前へ次へ
66/133

祝勝会の夜(3)

「ねぇ、レオン」

「なんだ」

「……アリアとアレクの事は、どう考えているの?」


 エミリアは、アレク本人には聞こえないようレオンの耳元でそう聞く。以前、レオンからアリアがアレクを好いているのではないかと言う話をされたこともあるが、結局のところレオンがアリアの今後をどう考えているのかは聞いていない。

 レオンも同じように、エミリアの耳元に唇を寄せる。傍から見れば、新婚の公爵夫妻が仲睦まじくしているとそう見えるかもしれない。


「当人たちの気持ちに任せたいと思っている。俺はアリアを、利用するためにエクスタード家に迎え入れた訳ではないからな。だが、互いに気持ちを言い出せずにいるようだから、少し背中を押してやろうと思った」

「やっぱりそうなのね。本当、レオンって優しいんだから」

「優しい男の方がいいだろう?」

「もちろん。私は優しい人が好きよ。私も、できる事はするわ」

「あぁ。よろしく頼む」

「レオン、エミリア」

「あら、兄様」


 エドリックが、夫人であるフローラと連れ添ってやってくる。騒がしいところが苦手な兄がこんなところに来るとは珍しいと思ったが、兄は今回の騒動の立役者であった事をすっかり忘れていた。

 エドリック個人に対してか魔術師団に対してかはわからないが褒賞が出るだろうし、エドリックが今日この席を欠席する訳にはいかないのだろう。


「……兄様、その指輪は何?」

「これかい? これはね、フローラと揃いなんだ。王都で流行らせようと思って」


 指輪や首飾りなどの装飾品は、儀式的な物を除いては基本的に男性が身に着けるものではなかった。そのため、指輪を男性が身に着けていると冷ややかな目で見られてしまうものであっただろう。

 実際、レオンは少しばかり怪訝そうな顔をした。民の見本となるべき貴族の男が、指輪なんてそんなもの……と、思ったのかもしれない。だがレオンは頭が固い訳ではなく、むしろ柔軟な方だろう。エドリックの話を聞いて、その怪訝そうな顔は晴れてゆく。


「アレク君。レスター君は、手先が器用だろう?」

「はい、あいつは石工ですし。俺の矢尻もあいつが作ってくれていたんです」

「それで、これだったのか! って思ったわけだ。フローラの実家のレフィーン公国で数年前に金山が見つかっただろう? その金を少し安く流してもらって、レスター君にこうやって加工してもらって売ろうと思うんだ」

「確かに素晴らしい細工だな。だが、だからと言って夫人はともかくお前まで身につける必要は……」

「レオン、これはただの指輪じゃない。わざわざ夫婦揃いの細工にしてもらったことに意味があるんだよ」

「レオン様、エミリア様の事を知らない人がエミリア様を一目見て、未婚のご令嬢なのかどこかの夫人かどうかなんてわかりませんでしょう? それが、夫婦で揃いの指輪を嵌めると言うのが流行ればどうでしょう?」

「……その指輪をしている事で、エミリアは結婚しているという事が一目でわかるな」

「そういう事。つまり、これは結婚している証の指輪だ。だが、指輪は世に溢れているから、どれがその証の指輪かなんてわからないだろう? そこで、夫婦揃って左手の薬指に指輪を嵌める事にした。これを、流行らせようと思ってね」

「……そして、付加価値のあるものとして指輪に嵌める宝石に魔力を込めて売るのね。よその商人では、魔力を宝石に込めるなんて芸当はできないもの。流石『商人伯爵』の愛弟子ですこと、お兄様」

「ご名答。流石『商人伯爵』の孫娘じゃないか、エミリア」


『商人伯爵』と言うのは、商人から伯爵に成りあがった祖父・エルヴィスに対する皮肉を込め他の貴族たちがそう言っていたらしい。だが、祖父自体は気にしていなかったどころか、その呼び名を気に入っていたそうだ。

 伯爵となった後も領地と言える領地を持たず、魔術師団を請け負う事と魔力を込めた魔法具を売る事で生計を立ててきた。エルヴィスが亡くなった今もなお、グランマージ家は商売で得た利益で生活をしている。

 父エルバートも兄エドリックも、祖父に商売の事を叩きこまれていた。エドリックの『特殊能力』を金儲けのために使ったりすることはないが、金になる事はとにかくやってみるのはお家柄だった。


「と、いう訳で一組どうだい、レオン? まだ試作だし、義兄弟となったよしみだし、君達も身に着けてくれれば良い宣伝になる。安くしておくよ」

「そうだな……では頂こうか」

「毎度あり。そうしたらレスター君にどんな細工にするか相談してもらいたいところなんだが、彼は今足を骨折中で出歩けない。近々二人で来てもらえるかい?」

「あぁ、わかった」

「今に『結婚指輪』が王都中の女性の憧れになる日がきっと来ますわ。ぜひ、お二人にはその先駆けになって頂きたいと思っております」

「ねぇ兄様、ちょっと」

「なんだい?」


 エミリアは兄の手を掴んで、レオン達と少しばかり離れる。それでも周囲に聞こえないよう、エドリックの耳に顔を近づけ小声で問い尋ねた。


「もしかして兄様、お義姉様と結婚したのって……この未来が見えていたの?」

「レフィーンに金山が見つかる事と、その金を使った装飾品が当たる事は見えていたよ」

「……最低」

「まぁそう言うな。お前とレオンのような、愛のある結婚の方が貴族には珍しい事はお前だってよくわかってるだろう? むこうだって我が家との結婚が利になると思ったから、求婚を受け入れたんだ。お互い様だよ」

「私が可笑しいのかしら。結婚をそんな風に割り切れないわ」

「お前の方がきっと正しい。いつか政略結婚なんてなくなって、貴族だって恋愛結婚する時代がきっと来る。それにフローラとの結婚はそれがきっかけだったかもしれないけど、子供たちだって可愛いし今ではフローラの事は純粋に愛してる。それでいいじゃないか」

「ダメとは言ってないけど……。でも、兄様が他人を愛してるなんて言うのは、なんだか不思議だわ」

「私が人間嫌いだからかい? 今だって、裏表のある奴は大嫌いさ。純粋無垢な赤ん坊や小さい子供は好きなんだけどね。大人になっていくにつれて、どんどんみんな醜くなっていく……。だがフローラが純粋に私を愛してくれているから、その愛情に応えたい。そう思うようになっただけだよ」


 エドリックとの話を終えた時、ちょうど音楽が流れ始める。舞踏会の始まりだ。エドリックはその音楽を聴いて、フローラの元に戻りその手を引いた。

前へ次へ目次