馬上槍試合(1)
「アリア様は、馬上槍試合を見たことがありますか?」
「いいえ、実は見たことがなくて……。私は教会で育ったものですから、馬上槍試合は野蛮なお祭りだと聞かされていたのです」
「確かに、教会からは馬上槍試合の開催は止めろと言われているようですね。ですが陛下が大の馬上槍試合好きですし、馬上槍試合に合わせ観光に来る国民も多く開催していると。一昔前は死人も出ていたそうですが、今はそんな事はありません。今年は、見に来られますか?」
「はい、兄も出ますし。義姉と共に、見に行く事になっております」
「それは良かった。このヴィクトルも出場いたしますので、ぜひアリア様にも私の雄姿をその目で見て頂きたい」
アリアは本日、ドルフリー伯爵家のヴィクトルとお茶をしていた。ドルフリー家自慢の豪華な庭園に呼ばれたのである。エクスタード家の、レオンの継母が作らせたという庭園も見事ではあるのだが、ドルフリー家の庭はそれ以上だ。
出されたお茶もお菓子もまたとても美味で、アリアは頬が落ちてしまいそうである。
「でも、危険な競技なのでしょう? お怪我をなさらないで下さいね」
「アリア様、心配には及びません。私は馬術も槍術も得意としております。勿論、相手も同じ騎士団の人間ですし、向こうも負ける気はないでしょうが……」
「お相手の方はもうどなたかわかっているのですか?」
「いいえ、組み合わせは当日発表とのことです。しかし、私を負かすことができるとすれば……アリア様の兄君であられる、団長くらいでしょう」
「やはり、お兄様はお強いですか?」
「えぇ、団長は別格です。なんでも幼少期は『闘神』なんて呼ばれていたとか……。私が騎士団入りしたのは昔、団長の試合を見て団長に憧れたからでして」
「まぁ、そうだったんですの」
「はい。私と同じように、団長の試合を見て騎士を志した者も多いかもしれません。格好良いなんて、その一言では片付けられません。六年前の試合を最後に馬上槍試合には参加されておりませんでしたので、今年の出場は街中の話題です。団長と当たる騎士は哀れですよ」
ヴィクトルはそう言って笑う。馬上槍試合を三日後に控え、地方からそのお祭りを見るために来ている人もいる中で……本来ならば訓練も大詰めと言う頃だろう。アレクの話によると、王宮の馬場は訓練中の騎士達でごった返しているらしい。
しかし、ヴィクトルはそんな中でも余裕そうにアリアとお茶をしている訳だ。きっと本当に強いのだろうと、そうでなければこんなにも余裕を持っていないだろうと……
当日はレオンの応援のために会場に行くが、他の試合も……特にヴィクトルの試合は注目だろうと、彼のその自信たっぷりな姿を見て思った。
そして、馬上槍試合の当日の朝。いつものように教会へ祈りを捧げに行って、一行はそのまま城へ向かう。その道中は既に人でごった返していて、馬車が中々王宮にはたどり着けない程であった。
今日は王城も、一部分のみ一般に開放されている。普段王城に入る機会のない庶民が王城へ入る、珍しい機会でもあるのだ。まさに国を挙げてのお祭りと言うに相応しい一日だっただろう。
「レオン、絶対に勝ってね」
「勿論だ。エミリア、君に勝利を贈るから楽しみにしていてくれ」
「うん。でも、怪我しちゃだめよ」
「するものか。心配無用だ」
馬場の方へ向かうアリアとエミリアは、一旦レオンとは別れる。その別れの時、兄夫妻はそんな会話をしながら抱き合っていた。
レオンがエミリアの頬に口づけ、名残惜しそうに離れる。エミリアの肩を抱き寄せていたその左手には、エミリアと揃いの加工を施した指輪が光っていた。
「……レオンが強いのは知ってるんだけど、本当に怪我だけはしないで欲しいわ……」
「そうですね。一昔前は死人が出る事もあったなんて聞きました……」
「もう随分昔の話らしいけれど、実戦で使う槍を使っていたそうよ。だから打ち所が悪いとひどい出血をしたりしていたらしくて」
「こ、怖いです」
「今は木の槍だし、槍自体かなり脆く作ってあるから相手の盾に当たるとすぐに壊れちゃうのよ。私が子供の頃には、もうそう言う物だったわ」
「お義姉様は、幼少の頃から観戦されていたのですか?」
「えぇ。と、言っても十歳くらいからよ。レオンが騎士団に入ったから」
そんな話をしながら、アリアはエミリアと共に馬場の方へ。勿論、護衛のサムエルも一緒であり彼が馬場までの道を案内してくれた。
貴族は平民よりも良い場所で観戦できる特権があるらしく、エクスタード家用に用意された席は確かにとても良い場所であった。最前列で、そして騎士達のすれ違うその瞬間が目の前で見られるであろう、馬場のほぼ中央。
少し高いひな壇のようになっている席に座って、アリアは馬場を見渡す。まだ騎士の姿は見えないが、多数の兵や使用人が最後の準備をしている様子が見えた。
「エクスタード公夫人」
「あら、ジョシュア様のご夫人。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう。夫人がご懐妊されたと聞きまして、おめでとうございます。本日は、エクスタード公の応援に?」
「そうです。夫人も、ジョシュア様の応援に?」
「えぇ、もちろん」
ジョシュア様、と言う名前には聞き覚えがあった。ライオネルの兄、次兄の名前である。ヴェリッツ家も名門の公爵家だ、エクスタード家同様の良い席が用意されているのであろう。
「……ふふ、堅苦しいのは無しにしましょう? 私たち、幼馴染だし」
「そうね、エミリア。あぁ、あなたがそう言ってくれて良かったわ。そちらがエクスタード公の妹君かしら?」
「えぇ、アリアよ」
「は、初めまして奥様。アリアと申します」
「とても可愛らしいお嬢さんだこと。私はライオネルの義姉なの、先日、ライオネルと歌劇を観に行ったのでしょう?」
「は、はい。とても素晴らしかったです」
「良いわよねぇ、歌劇。私も好きなのよ」
そんな、ほがらかな話をしているうち……アリア達の座っている席から、馬場を挟んで真正面の席に王族たちが列席するのが見えた。国王が現れたという事は、競技の開始も近いのだろう。
気づけば周囲にはたくさんの人が居たし、馬場の左右には騎士達の姿も見え始めている。
「お兄様の『コニー』は目立ちますね」
「白馬だからって言うのもあるけれど、やっぱり装飾品が威厳を物語ってるわよねぇ……」
騎士達は皆兜まで被った全身甲冑を身に着けており、パッと見ただけでは誰が誰かはわからない。だが、乗っている馬や身に着けている物に特徴があれば気づくことはできるだろう。
レオンの馬、コニーはとても美しい白馬だ。白馬に乗った騎士は他にも何名かいるが、その毛艶は全くと言っていいほど違う。鞍や鐙も、エクスタード公爵の威厳と言うべきか他の騎士よりも立派なものに見えた。
当然ながら、レオン自身の鎧も他の騎士とは違う。風に靡く外套にはエクスタード家の紋が描かれている。
向こう正面にいる国王の従者が、大きな角笛を鳴らした。側近の男が立ち上がり、馬上槍試合が開始となる事を告げる。第一試合の組み合わせを、その騎士の名を告げれば騎士達が開始位置に着く。更にその後笛の合図で、一気に駆けだした。
「勝負あり! 第一回戦第一試合、勝者チェストン・ボルドー! 続いて、第二試合……」
「……すごい迫力です……」
アリアは唖然としていた。騎士が左右から駆けだしたと思えば、ほんの数秒で自分たちの目の前に来て手に持った槍を突き出し、上手く交わした騎士が勝利し落馬してしまった騎士が負け。
その一瞬に、会場にいる皆が熱狂している。勝ったチェストンと言う騎士は、観客の中に恋人であろう女性を見つけたのか彼女へ向かって手を振っていた。
これが一昔前は実践で使う本物の槍を使っていたというのだから、確かに死人が出たっておかしくないだろう。教会が野蛮な競技だと言って、開催停止を求めていたというのも確かに頷けた。