ってくる。私が留守の間、頼んだぞ」

「はい、レオン様。道中お気をつけて。無事に戻られるのをお待ちしております」


 執事長レオナルドをはじめ、使用人の数名がレオン達を見送る。レオンが馬車に乗り込んで、馬車は進み始めた。

 王都を出てまずは西へ。一時間ほど進んで王家の直轄領を抜ければすぐにエクスタード領に足を踏み入れる事になるが、プラムニッツはまだ先である。

 この後更に西へ進めばモンブールと言う街があるが、モンブールを目印に南進。そのままずっと進めばプラムニッツの街へ辿り着く。この冬の寒さで護衛の者を交代させながら進むため、プラムニッツへ到着する頃には夜になっているだろう。


「公爵、魔物が出たようですので少し止まります。数が多いようです」

「私も出よう」

「レオン、大丈夫?」

「心配するな、すぐに戻る」


 護衛は五名ずつ交代で付かせていた。魔物が出ても数匹であればその五名で対処できるため馬車を止めるまではなかったのだが……小さな群れと遭遇する度馬車は止まった。

 レオンも何度か馬車を降り、時に愛馬・コニーに跨る。魔物の群れを片付ければまた馬車を進ませ、途中の街に寄って食事をしてまた進む。そうしてプラムニッツに到着したのは、思っていた通り随分と暗くなってからだった。

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