前へ次へ
7/133

邂逅と懺悔(1)

 王都は広く人も多い。そう簡単に知り合いに会うはずがないと……そう思っていたのだが、どうしてよりにもよってレオンとばったり会ったのか。エミリアは食事の最中もそれしか考えられなかった。

 アレクはエミリアの杞憂をはじめこそ汲み取ってくれていたが、料理が出てきたときからお構いなしだった。エミリアも好物を食べれば気も紛れると思ったのに、喉を通すのが苦痛に感じるほどである。


「さっきの男の人が、婚約者?」

「えぇ……ずいぶん幼い子に見えたけど、女の子と一緒だったし……あの子は夫人なのかしら」

「あの女の子、貴族っぽい感じはしなかったけどな」

「私もそう思ったけど、でもそんなのわからないじゃない」


 あの少女がレオンの妻なら、公爵夫人という事になる。本人があまりゴテゴテとした装飾品が好きでなかったとしても、良い服を着て綺麗な宝石の一つ二つは身に着けていないと可笑しいとも思うのだがあの少女は素朴さしか感じられなかった。

 だが、婚約者が挙式前日に逃亡するのを許すような男なのだ、そんな貴族の慣習には捕われない。夫人が嫌だと言えば無理強いはしないだろう。

 ……しかし、あの少女がレオンの妻だったとして、だからどうすると言うのだ。自分は五年も前に結婚前夜に逃げだした。すでに家同士で婚約破棄という事で話はついていただろう。

 だが、それでも嫌だ。レオンは『いつまでも待ってる』と、そう言っていたのに。その言葉はただの社交辞令だったのか。


「……なんだかんだ、エミリアさんは婚約者さんの事好きなんだな」

「へっ? な、何よそんなんじゃ……確かに国を出た頃は寂しかったし、彼が恋しかったわ。でも、もう吹っ切ってるわよ」

「どうかな」


 年下のアレクに、見透かれたようで。大体、アレクはどうなのだ。恋人の一人や二人、過去にはいなかったのか。彼の妹は十六歳でもう結婚したと言うじゃないか。集落を出たがっているからには恋人はいないのだろうが……いや、婚約者がいるにも関わらず逃げだしたのは自分である。


「……宿で待ってるって言ってたわよね。話したいことが山ほどあるって。やっぱり、私との婚約は破棄、あの子と結婚してるって話かしら……」


 気が重かった。レオンの口から、そんな言葉は聞きたくないと……だから食事は進まないし、宿へ戻る足取りも重い。

 だが食事を終わらせない訳にも、宿へ戻らない訳にもいかない。その重い足取りで宿へ戻れば、レオンは先に宿に着いていたようだった。


「アレク、同席してくれる?」

「えぇ、ヤだよ。なんか重そうだし……俺が同席するのもおかしいだろ」

「そうよね。……また明日」

「うん、頑張れ」


 アレクはそう言って足早に宿の奥へと向かう。レオンとすれ違いざまに、先ほどと同じように軽く会釈をして。

 エミリアはレオンと向き合って。立ち話も何だからと、宿に併設されている酒場で話す事にする。レオンは先ほど連れていた少女は家に置いてきたのか、一人だった。


「は、話って何かしら」

「……先ほどの彼は、君の恋人か?」

「いきなりそんな話? 違うわよ」

「……そうか」

「そっちこそどうなの? さっきのあの可愛い子。ずいぶん幼いけど、もしかして、あの子が夫人……」

「なんだ、妬いているのか?」

「そんなんじゃないわよ」

「ふっ……あの子が俺の妻だなんて、寝ぼけた事を言うな。あの子はそんなんじゃない。それに……君と言う婚約者がいて、どうして他の女性と結婚する?」


『君と言う婚約者』と、レオンはそう言った。自分たちの婚約は、エミリアが逃げ出したことで破棄されていると思っていた。少なくとも、エクスタード家の立場を考えると婚約破棄でも生ぬるいくらいだろう。

 格下の伯爵家の娘が、未来の公爵を袖にしたのだ。いくらグランマージ家が国王お墨付きの家系であったとしても、公爵家の顔に泥を塗った家に何もしない訳がない。


「……婚約は、破棄になっているんでしょう?」

「婚約破棄はしていない」

「そんな事、あなたのお父上がよく許してくれたわね……」

「父も君の事は、娘のように可愛がっていたからな。俺が説得した」

「そう……お父上が亡くなったって話は、南のレフィーン公国にいる時に風の噂で聞いたわ。もう葬儀も終わった後で知ったから……」

「葬儀に出られなかった事を、悔やむ必要はないさ。父が亡くなったのは、あまりに突然だった」


 少しばかりしんみりと。今思い返せばレオンの父は、将来娘になるエミリアの事をよく可愛がってくれていた。

 国を出たことに対しての後悔はないが、エクスタード家の顔に泥を塗ってしまった事だけは……わかっていたが浅慮だったろう。


「あの子が夫人じゃないのはわかったわ。……で、あなたは夫人でも婚約者でもない女の子と二人で夕飯を食べに行くような、そんな軽い男だったのかしら」

「その言い方には悪意がある。弁明させてくれ」

「良いわよ」

「あの子はアリアと言うんだが、俺の妹だ」


 嘘をつくなら、もっとまともな嘘をついて欲しかった。彼女は十五かそこらだろうが、エミリアが国を出たのは五年前だ。

 五年前ならあの子は十歳前後だろうか……レオンにその年ごろの妹がいなかったことくらい、エミリアだってよく知っている。


「嘘をつくなって顔をしているな」

「ご名答」

「君が言いたいこともわかる。確かに、俺に妹はいなかった。二年前の……父の葬儀の日の話をさせてくれ」


 レオンは語りだす。レオンの父、エクスタード公爵の葬儀は国葬だった。

前へ次へ目次