過去(4)
レオンはポーラと二人、静まり返った大聖堂で話をした。まだ遺体は安置されたまま……遺体は今日一日安置し、明日墓地へ移すことになっていた。
「なぜ君は継母に我が家を追い出された?」
「……あの子を、アリアを身籠ったからです」
「確か、君はあの時未婚だっただろう? あの子の父親は……」
「……レオン様、どうか娘には言わないでください。あの子の存在が知られたらと思うと……私は、奥様が怖いのです」
「わかった、約束しよう」
「あの子の父親は……レオン様、あなたのお父様であられるベイジャー様なのです。私は使用人の一人でありながら、いけないとわかりながらも……ベイジャー様と愛し合うようになってしまい……」
「なんだって!? では、あの子は……私の妹という事になるのか」
「はい……ですが、アリアをエクスタード家の娘にするつもりはございません。どうか、内密に」
娘の前では言えないとポーラは言って、それで場所を移した。確かに、こんな話はアリアの前ではできないとレオンは納得した。妻子ある父が使用人の一人と恋に落ちて、そして子供が生まれていたなんて世間に知られては不祥事と言われるような出来事でもある。
レオンはこの時まで、父の事は清廉潔白な聖人君子だとそう思っていた。ヴァレシア教の敬虔な信者でもあり、亡きレオンの母へ誓った愛を貫いて継母の事は愛していないのだと……
だが実際は、父はそんな人間ではなかったという事だ。人間らしく、欲もあれば俗っぽいところもあったという事だろう。
主の教えを破ってしまうほどに、ポーラと言うこの女性を愛してしまった。妻のある男が妻以外の女性と関係を持つなど、特にそれが未婚の女性となればあってはいけない事である。
父に対して失望したわけではないが、レオン自身もヴァレシア教の教えを守って生きてきただけに……ポーラの言葉は衝撃だった。
だが、父とポーラの関係は十五年前にもう済んだことで、とやかく言うつもりはない。大人の男女のあれこれに、息子の自分が首を突っ込むのもおかしな話だとレオンは即座に理解する。
それよりも、十五年も前とは言え父を愛していたポーラがこの場にいる事が……父の亡骸の前で妹であるアリアと昨日話した事は、何の因果だろうかとレオンは思った。
「彼女の存在は、我が家を揺るがす事になるだろう。わかった、誰にも言わない。私の胸の内に秘めておく」
「ありがとうございます、レオン様」
「だが……彼女とは交流を持っても良いだろうか。父が死に生母もいない私にとって、彼女はたった一人血の繋がった肉親という事になる」
「……レオン様がそうされたいのであれば、私に止める権利はございません。ですがくれぐれも、貴方が兄だとは感づかれないようにお願いいたします」
「わかっている。……ポーラ、一つ聞きたい」
「なんでしょうか」
「君は、我が家を出て十五年経った今でも、父の事を愛しているのだろうか」
「レオン様、それは愚問です。ベイジャー様を愛していなければ、今日……私はこの場におりません……」
ポーラはそこで、瞳に涙を溜める。すぐにすっと、一筋の涙が頬を伝った。聞かなければ良かったと、レオンは後悔する。彼女の気持ちを聞いて、何になるのか。言葉にすることで、辛い想いをさせるだけだと……気づいたのはポーラがその場にしゃがみこんでからだった。
レオンもしゃがんで、泣き崩れるポーラの背を撫でる。自分もこんな風に泣けたらと、そう思いながら口を開いた。
「すまないポーラ、聞くべきではなかった」
「良いのです、レオン様。……レオン様、あの棺に納められているご遺体は本当にベイジャー様なのですか? お顔が見えませんから、背格好のよく似た他人ではないのですか?」
「……父に違いない。飛竜に食われ、残った身体が馬から落ちそうになったところを私が引き上げた。だから間違いない。それに、もしもあの遺体が父ではないと言うのなら……本物の父は、一体どこで何をして姿を見せないというのだ……」
「あぁ、ベイジャー様……」
レオンはしばらくの間、ポーラの背を撫で続ける。十五年前、許されざる関係と知りつつも愛し合った男性の死に、ポーラはいつまでも泣いていた。もう何年も会っていないだろう。それでも、今でもたった一人の男を愛し続けていたポーラを見て、レオンは彼女に自分の姿を重ねる。
自分もエミリアにはもう三年会っていない。二年前まではエクスタード領プラムニッツの街にいたので、近況は使用人から報告を受けていたが……今では国を出たようで音沙汰もない。
たまに凄腕の女魔術師の冒険者がいると言う話が耳に入るが、彼女がどこで何をしているのかを知るのはその風の噂に聞くしかないというのはもどかしい。
だが、彼女の武勇伝が耳に入ってくれば誇らしい気持ちにもなる。きっと、この十五年で数々の武勲を挙げてきたベイジャーの事を、ポーラもきっと誇らしく思っていたに違いない。
自分がエミリアと離れた三年など、彼女と父のこの十五年と比べれば大差ないと……レオンはそう思うが、叶うのであれば父が死ぬ前にもう一度、二人を再会させてやりたかった。
と、同時にエミリアに会いたいという気持ちが募る。早く戻って来てくれと、レオンはそう願っていた。