馬上槍試合(2)
「第五試合、ライオネル・ヴェリッツ対ヴィクトル・ドルフリー!」
何の因果か、アリア狙いの二人が一回戦でぶつかる。当人たちの中に恋敵と言う自覚があるのかどうかはわからないが、アリアはどちらを応援していいのかわからなかった。
二人ともアリアの方を見ては手を振るので、アリアは手を振り返さず微笑んでおくだけにしておく。どちらが勝っても構わないが、怪我だけはしないで欲しいと……アリアはそう祈るだけだ。
この試合の勝者はヴィクトルだった。その前の四試合のいずれよりもヴィクトルの勝利は鮮やかに見え、彼の自信を物語っているようでもある。
勝利した彼は兜を外してからアリアに向かってまた手を振るが、負けたライオネルの手前もあるのでアリアはまたニコニコと笑顔を向けるだけにしておいた。
「第一回戦、最終試合。ルーカス・フレデニス対レオン・エクスタード!」
「流石にレオンの試合は最後ね。相手は副団長さんだわ」
「お兄様……」
ヴィクトルの話を聞く限り、この組み合わせはレオンの勝利で終わるだろう。定位置に着くレオンへ、アレクが試合に使う木の槍を渡しているのが見えた。
レオンがこちらの方を見たように感じるが、先ほどのライオネルやヴィクトルのようにエミリアへ向かって手を振るような事はなかった。エミリアもエミリアでレオンをじっと見つめ、それで二人にはもう十分なのだろうとアリアは思う。
「はじめ!」
その声と笛の音で、左右から一気に馬が駆けだす。アリア達の目の前で互いに槍が突き出され、盾に当たって派手に壊れる。馬上に残っていたのは、皆の予想通りレオンだった。
「やったぁ! レオンー!」
「お兄様!」
「……ゴホン。エミリア様、この場では公爵夫人らしく振舞って頂けますかな」
「あら、サムエル卿。ごめんなさい、ちょっと興奮しちゃって。失礼したわ」
兜を取ったレオンがエミリアに向けて笑顔を向け小さく手を振る。勇敢な夫の姿に、エミリアは胸がどきどきとしているのだろう。恋する少女のような顔をしていた。
アリアもまた、レオンの鮮やかな勝利には胸を高鳴らせずにはいられない。ヴィクトルの試合も鮮やかだったが、レオンの試合は確かに段違いだった。彼と同じように、このレオンの試合を見て騎士に憧れる少年も確かにいるだろうと、感じる。
今の第一試合を勝ち抜いた騎士が、次の第二試合へと駒を進めた。第一試合の一戦目の勝者と二戦目の勝者が、三戦目の勝者と四戦目の勝者が戦う事になる。
応援する騎士が勝利した時の歓声と、敗退してしまった時の落胆の声が同時に入り混じる。アリアは初めての馬上槍試合に興奮していた。
気づけば最後まで勝ち進んだのは、ドルフリー伯爵家次男のヴィクトルと、騎士団長でありエクスタード公爵家当主のレオン。正直、ヴィクトルの自信がここまでの物だとアリアは思ってはおらず、すっかり感心してしまった。
「団長! 私があなたに勝利する事が出来れば、妹君を私に頂けませんか」
「……私は負けるつもりはないが、そのような勝手な約束はできん」
「では、アリア様に私の雄姿を見せつけ選んでいただくまでの事!」
「ふっ……まだまだ若いな」
次の瞬間、笛が鳴る。合図に合わせ、レオンとヴィクトルが互いに馬を走らせた。勝負はほんの一瞬で決まってしまう。アリアは胸の前で両手を組んで、レオンの勝利と……そして双方怪我の無いようにと、祈る。
自分たちの目の前に馬が飛ぶように駆けてきて、そして……大番狂わせもなく、馬上に残っていたのはレオンである。勢いそのままに駆け抜けて、ヴィクトルが開始した辺りの位置でやっと馬を止められたようだ。
レオンが兜を取ると『きゃぁぁ』と黄色い歓声が飛んで、あちこちからレオンの名を呼ぶ声が聞こえた。レオンの熱烈な支援者の女性たちは、レオンが結婚してもなお彼に心を掴まれたままのようで彼の人気の高さが伺えた。
「勝者、レオン・エクスタード! これにて、全試合終了とする!」
「レオンよ、よくやった。数年ぶりの出場だが、見事だったぞ」
「恐れ入ります、陛下」
国王は大きな拍手をしながらレオンを褒め称える。レオンはアリア達の方を向いて、やはり控えめに手を振った。第一試合の時にサムエルに注意されて以降エミリアは公爵夫人らしく笑顔で控えめに手を振り返すだけにしていたが、優勝となると興奮を抑えられないのか立ち上がって大きく手を振り返していた。
レオンは向こう正面側で馬を降りると、手綱をアレクに渡す。そして国王の御前まで向かって膝を付いた。その頭の上に、国王より月桂冠が載せられると観客から大きな拍手が沸いた。
月桂冠はヴァレシア教において、力と勇敢さを兼ね備えた神・エルガルドの象徴であり、勇者の証でもある。それを国王の手から賜る事は、非常に名誉ある事なのだ。
レオンは王妃からも立派な花束を受け取り、一礼の後馬場へ戻る。そしてアリア達のいる観客席の方へ向かい歩みを進め、その花束をエミリアに渡した。
全試合に勝利した騎士が、その勝利の証である花束を愛する女性へ贈るのもまた恒例なのだと言う。
「勝利をエミリア、君に捧げよう」
「ありがとうございます、あなた。とても素敵でした」
さすがに皆の注目の前では、エミリアも公爵夫人らしく振舞っていたが……そのままレオンに抱き寄せられ、頬に口づけられるとレオンの背をしっかりと抱きしめていた。
その姿を見てアリアは、本当にレオンとエミリアは互いに愛し合っているのだと……理想の夫婦だと、そう思う。
自分が誰と結婚することになるかはまだわからないが、二人のように……こんなにも愛し合える夫婦になれるのだろうかと……
レオンへ向けた黄色い歓声とアリア自身の興奮もまだ収まらない中、そんな事を考えていた。