白い襟巻(2)
「お義姉様、お待たせしました。……どうかされましたか?」
「あ……ううん、なんでもないの。ただ小さいなぁって思って」
「はい、赤ちゃん用ですから。小さいのはすぐ作れますけど細かいから、大きいものから作った方が練習にはちょうど良いかもしれませんね」
「そうね。何か大きい物からにしようかな……私、初心者だから」
「大丈夫です。すぐに覚えられます!」
アリアはニコニコとそう言いながら、持ってきた籠から毛糸を何個か取り出す。思ったよりも色の種類は多いようで、慣れているアリアなら色を変えながら模様を作ったりもできるのだろう。
「生まれる頃には雪が解け始めているかもしれませんが、きっとまだ冷え込む時期ですし大きなおくるみはどうでしょう? 大きなものならこんな棒を二本使って編むのですが」
「そうね、そうするわ。色は、何色が良いかしら……」
「生まれてくるまで性別はわかりませんから、悩みますよね……」
「……アリアは、レオンに似合う色って何色だと思う?」
「お兄様ですか? お兄様は……白です!」
「やっぱり? 私もレオンは白だと思うの。……だから白にしようかしら。白なら、男の子でも女の子でも違和感なく使えるものね。でも、色がついていないなんて安っぽく思われちゃうかしら……」
「そんな事ありません!」
色のついていない毛糸を使う事が、それはつまりは染色する金がないと言う印象にならないかとエミリアは心配したが、アリアはそれを否定する。
以前レオンもアリアに言っていたが……貴族には下らない見栄と言うものがあるため、国で一番権威のあるエクスタード家の夫人が作ったものがそんな安っぽいもの、とそんな風に見られるわけにはいかないのである。
「でも確かに、白一色だとちょっと寂しいかもしれません。模様を付けて、少し豪華な感じにするのはどうでしょうか?」
「えぇ、模様なんて私……」
「大丈夫、ちょっと編み方を変えるだけで難しくないですから。ね、お義姉様」
「うぅ、わかったわ。お手柔らかにね、アリア」
「はいっ!」
そうして、アリアの外出予定がない日にエミリアとアリアは二人編み物に没頭することになる。はじめは難しいと思ったが、基本的な手指の動かし方さえ覚えてしまえばあとは集中力と持久力勝負であった。
小さな編み目を見ていると目が疲れてくることもあり、集中力が切れるたびに休憩を挟む。少しお茶を飲んでまた作業を始めて、またお茶を飲んで……その繰り返し。
それが完成するまでに少しばかり時間がかかってしまったが、アリアも根気よく付き合ってくれたお陰でなんとか完成したと言えば良いだろう。
きっと、アリアが居てくれなければ自分一人で完成させる事などできなかっただろうと、エミリアは思う。完成したおくるみは、アリアが作ったものと比べるとやはり編み目が多少荒かったりするものの、それなりの出来ではあっただろう。
寝る前にも寝室で編んでいた日もあったから、レオンもエミリアが編み物をしていたことを知っていた。その姿を見て、愛しそうに見つめてくれている日もあった。
完成した物を見せると、きっとすごいと言って褒めてくれるだろうとエミリアは思うのだが……完成したものは、まだレオンには見せずに次の物を編み始め……数日。
「できた!」
「お義姉様、とってもお上手ですね」
「先生の教え方が良いのね」
「そんなことありません。お義姉様の努力の結果です!」
「ふふ、ありがとう」
「でもお義姉様……これは随分と細長いですね」
「えぇ。……こうやって、首に巻くのにいいかなぁって」
エミリアは細長く編んだそれを、実際に首に巻いて見せる。これから冷えてくる時期に、毛糸で編んだ襟巻は温かいだろう。
「温かそうですけど、赤ちゃんには長すぎませんか?」
「……レオンに、あげようと思って……」
「まぁ! お兄様きっと、とても喜んでくださると思います!」
アリアがニコニコと笑ってそう言ってくれるが、なんだか照れ臭い。レオンに贈って、彼は身に着けてくれるだろうかと心配でもある。
子供のために作ったおくるみと同じように、彼によく似合うだろう白いその襟巻。アリアに習って模様も上手く付けることができたとは言っても、やはり安っぽくないだろうかと心配になる。
レオンの事だから、もしも身につけられないと思えばエミリアを傷つけないよう『大事に取っておく』なんて言うのだろう。
エミリアはドキドキとしながら、レオンの帰りを待った。そしてレオンが帰ってきて、いつものように食事をして、入浴をして、そして寝室に入るまで何事もないように過ごして……寝室で二人になって、改めて彼の顔を見る。
「どうした、エミリア」
「あのね、レオンに渡したいものがあるの」
「なんだ?」
「笑っちゃ嫌よ」
「笑うものか」
「これ……襟巻、なんだけど」
エミリアはおずおずと、昼間完成したその白い襟巻をレオンの前に差し出す。エミリアが白い毛糸で子供の物を作っていたのはレオンも知っていたが、まさか自分の物まで作ってくれていたとは思ってもみなかったのだろう。
「……君が、俺のために作ってくれたのか?」
「えぇ。でも……あぁ、やっぱりだめ。アリアみたいに編み目も綺麗じゃないし、あなたには」
「何を言う。とてもよくできているじゃないか」
「……私たちが平民ならこれでも良いのよ。でも、あなたは公爵なんだから……」
「愛する君が俺のために作ってくれたんだ、どんな物よりも価値がある。有難く使わせてくれ、とても嬉しい」
「レオン……」
出したは良いがやはり少しばかり不格好に見えて、引っ込めようとした手を止められる。レオンは大袈裟なくらいな事を言ってくれたが、エミリアにしてみればお世辞にしか聞こえない。
だが、お世辞だろうが何だろうがレオンが嬉しいと言ってくれた言葉は、そのまま受け取らせてもらった。彼が喜んでくれたのなら、エミリアは努力した甲斐があった。
「あなたが喜んでくれたのなら、私も嬉しいわ。良かった」
翌朝、いつもの通り教会へ向かってから城へ行くというレオンを見送る。そのレオンの首元には、昨夜エミリアが渡した少し編み目が不揃いな白い襟巻が巻かれていた。