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邂逅と懺悔(2)

 城の敷地内にある大聖堂で行われたが、城にいる聖職者達だけでは手が足りなかったため、城下町の教会から何人かの神父やシスターが手伝いとして駆り出されていたらしい。

 葬儀を終えた後、レオンはその神父やシスターたちに葬儀が滞りなく終わったことを感謝し、労ったのだが……その集められたシスターの中に、レオンがよく知った顔があったのだ。

 レオンの生母はレオンが二歳の頃に流行り病で亡くなっている。父はその後後妻を娶っているが、その後妻は侍女がほんの些細な失敗をしてしまっただけでも解雇してしまうような気の短い人だった。

 今から遡ると十五年ほど前に、レオンの面倒をよく見てくれるまだ若い使用人がいたのだが……彼女が何をして継母の怒りを買ってしまったのかはわからないものの、突然解雇されたのだ。

 レオンが葬儀の後で出会った懐かしい顔はまさにその彼女で、十四年も会っていなかったというのにすぐに分かったくらいには、レオンは彼女によくしてもらっていたと言えるだろう。


 そして、その彼女の娘がアリアである。まだ十二、三歳の少年であった頃は、なぜ彼女がエクスタード家を解雇されたのかその理由がわからなかったが……青年となって再会して、その理由を聞いた。

 父は後妻を貰ったはいいが、その後妻は体裁を整えるだけのもの。そこに愛はなく、後妻との間に子も為さなかった。父が母を愛していたから故の事だと思っていたが、いや、それもあるだろうが……父は後妻を貰ってから何年か経った頃に、屋敷の使用人の一人と恋に落ちていたのだ。

 彼女は父の子を身ごもっていた。それが継母に露見したことで、気を悪くした継母は彼女を追い出した。そして、父に迷惑はかけられないと、次はどこに行くかなど今後の事は父に何も伝えずに去った。

 人知れず子供を産み、教会に身を寄せ神に祈る日々を過ごし……苦労もしたのだろう。彼女は彼女で、父の葬儀の数週間後に後を追うように亡くなっている。

 レオンには血を分けた家族はもういない。妻であるはずだったエミリアもいない。人望こそはあれ、レオンは孤独だった。そんな中で異母妹がいると知れば、そしてアリアもまた孤独の身となれば……アリアを気にかけない訳にはいかないだろう。


「これは俺だけが知っている話だ。だから、君も誰にも言わないで欲しい」

「そうだったの……。事情は分かったけれど、そうなら本当の事を伝えてあげたらいいのに……」

「アリアの母親に、父親の事はアリアには言わないでくれと止められたものでな。それに、継母はまだ健在だ。彼女がいるうちは、アリアをエクスタード家には引き入れられない。アリアに何をされるか、わかったものじゃないからな」

「……あなたの継母様、そんなにキツい人だったかしら」

「いや、堪忍袋の緒は切れやすいが、普段はとても優しい人だ。俺も、小さい頃からとてもよくしてもらった。父には愛されていない事を知っていたのに、それでも……今でも毎日喪を纏っている。父がいなくなり、父との子もいなければ追い出す事だってできなくはないが、俺はあの人を母親だと思っているからそういう訳にもいかないだろう」

「公爵様も大変ね」

「そうだな。さて、これで俺への誤解は解けただろうか。次は君が話してくれ」


 エミリアは、今日の出来事を簡単に話した。レオンはその話のついでに、この五年間どこで何をしていたのか……その話も色々と聞いてくれた。

 レオンの耳にも凄腕の女魔術師の冒険者、エミリアの名は届いていたらしい。


「俺は、君の噂がレクトまで届けば誇らしい気持ちだったよ」

「私だって、どこに行ってもあなたの話は耳に入ってきたわ。やっぱり、同じように……誇らしかった」

「そうか。君は、まだレクトには戻らないと思っていたが……」

「何度か戻っては来ていたのよ。王都には近寄らなかっただけ」

「彼……アレクと言っていたか。アレクが王都に行きたいと言ったから、か」

「……きっと、何かきっかけが欲しかったの。戻ってこようと思えば、いつだって来れたんだもの。アレクの要望を聞いただけって、そう理由を付けただけ」

「アレクには感謝しなければいけないな。君を助けてくれたこともそうだが、再びめぐり合わせてくれたことに」


 レオンはグラスを手に取ると、エミリアの方に向けて傾ける。エミリアもグラスを持って、カチンとぶつけた。再会に乾杯、なんて陳腐な事は言わない。

 言わなくても、わかっている。あの頃も、そして今も……悔しいが、この男が愛しい事くらい。


「明日は、俺もグランマージ家へ行こう。君一人に謝罪させるのはおかしいだろう。君が家を出たのは、俺も共犯だと言うのに」

「騎士団は?」

「明日は非番だ、心配しなくていい」

「そう……ありがとう、すごく心強いわ」


 エミリアは、酒が強いわけではない。かといって、グラス一杯で酔ってしまうほど弱くはない。グラスの中の酒も、そんなに強い酒ではないが……レオンが隣にいて気張らなくてもいいからか、なんだか酔いが回ってきたのを感じていた。

 顔がやや赤い事に、レオンも気づいたのかもしれない。大丈夫かと聞いてくるから、中途半端な返事をしながらその肩にもたれかかる。


「エミリア、部屋まで送るよ」

「うん……」


 なんだかとても眠くて、立てないかもしれない。なんてふわふわとした思考でいるうちに、レオンがエミリアを抱き上げていた。


「ちょ、レオン……! 大丈夫よ、恥ずかしいし……」

「気にするな。部屋はすぐ上だろう? マスター、彼女を部屋まで送ったらすぐ戻る。会計の金額を計算して待っていてくれないか」

「はい、わかりました」


 もういい大人だと言うのに抱きかかえられるなんて恥ずかしくて、エミリアはおろしてと言って少し暴れてみる。だが、レオンはそんな抵抗も全く何も感じていないようで、見上げれば優しく微笑んでいた。まるでエミリアへ世話を焼けるのが嬉しいとでも言うように……

 昔からそうだった。レオンは、とにかくエミリアに甘い。エミリアがちょっと転んだだけでも大げさに心配するし、来る予定の無かった日に突然お菓子を持ってきてくれたり。

 エミリアが喜べば自分の事のように喜んでくれて、悲しい時には何も言わず寄り添って頭を撫でてくれる。我儘だって愚痴だって、なんだって聞いてくれた。そう、昔からそういう男だった。

 エミリアは観念し、暴れるのをやめてレオンの腕に身体を預ける。


(そりゃ、こんなに完璧な男が許嫁と言われてずっとそばにいたんだもの、他の男なんて見られる訳ないわよ……)


 彼はアレクの事を恋人だと勘違いしたようだが、その心配は無用だと言ったら喜んだだろうか。レオンはあまり自分の感情を表に出さないから、『そうか』と一言で済まされてしまうかもしれないが……

 冒険者として各国を巡るうちに、何度か言い寄ってきた男もいた。だが一度もその男たちの事を良いなと思った事もなければ、ましてや恋人になんて思ったこともなかったのは……やはり自分の中でレオンと言う存在が大きかったからだと、今はっきりと自覚する。


「レオン」

「うん?」

「ありがとう」

「……あぁ」


 エミリアの借りていた部屋の前で、レオンはエミリアを降ろす。エミリアは部屋の扉を開けば、ふらふらとした足取りのまま部屋に入った。


「明日、迎えに来るよ」

「うん」

「エミリア」

「なぁに」

「その……嫌なら、良いんだが」

「ハッキリ言って」


 言葉ではなく、手が伸びてくる。あっと思ったときにはレオンが部屋に足を踏み入れていて、抱きしめられていて……頬に、手が添えられている。

 見上げれば、レオンの瞳も少し熱っぽい。意図を悟って自然に瞳を伏せれば、次の瞬間唇が触れた。それはほんの一瞬だったが、もう自分が子供ではないと、大人の女性として見られているのだと……そう、理解するには十分だった。


「じゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみなさい……」


 だが、レオンはあくまでも紳士である。婚約関係が続いていたと言え、まだ結婚前。それ以上の事を迫ってくるような男ではない。

 実際、五年前に別れた時エミリアはまだ子供で、レオンと十七年一緒に過ごしたが口づけすらしていなかったのだ。今の軽く触れただけの口づけが、エミリアにとっては初めての事で。レオンが部屋を去って扉を閉めたのと同時に、力が抜けてその場に座り込んだ。

 

「レオン、暖かかったなぁ……」


 そっと、自分の身体を抱きしめるように。まだレオンの温もりも匂いも残っている。その熱に、残り香に、エミリアは顔が熱くなるのを感じた。

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