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【エピローグ】祭りの後

「いやー、流石レオンだね。馬上槍試合の優勝おめでとう!」

「あぁ、ありがとう」


 エドリックがニコニコとしながらそう言ったのは、レオンが鎧を脱ぎエミリア達と合流した時だった。グランマージ家の席は貴族席の中でもあまり良い席ではなかったようだが、三人の子供たちとフローラを連れ観戦に来ていたらしい。

 レオンが来る前にエミリア達と合流し、レオンが来るのを待っていたのだ。


「レオンおじうえ、とてもかっこよかったです!」

「そうか、それは良かった」


 レオンはそう言うエルヴィスの頭を撫でてやる。少年はやはり騎士に憧れるものなのかしらと、エミリアは目を輝かせる甥の姿を見て思った。

 優勝したレオンに一声かけようと人だかりがすごい事になっており、エミリアは夫の国内人気の高さを改めて知る。エミリアが国を出る前から、いやそのもっともっと前からレオンは人気者だった。

 もちろんエクスタード家の跡継ぎと言う、その名前だけしか見ていない者もいただろう。まだ幼かったエミリアの知るところではなかったが、レオンは成人し騎士団に入る前からどこに行っても注目の的だったのである。

 社交界に出ればその容姿と賢さで、剣を持てばその腕前で。騎士団に入ってからは特に顕著で、女性の『おっかけ』ができた。レオンが遠征に出ると聞けば街頭に立って声援を送り、レオンの誕生日には騎士団宛てに贈り物が届く。

 その注目の的であるレオンの指に、きらりと光る指輪……『おっかけ』の女性たちが見逃すわけがなかっただろう。


「レオン様、優勝おめでとうございます!」

「おめでとうございます、騎士団長様!」


 そんな声に、レオンは微笑んで『ありがとう』と手を振る。だから余計に指輪が目立つ。それは目論見通りだったと言わんばかりのエドリックの笑顔に、エミリアははぁとため息をついた。

 指輪は急がないと言ったのに、馬上槍試合には絶対に間に合わせるようにレスターに言って作らせたそうで、届いたのはつい昨日の事である。


「レオン様、その指輪はどうされたのですか?」

「これは夫婦の証として、今後流行るそうだ。この通り、妻と揃いで作ってもらった」

「そうなのですか? どちらのお店で?」

「これは、妻の生家のグランマージ家だ。なんでもこの宝石には、夫婦の愛を永遠の物とするための魔力が込められているとか」

「まぁ、素敵ですこと!」

「今後混み合うだろうから、注文の希望があればそこにおります妻の兄……グランマージ家のエドリック卿へ相談されては?」


 レオンもレオンで、エドリックの商売を後押しするような事を言うので兄は更にニコニコとしている。大体、エドリックがこんな場所に来ること自体が可笑しいのだ。こんな人が多い場所、普段であれば絶対に来ない。商機だからこそ来たのだろう。

 レオンの話を聞いた貴族の奥様方は、皆主人の手を引きエドリックの方へ。レオンはエドリックの商売を後押しするというよりも、自分の歩く道を広げたくてエドリックの方へ人が流れるよう仕向けただけなのかもしれないが、真相はわからない。


「エクスタード公がお通りである! 皆、道を開けよ!」


 サムエルがそう言ってレオンの前に出て、更に人が引けたところをエミリアも歩く。レオンはエミリアの腰に手を当て、エミリアはレオンに寄り添った。アリアがその後に続き、アレクと他に数名のエクスタード家の私兵が続いた。

 馬車にたどり着くまで、通常の三倍くらい時間がかかった気がしたが……その間も止まないレオンへの賞賛の声を聞けば、エミリアは誇らしい気分である。レオン自身はその勝利に奢らずいつものように振舞っているようだが、彼にとっては本当に『いつもの事』なのであろう。


「本当に、あなたはずるいわね、レオン」

「……エミリア、何か言ったか?」

「いいえ、何も」


 周囲の喧騒に、エミリアの小さな呟きはレオンの耳に入らなかったようだ。いつかもエミリアは、レオンはずるいと言った。

 レオンは何もかも持っている。それがずるいと……もちろんレオンが持っている物の中でも、彼自身が不要と思うものも望まない物もあっただろう。だが、何も持たぬ者からすれば二物も三物も与えられたレオンはずるいのだ。

 やっとの事で馬車にたどり着いて、まずはエミリアが馬車に乗る。続いてアリアが乗り込んで、その後にレオンが乗り込むが……エミリアは馬車の椅子に腰かけ、レオンが隣に座った時……ふと、腹部に小さな違和感を覚えた。


「……動いた?」


 腹に手を当て、そう誰かに尋ねるように。今度の小さな呟きはレオンに聞こえたようで、レオンは目を丸くしながらエミリアの顔を見る。


「……エミリア、動いたのか?」

「わ、わからないけど……動いた、のかも……。なんだか、ちょっとポコンってしたような……」

「ふふ、お腹の赤ちゃんが元気に育っている証拠ですね。赤ちゃんも『お父様』の勝利をお祝いしたかったのかもしれません」

「お父様、か……」


 アリアが笑顔でそう言うから、レオンは一際優しい顔でエミリアを見つめている。結婚して既に五カ月、妊娠がわかってから四カ月が経っていた。

 悪阻の間はとにかく辛かったものの、その後腹も出てきたわけではなくあまり実感はないと言えばなかっただけに……もしかしたら勘違いだったのかもしれないが、子供の動きを感じられたことでエミリアはとても嬉しい気持ちになった。


「……レオン、早く会いたいわね。私たちの子に」

「あぁ、そうだな」

「きっとお二人に似た、可愛らしい子供が生まれます。私も楽しみです!」


 馬車の中の三人は、まだ知らない。その出産がどのような事になるのかを。どれだけの血と涙が流れる事になるのかを……

年の瀬にコロナになってしまい間に合わないと思ったのですが、熱が早めに引いてくれたおかげでなんとか間に合わせることが出来ました!

間に合ったのですが、気持ち1章2章よりも短めになってしまった印象です。文字数的にはそう大差ないはずなのですが

第4章は恐らくはまた2か月後の3/1~の公開でしたら間に合うように書けると思います。またしばらくの間お休みになりますが、また戻ってきますのでお待ち頂けましたら幸いです!

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