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創造祭(2)

「明日は創造祭だ。明日の仕事は最低限の物だけにして、皆思い思いに休んでくれ。私たちと共にヴェーリュック教会へ行きたい者は、朝食後すぐに発つから遅れぬように」


 レオンが昨夜使用人達にそう言ったため、創造祭の当日はいつもの朝とは光景が異なっていた。料理人を午後まで休ませてやるために、今日の朝食と昼食は他の『家族』が簡単な物を準備する。夜のご馳走はどうしても料理人の仕事になってしまうが、普段は別の仕事をしている使用人が手伝ったりもしているようだ。

 朝食後に皆で教会へ向かえば、教会は教会でいつもの数倍は混み合っている。混み合う事がわかっているからこそ早く来たというのも勿論あるが、あまりに混み合うので懇意にしている貴族には招待状を出すのだ。

 一般庶民の入場には制限をかけている。制限なく入れるのは貴族の特権と言えばそうなのだろう。


「神父殿、今年もお招きいただき感謝する」

「エクスタード公、奥様。よくいらっしゃいました。……アリア、よく来たね」

「神父様、お元気そうなお顔を見られて安心しました。最近はあまり来られなくてすみません」

「いや、いいんだよ。忙しいのかい?」

「朝の冷え込みが厳しくなってきましたから、身重の妻に早朝の外出を許していないのです。アリアは妻が一人で祈らずに済むよう、屋敷の祭壇で共に祈りを捧げてくれているのです」

「そうでしたか。お前は本当に心優しい子だ」

「えへへ……」

「さ、こちらへどうぞ」


 大聖堂へ通され、皆席に着く。レオンの隣にエミリアが座り、その隣にアリアが。更に隣にアレク、そしてサムエルが座った。アレクはいつもの礼拝堂ではなく、この大聖堂に入るのは初めてだっただろう。少しばかり、キョロキョロとして落ち着きがなかった。

 確かに城の大聖堂と引けを取らない空間だ。息をする事さえ躊躇われるほどの静寂に、息苦しさを覚えるかもしれない。

 そのうち他の貴族も入ってきたと思えば、更に庶民たちの入場も続く。広い大聖堂の椅子が埋まってしまうまでに、そう長い時間はかからなかった。

 そして神父の話が始まり、その話が終われば皆で讃美歌を歌う。毎年同じように、繰り返されてきた光景。アリアにも、そしてエクスタード家にも他の貴族も平民も……それはいつもと同じ創造祭の日の始まりだったのだ。



「アレク、私たちは家に戻るけれどあなたは街の中を見てくると良いわ」

「え? どうしてですか?」

「噴水広場なんてきっと面白いわよ」

「じゃあアレクさん、良かったら私と一緒に行きませんか?」


 教会を出た後エミリアがそう言ってアレクに声をかけているのを聞いて、アリアは一緒に行こうと提案した。確かに、噴水広場には大道芸人が来ているだろうし、創造祭が初めてだと言うアレクにはきっと面白いだろう。


「え? あ、じゃあ……。でも、馬車はどうしますか」

「サムエル、御者を頼む」

「はい、レオン様」

「え? では、アリアの護衛は」

「お前がいれば十分だろう?」


 アリアは、レオンがアレクを『お前』とそう呼ぶのを初めて聞いた。アリアは既に知っている。レオンは相手によって呼び方を使い分けるが、彼が『お前』と呼ぶのは心から信頼している一部の男性だけだと。

 アレクも恐らくそれには気づいていて、一瞬驚いた顔をしてから嬉しそうな顔で『はい!』と返事をする。レオンはその顔を見て、フッと笑っていた。

 創造祭では大切な人同士、贈り物を贈り合ったりするのも風習の一つであるが……もしかしたらアレクへのその呼び方は、レオンからアレクへの贈り物なのかもしれない。


「ではアレクさん。噴水広場に行ってみますか?」

「うん、そうだね。ではレオン様、あまり遅くならないように戻ります。アリアの事は俺に任せてください!」

「あぁ、頼んだぞ」


 そうして馬車に乗り込む兄夫妻を見送ってから、アリアはアレクと共に噴水広場の方へ向かって歩く。教会へ向かう人々の波に逆らう格好になるが、人が多すぎてはぐれてしまいそうだ。


「すごい人だね……」

「はい……。あの、アレクさん。はぐれては困るので、その……」

「アリア、ごめん」


 最後まで話す前にアレクに言葉を遮られ、手首を掴まれぐいと引き寄せられる。アレクが近すぎて恥ずかしくて……どうして突然抱き寄せられたのかと思ったが、人の流れに逆らいかけていたアリアが人波に攫われてしまわないようにしてくれたのだろう。

 アレクはそのまま、アリアの手首を掴んだままで前を向いて歩き始める。アリアはもう一度、アレクの名を呼んだ。


「アレクさん、あの」

「あ、ごめん。痛かった?」

「そうじゃないんです。その、あの……アレクさんが嫌じゃなかったら、その……」

「……アリア。はぐれない様に、手を……繋いでも良い?」

「……はい」


 自分で言おうと思った言葉を、アレクが言った。アリアが恥ずかしくて言葉にできなかったその言葉を、アレクは感じ取ってくれたのかもしれない。

 アレクの手がアリアの手首から離れて、そして手をつなぎ直す。お互いに皮の手袋越しだったのでその体温はわからないが……今の二人は傍から見れば恋人同士のように見えるだろうか。

 公爵家の娘と、その兄である公爵の従者だなんて誰が思うだろう。アリアの前を行くアレクの表情こそアリアには見えないが、今のアリアは……愛しい人と創造祭を過ごす事が出来て嬉しいただの女の子でしかなかった。

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