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魔女の噂(3)

「今月は五名、新人がきた。皆に紹介していく。向かって右から……」


 レオンは十五歳になり成人の儀を終え、その翌月より騎士団に入団した。同期の四名のうち父親が騎士、もしくは貴族の者が三名。平民の出が一名。

 当時はまだ祖父が存命で、祖父は現役の騎士団長であった。祖父とは言っても、祖父も若くして親となり、レオンの父・ベイジャーもレオンが生まれた時には十八歳。この時祖父は五十二歳、レオンの父・ベイジャーは三十三歳で副団長を務めていた。


「最後に、レオン・エクスタード。皆も想像つくと思うが、私の孫だ。レオンには、異例の待遇かもしれぬが小隊を任せる事になった。新たに第二十二小隊を設立する。異動となる者は、既に辞令を出した通りだ」

「団長、それは……団長のお孫さんだからでしょうか?」

「そう思うかもしれぬが、そうではない。皆もレオンの実力を見れば納得もするだろう。誰か、レオンと手合わせしたい者はおるか。特にレオンの下に就く事になる者で、この人事に納得のできない者は前に出よ」


 レオンが騎士達に紹介された時には、既に十名ほど他の班から異動と辞令が出ていた。その十名ほどの中で、二人の騎士が前に出る。どちらも体格の良い、一目見て強そうだとわかる剛健な男だった。


「ふむ。ルドウィンとダグラスか。確かに、お主ら二人はこんな小僧に素直に従うとは思えん」

「団長、私が勝てば彼の下には就きません。それでよろしいですか」

「よかろう。レオン、二人まとめて相手をすると良い」

「はい。おじい様」

「団長と呼べ」

「失礼しました、団長」

「な……我ら二人を同時に相手とは」

「団長、正気ですかな。お孫さんのその綺麗な顔が、見るに耐えなくなりますぞ」

「わかっておらんのはお主らの方だ。ルドウィン、ダグラス、剣を持て。真剣で良いぞ」

「成人の儀を終えたばかりの十五の少年相手に真剣など……」

「まぁ、訓練用の木剣でも変わらんか。勝負にさほど時間はかからん」


 レオンの祖父がそう言えば、二人の騎士は愚弄されたとでも思ったのだろう。額に青筋を浮かべて、木剣を手に持つ。

 三人の邪魔をしないようにと他の者たちが下がり見守る中、レオンも剣を構えた。


「はじめ!」


 ……二人の騎士は瞬殺だった。二人がかりでも、レオンに一太刀すら浴びせる事なく……レオンは涼しい顔のまま。ルドウィンは剣を弾かれ、ダグラスは喉元に木剣を突き付けられていた。

 仮にも騎士として数年を過ごし、その数年の間昼夜を問わず訓練をし、魔物と対峙し、国内の事件を解決してきた男が……二人がかりにも関わらず、十五歳になったばかりの少年を相手に膝を地につけたのだ。

 二人は屈辱的だっただろうが、見ていた騎士たちの誰もがレオンの動きに感動し賞賛した。負けた二人が弱いという訳ではない事は、皆がわかっている。レオンが強すぎた。ただそれだけの事。


「本当は、もっと早くに騎士団に入れたかったくらいだが……騎士団の採用は、十五になった翌月からと規則があるのでな。ルドウィン、ダグラス。レオンの隊に入ってくれるな?」

「は、はい……」

「レオンは戦いは天才的だが、精神的な面ではまだまだ幼く社会経験もない。そのあたりはお主らが騎士の先輩として、レオンを導いてくれ」

「わかりました、団長」

「レオン様、お見それいりました。レオン様がまだ十五だからと、見くびっていたようです。このダグラス、貴方様の元で剣を振るう事を誇りに思いましょう」

「二人とも、よろしく頼む。二人が私をまだ十五の若造だと、そう思うのは当然だ。今団長の言った通り、私にはまだ社会経験がない。ぜひ、指導をお願いしたい」


 そうしてレオンは小隊長として、騎士団での生活が始める。自分の隊の騎士達や、他の小隊長達に騎士としてどうあるべきか、判断を迫られる場面ではどうすれば良いのかなど教わりながら……

 レオンは自分の実力に奢ることなく、非常に謙虚な事も部下の信頼を得た要因だろう。小隊長とは言え先輩の言う事は素直に聞くし、かといって自分の意見がないわけでもない。

 自分の意見を押し付ける事は決してせず、周囲の声はきちんと聞く。周囲の意見を聞き、自分の考えに穴があったり誤りがあれば即座に訂正する。その姿勢が周囲の好感を得ていた。

 レオンの事をよく知らない者の中には、エクスタード家の家庭内人事だと言って批判していた者もいなかった訳ではないが……レオンの近くにいる者ほど、レオンの人柄に惹かれていった事だろう。

 最初はレオンの下に就く事を嫌がったルドウィンとダグラスも、一月も経たぬうちにすっかりレオンに心酔していた。彼らは今でも、騎士団においてレオンの良き相談相手でもある。

 そう、レオンは思い出す。自分は初めから大きな責任を抱えていたが、それ以上に良き仲間に支えられていた事を。例えばライオネルに、そんな相手はいるだろうかと考えた時に……彼にはいないかもしれない。

 部隊の編制も、皆が成長できるように一部し直す必要があるのではと……そう思った。


「アレク、副団長とダグラスは今何をしているかわかるか?」

「お二人とも、多分訓練場にいると思います」

「相談があるから来て欲しいと、呼んでもらえるだろうか」

「わかりました」


 ルドウィンは先日のサンレーム地方への遠征で怪我を負い、休暇中である。レオンはアレクに副団長・ルーカスとダグラス呼ぶように言いながら、紙と筆を用意した。

 明日サンレーム地方に向かわせる人選と、今後の部隊編成の検討。それに『魔女』について秘密裏に捜査はすると言ったがどうやって調査するのか……『魔女』の件はできればエドリックにも頼みたいところだ。

 レオンは自分の机の前に置かれていた、紅茶に手を伸ばす。エドリックが来た時に淹れたそれは、すっかりと冷めてしまっていた。

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