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祝勝会の夜(1)

 アレクがレスターを迎えに行って、そして戻って来てから三日経った。当のアレクは頭を打って一時意識を失っていたものの、すっかり元気である。エクスタード家に戻って来て、それからエミリアも一緒にグランマージ家にレスターの様子を見に行ったりもした。

 レオンは毎日城へ行くが、戦況は随分と落ち着いたらしくまた毎日戻って来てくれるようになり……そしてその日、ついに勝利の報せと共に戻ってきたのだ。


「どうやら、エドリックの快挙だったようだな。騎士達では歯が立たなかった魔物の親玉を、強力な魔法で一網打尽にしたそうだ」

「へぇ……まぁ、兄様ほどの魔術師なら、どんな魔物も敵わないでしょうね」

「そうだな。……どうして魔物があんなにも大量に集まったのか、それらの答えは出ないままだが……」

「何かの前兆じゃなきゃいいけど……でも、これで暫くの間レオンが王宮に詰める事はないかしら?」

「そうだと良いな。フォルヴァ区での小さな揉め事程度だと願いたいところだ」


 エミリアは寝台の中、レオンの腕の中で二人で話す。レオンと結婚してからと言うものの、ずっと彼の腕の中で眠っていた事もあり、彼のいない広い寝台は不安だった。

 子供を身籠ったから精神的に不安定だったという事もあるかもしれないが、何よりもレオンの腕に抱きしめられている時が一番落ち着いた。子供の頃から、ずっとそうだった。

 今となっては、どうしてあの時家を出たのかと思うほどだ。確かに家に縛られず自由に生きているのはとても楽しかったし、後悔はしていない。

 だがあの時大人しく結婚していれば、もっと早くにこうして眠れる日が来ていたのだと思うと、自由に生きていた五年間が勿体なくも思える。


「明日にはエドも王都へ戻ってくる。あいつの話を聞くのに少し遅くなるだろうが、夜にはちゃんと帰ってくるから待っていてくれ」

「えぇ、わかったわ」


 レオンがエミリアに、そっと口づける。エミリアも瞳を伏せて応じ、唇を離した後はその胸に顔を埋めた。広く暖かい胸、自分を抱きしめる逞しい腕……

 愛しいと、改めてそう思う。そばに居ればそれだけ、レオンの全てがより愛しい。こんなにも愛しい人のそばに居られる自分は幸せ者だと、エミリアはそう思いながら眠りに就いた。


 翌日、エドリック達の凱旋に合わせ王城で祝勝会が開かれることとなったとの報せが入った。どうやら昨日の時点では決まっていなかったらしく、今日王の一言で急遽決まったらしい。

 各貴族の家にも招待状が届き、もちろんそれはエクスタード家にも。レオンも昼間一度屋敷に戻って来て、エミリアとアリアを呼んだ。


「先ほど陛下から、祝勝会の報せが届いているだろう」

「えぇ、私とあなたと……それからアリアにも参加するようにと」

「わ、私もですか」

「……陛下にも、早くアリアを連れてこいとは以前から言われていたんだ。だが、まだ礼儀作法がなっていないと言っているうちに今回の事件でな……確かに、もう時期的にもアリアのお披露目は必要だ」

「そうね、もうお作法は大丈夫でしょう?」

「と、とても不安です……」

「エミリアの悪阻も良くなった事だし、君も参加してくれ。私もエミリアもいるから、心配しなくていい」

「わかったわ。大丈夫よ、アリア」

「はい……」

「エミリア、君が私の子を身籠ったことも……そろそろ陛下にも報告したい。ちょうどいい機会だと思わないか」


 子供ができたとわかってから今日まで、確かにもう二月ほどの時間が経っている。悪阻もなくなったし、普段エミリアは中々城へ出向く機会もないので確かに丁度良い機会ではあるだろう。

 だが、エミリア自身は……まだあまり言いたくはない。今エミリアが妊娠している事を知っているのは、ごく少数だ。エドリックには『予知夢』で見抜かれたが、実際のところまだ両親にすら伝えていないのだ。

 それにまだ悪阻があった以外、子供がいる実感すらない。胎動でも感じるようになれば、話はまた別かもしれないが……


「確かに、ちょうどいい機会ではあるかもしれないけれど……」

「今夜は舞踏会だ。君は踊らない……いや、今は踊れないだろう? 踊らない理由を、子ができたからだときちんと伝えたい」

「……わかったわ。陛下にも報告して。陛下だって、あなたに子供ができるのをずっと待ち望んでいたのでしょう?」

「あぁ。君と結婚してからは、いつも子はまだかと言われたものだよ」


 そんな話をして、レオンは再び城へと戻った。祝勝会は夜だと言うので、夕方再び着替えに戻ってくるだろう。今日は夫人を呼ぶ以上、騎士団長としてではなくエクスタード公として参加せよ、と言うのが王の命でもあるそうだ。

 エミリアとアリアと言えは、急遽参加することになった宴の準備をしなければいけない。妊娠中のエミリアは華やかではあっても身体を冷やさぬようなドレスに外套を羽織る事にし、今日が貴族たちへのお披露目となるアリアには華美で目立つドレスを選んだ。

 アリア自身は派手すぎると、もっと控えめな物が良いと言ったがそう言う訳にはいかない。何しろ恐らく、今日の主役は騎士団と魔術師団、そしてアリアなのだから……

 夕方レオンが戻ってくるまでの時間に向けて、エミリアも準備に余念がなかった。エクスタード公夫人としては初めての公の場になる以上、その立場に負けないようにしなくてはいけない。

 普段よりも念入りに化粧をし髪型を整え、鏡の前で何度もその姿を確認しているといつの間にか夕方でレオンが戻ってきた。エミリアは普段よりも何倍も美しく着飾った姿をレオンに見せに行けば、レオンは目を丸くしていた。


「気合が入っているな。いつもに増して美しい」

「そりゃそうよ。エクスタード公夫人としてあなたの隣に立つからには、誰よりも美しくなくてはいけないの」

「そんなに着飾らなくても、君は十分美しいのだがな」


 レオンはそう言いながら、エミリアの髪の毛先を手に取り口づける。再会した時以降毛先を整える程度でしか切っていない髪は、随分と伸びていたような気がした。昔は長く伸ばしていた髪を、国を出てからは短めにしていたのだが……ある時レオンが『君の長い髪が好きだった』なんて言ったから、また伸ばしている最中だ。

 サークレットも結婚後に普段使い用を新調したが、求婚された日に貰った物を今日はつけている。いくつもの宝石がついたサークレットはため息が出るほど美しく、まさに今日のように着飾る日のためのものだろう。


「ありがとう、レオン。アリアもとっても可愛いのよ」


 エミリアはアリアの部屋に入って、最後の仕上げと言わんばかりの髪飾りを付けていたアリアへ笑顔を向ける。アリアは照れ臭そうにしていたが、少し前まで教会で修道服を着ていたとは思えない程の変貌ぶりだっただろう。

 レオンが戻ってきたとアリアに伝えて、アリアの部屋にレオンを呼ぶ。レオンと言えばエミリアの姿を見た時以上に目を丸くして、それから瞳を細めた。


「アリア、よく似合っている」

「変じゃないですか?」

「あぁ、とても可愛らしいじゃないか。見違えたぞ」

「良かった。お兄様にそう言って頂けて、嬉しいです」

「私も着替えてこよう。サムエル、お前も準備をしてくれ。あと、アレクにも着替えるように言ってくれないか」

「アレクも連れて行くの?」

「あぁ。私の従者なのだから当然だろう」


 レオンがそう言った時、アリアが少し反応したのをエミリアは見逃さなかった。きっとアリアは、この可愛らしく着飾った姿をアレクにも見せたかったはずだ。

 だがきっと舞踏会では貴族の子息と踊らなくてはいけないだろうし、その姿は見られたくないだろう。レオンだってアリアの気持ちを知っているくせにと、エミリアは思う。

 しかしレオンがアレクを連れて行くと言った以上、彼を置いて行くわけにもいかない。そわそわとしている可愛らしいアリアを横目に、部屋を出るレオンにエミリアも着いていく。

 レオンが今日着る服を選ぶのは妻である自分の役割だろうと、昼間のうちに何着か見繕ってはあるのだが……

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