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創造祭(1)

「アリア、神父様がこれを君にって」

「神父様がですか? 何でしょう」


 エミリアと一緒に編み物をしながら日々を過ごしていたアリアに、仕事から戻ってきたアレクが一通の封筒を渡す。それはアリアが生まれ育ったヴェーリュック教会の神父から預かった物だそうで、アリアも最近は教会へ行けていないから嬉しい便りでもあった。

 封筒とは言っても少し大きく、厚みもある。開けてみれば、シスターたちからの手紙と合わせ、招待状のようであった。


「創造祭の、招待状です。そっか、もう創造祭の時期ですもんね」

「創造祭?」

「アレクさん、ご存じないんですか? 創造祭と言うのは、ヴァレシア教のお祭りのひとつです。全知全能の神ゼウスが、このウルフエンドを作ったとされる日を祝うんですよ」

「へぇ……そんな行事があったんだ」

「ヴァレシア教にとっては一番大切な日です。エクスタード家の皆様といらしてくださいって、書いてあります」

「レオン様に、行けるかどうか聞いてみようか?」

「聞くまでもないですよ。その日は騎士団もお休みのはずですから」


 そう、ヴァレシア教にとって一番大切な日であるこの日は、ありとあらゆる仕事が休みになる。勿論、王宮の兵達も例外ではない。最低限の配置だけは残すが、それ以外の者は皆休みだ。

 いつもは多くの人でにぎわう市場も休場。貴族の家の使用人達も、皆休暇となる。仕事とは言えない程度の家事や雑務は引き続き分担で行われるが、この日はありとあらゆる仕事が休みとなり、皆でこのウルフエンド大陸の創造を祝う日なのだ。

 地方出身のアレクは、あまりヴァレシア教のお祭りなど参加したこともなく知らなかったようだが……信仰心の塊であるアリアにとっては、ヴァレシア教の地方の布教活動はどうなっているのかと思ってしまった程だ。

 アレクはアリアから話を聞いて、へぇと感心している。


「お祭りって、具体的に何をするんだい?」

「朝は教会でお祈りをして、夜は家族みんなでご馳走を食べるんです!」

「昼間は?」

「お昼は人それぞれで良いんですよ。でもお店が閉まっていますから、大体皆さん家で家族や恋人と寛いでいるみたいですね。のんびりと自由に、この世界の創造に感謝する日です。あとは大道芸人の方が広場で演奏したりしているので、その音楽に合わせてお酒を飲んだり踊ったりしている方もいます」

「へぇ……」


 王都で初めての創造祭を迎えるアレクは、あまりピンと来ていないようだった。この日はレオンとエミリアが仮の式を行ったヴェーリュック教会の大聖堂も公開されるし、王宮の大聖堂も開放されているだろう。

 思えば昨年の創造祭の日は、アリアはまだ教会の見習いシスターの一人だった。この半年ほどで色々あったなぁと……年の瀬に差し掛かってきた事もありふとそんな事を思った。


「……その日は騎士団も休みだって言うなら、アリアに『お誘い』が来てたりしないのか?」

「ありましたが……家族で過ごすのでと、お断りしました」

「そっか」

「アレクさんは、どうするんですか?」

「どうするって?」

「アシェルさん達と一緒に過ごしたりとか……」

「アシェルにはレスターがいる。今の俺の家族は、エクスタード家だよ。……だから、家族とのんびりと寛ぐ日だって言うのなら、俺もエクスタード家の皆とのんびりさせてもらおうかな」


 アレクはそう言って笑う。アリアよりも少し先にエクスタード家に来たアレクは、その明るさと人懐こさのお陰ですっかりエクスタード家の使用人達とも仲がいい。

 貴族の家と言うのは、その家に仕える両親と子供と言う複数の家庭が一つ屋根の下で暮らしている事が多い。確かにエクスタード家の使用人達も皆家族のような存在ではあるが、それぞれの家庭はそれぞれの家庭で過ごすのではないだろうかとアリアは思っている。

 エクスタード家に仕えていた両親が亡くなった後、そのままエクスタード家に仕えている単身の者もいるが……アレクが考えている『家族』とアリアの考えている『家族』はきっと違うだろう。

 だが、アリアは敢えて彼の考えを正す事はしなかった。一緒に過ごす『家族』のいない者は、主君であるレオンやアリアたちと共に過ごせば良いだけなのだから。

 そして、アリアはできればアレクと共に過ごしたいと、そう考えていたのだから……


「はい。それが良いです。ふふ、私も頑張ろう」

「頑張る?」

「あ、いいえ。なんでもありません。こちらの話です!」


 アレクは首を傾げていたが、アリアは何でもないと言って話はそこで終わらせる。創造祭までは、あと十日を切っていた。

 城下外の街並みも、少しずつ創造祭へ向けた飾りつけになっていく。星を象った物を飾るのが、創造祭の定番だった。

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