魔女の噂(2)
「レオン様は去年まで参加されていないと聞きましたが」
「あぁ。エミリアがいなかったからな」
「エミリアさんに格好いいところを見せるためだけに参加するんですか?」
「この祭りに、それ以外の目的はないだろう。確かに褒賞目的の者もいるが、参加するのは皆既婚者や婚約者のいる者ばかりだろう?」
「あ、確かに……。でも、そうじゃない人も何人か」
「ヴィクトル、ライオネル、デイモンド……」
「……アリア狙いの貴族の子息たち、ですね」
「ふっ、君の恋敵だな」
「ま、負けません! 俺は、アリアがエクスタード家に来る前から彼女の事が好きだったんです! エクスタード家の名前でしか、アリアの事を見ていないような奴らになんて!」
「それはどうかな。先日ライオネルと話したが、アリアの事を気に入っているように見えたぞ。エクスタード家の名を抜いて、アリアに惚れたんじゃないか?」
「ぐ……」
「これは持論だが……我々騎士は、アリアのような可憐な……思わず守ってやりたくなる女子に弱い男が多いのだろうな」
「レオン様は、真逆じゃないですか。エミリアさんは気の強い女性だし、魔術師だから自分の身は自分で守れる」
「そうだな。だが、エミリアはエミリアで脆く弱いところもある。弱い部分を君には見せた事はないだろうが、私の前ではいつまで経っても昔の……可憐な少女のままだ」
「あんまり想像ができませんが、そういう姿はレオン様にしか見せないんでしょうね」
エミリアが弱いところを他人に見せないのは、レオンの前でしかその姿を晒さないのは……レオンは自分自身の特権だと思っている。確かにエミリアは気が強く、弱音など吐くようには見えないだろう。
だが彼女が紋章を刻み、魔術師として生きるようになってから……彼女は彼女なりに何度も挫折している。特に兄であるエドリックと自分を比べ、彼の天才ぶりに落ち込んでいたことは一度や二度ではない。
だからエミリアが王都を離れ五年経って戻って来て、魔術師として立派に成長した姿を見たのは嬉しい事でもあった。もうエドリックと比べて泣く事はないのかと、自分を頼ってくれることはないのかと寂しくもあったが……
やはりエミリアはエミリアのまま変わってはいなかった。大人の女性となった今でも、レオンには甘えてくれるし頼ってくれる。それはレオンには嬉しい事だ。
「団長、失礼します」
「どうした」
「王都内の話ではないのですが、気になる話が……」
その報告を持ってきたのはライオネルで、アレクはその姿を見て少し怪訝な顔をした。私情を持ち込むなと後で言ってやらねばならないが、そこまで露骨な顔でもなかったので軽く注意する程度で良いだろう。
「気になる話?」
「はい。先日の魔物騒ぎの一件から、サンレーム地方より王国内の各地方へ難民がなだれ込んできていますが……まだ他の地方へ移る前の若い女性を中心に、行方不明者が相次いでいるそうです」
「若い女性が、行方不明に?」
「はい。年齢で言うと十四、五歳から二十歳くらいまでの女性だそうです。中には小さな子供を置いていなくなった人もいると」
「……行方不明になる前に、何かおかしな行動をとっていたりだとか……そう言う事はなかったのか?」
「はい、周囲の人間に確認しても特にそのような事はないと。『魔女の仕業では』と言う事を言っている住民もいたそうですが」
「……『ゼグウスの魔女』か」
「団長、ご存じで?」
「先ほど魔術師団の副団長が来ていて、その話をしていたんだ。私も先ほど聞いたばかりだ」
「火の無いところに煙は立たないと言います。もしも『魔女』が我が国の女性たちを攫っているのだとしたら、我々としても見過ごせません」
「その通りだが、まだそうと決まったわけではない以上今は何もできん。それに、もし『魔女』の仕業だとして……その正体は敵対国の王妃だぞ。迂闊に手を出せる相手ではない」
「しかし」
「……君の気持ちもわかる。難民となった民間人たちの受け入れ先を増やせないか、もっと早く移動させてやることができないかを各地に打診と、サンレーム地方の警備の強化。今できるのは、これくらいしかない」
「そうですね……」
「明日にでも発てるよう、すぐに人選をしよう。ライオネル、君もサンレーム地方へ行くか?」
「……いえ、私は王都で成す事が」
これだから貴族の子息は、と思わなかった訳ではない。ここで自ら率先して、警備のためにサンレーム地方へ行くと申し出れば評価は上がったというのに勿体ないと、レオンは思った。
彼が数日後、再びアリアと歌劇を見に行くという事をレオンも知っている。その約束を蹴るかどうかを試したわけではないが、我ながらに意地が悪いとも……。これがきっと同じ立場だったとすれば……アレクならばアリアとの約束を一旦白紙にして、後日改めた事だろう。
騎士ではないアレクの方が、正義感は上かと……レオンはそう思った。
「私も『魔女』の事は気にはなっている。秘密裏に調査はしよう」
「はい。よろしくお願いいたします。では、失礼いたします」
ライオネルが騎士団長室を出る。扉がしっかりと閉まったのを確認した上で、アレクが口を開く。
「何が王都で成す事が、だ。アリアと出かけるだけだろうに」
「アレク、もしも君ならどうする? 君が騎士だとして、数日後にアリアと逢瀬の予定がある。そこに、明日出発の遠征の打診……」
「勿論、遠征に行きます。聞くまでもありません。アリアは事情を伝えればきちんとわかってくれますから。当然、次の約束の日に埋め合わせはしますが」
「そうだな。私もそれが正しいと思う。だが、貴族の子は王都を出たがらなくてな。遠征となると野営になる事もあるから、嫌なんだろうな。それにアリアとの約束が重なっているのだから、行かないと言うだろう事は私もわかっていたよ」
もう少し騎士団の中での『立場』が伴ってくればまた変わるかもしれないが……と、付け加えておいた。今副団長を任せているルーカスも、貴族の出身である。彼も若い頃は遠征を渋っていたそうだが、立場と責任を伴う立場に就くようになって変わっていったといつだったか父・ベイジャーが言っていた。
ライオネルはまだ十七歳と若い。まだ自分本位な意見が出てくるのも仕方がないだろうとも思う。だが責任感が少し足りないと、自分が十七歳の時はどうだったかなど思い出してみるが……
自分と彼ではやはり『立場』が違って、参考にならない。それに気づいたのは、レオンは入団当初から小隊長だった事を思い出したせいだ。