過去(3)
「レオン、いい加減エミリアの事は諦めてくれ。いつ戻ってくるともわからない彼女を、いつまでも待ち続けるのか」
「もちろんです。何年先になるかはわかりませんが、エミリアは戻ってくると……エドリックもそう言っておりました」
「……しかしだな、お前ももう二十五だ。そのエドリックは、もう子供だって二人もいる。お前も早く結婚し子供を作って、私を安心させてくれ。グランマージ家も、婚約破棄には了承している。後はお前が首を縦に振るだけなのだ」
「何度も言いますが、婚約破棄はいたしません。私の婚約者は、後にも先にもエミリアただ一人。彼女以外の女性と結婚するつもりはありません」
エミリアが国を出て三年。婚約破棄の話は、耳にタコができるほど言われている。しかし、エミリアを待ち続けるという意思を持って、レオンはそれを頑なに拒否していた。
父・ベイジャーははぁとため息をつく。レオンは普段、ベイジャーの言う事に反発はしない。幼い頃から父の存在は絶対で言いつけは何でも守ってきたし、多少納得のいかない事でも父の命は全て聞いてきた。
だが、エミリアとの婚約破棄だけは……絶対に首を縦に振るつもりはなかった。単にエミリアを愛しているからと言う理由だけではない。
愛の無い結婚がどういう結果になるのかを、父と継母の関係を見てきたからこそ……同じ轍を踏まぬと言う決意の表れであったのかもしれない。
「ファクト公のところの、レベッカ嬢などどうだ? 彼女ならお前も以前からよく知っている通り、可憐でよく気の利くとても良いお嬢さんだ」
「父上、私の話を聞いていましたか? それとも、もう耳が遠くなったので? エミリア以外と結婚するつもりはないと、つい今言ったばかりです」
「……いい加減にするんだ、レオン。お前がエミリアを愛しているのはわかっているが、好きだ惚れたと……貴族の結婚と言うのは当人だけの気持ちの問題ではない」
「好きで貴族に生まれたわけではありません。それにまだ幼かった私に、彼女のよき理解者となれと、何があっても彼女を守れと言ったのは父上ではありませんか! 私はあの日から、その言葉を何よりも大切にしてきた。今更になって、エミリアの事は諦めろと仰るのはあまりにも残酷だと……ご自分でそうは思いませんか!?」
「レオン」
「とにかく、何度言われても私はエミリアとの婚約を破棄するつもりはありません。彼女が戻ってくるその日まで、五年でも十年でも待ちましょう。私が結婚する時に隣にいるのは、エミリア以外には有り得ないと……父上、どうかご理解ください」
「まったく、誰に似てこんなにも頑固になったのか……。なぁ、サムエル」
「ベイジャー様も、一度こうと言ったら頑として譲らないお方ではございませぬか」
「そうだったか? そうか、では私に似てしまったのか。……だがレオン、もしもだ。もしも気が変わったらすぐに言ってくれ」
「気が変わる事は万が一にもありません。お話は以上ですか」
「……いや、もう一つ。これは騎士団の話だ。来月、魔術師団と共に飛竜討伐へ向かう事になった」
「飛竜……? シルヴァールとの国境付近の、あの谷ですか」
「そうだ。今月に入って、馬車が五台やられて死者が三十人を超えた。流石に見過ごせない。だが、飛竜は強敵な上に数も多い。私が直接指揮を執るつもりだ」
「危険では……」
「確かに危険だ。だが、部下だけを危険に晒すわけにはいかないだろう。レオン、お前も共に出撃して私の補佐をしてほしい」
「承知しました」
そして、その飛竜退治でベイジャーは命を落とす。魔術師団との共闘もあり、多くの飛竜は退治したが……最後に残った一頭の飛竜が、ベイジャーの首を嚙みちぎった。
「父上……!? くそ、皆退却だ! 退け!!」
馬上から、残った身体が崩れ落ちるのを支えたのは並走していたレオンだった。ベイジャーの乗っていた馬は止まらず、レオンはなんとか父の身体を支え自分の馬に移す。
父の首から鮮血が溢れ出ていた事、父の顔がない事に気が動転しており……まだ戦う余力は残っていたが、最後の一頭を仕留めず退却の指示を出してしまったことは失態だっただろう。
谷を出れば飛竜は追ってはこなかったが、レオンは唖然としていた。敵が見えなくなったことで、気が抜けたと言えばそうなのかもしれない。他の騎士たちもレオンの様子と彼の馬に乗っていた首のないベイジャーの遺体を見て、気の利いた言葉をかけられる者はいなかった。
騎士団に同行していたサムエルが、男泣きしていた。周りの騎士や魔術師も、同じように涙を流すものはいた。だが、あまりの現実味の無さに、レオンは父の死が受け入れられず……涙の一滴も流れない。
「ベイジャー様……。騎士団長として、見事な最期でした。レオン様、これからはあなたがエクスタード公として、騎士団長として皆をお導き下さい」
「サムエル……。私のような若輩者に、父の代わりが務まるのだろうか……」
「私や奥様があなたを支えます。魔術師団のエルバート卿やエドリック様も、お力になって下さるでしょう」
「エドリック……そうだ、エドリック! 父の死は、お前に見えていなかったのか!?」
「……レオン、すまない。その夢は見ていない」
「そうか……」
それ以来飛竜による被害はなくなったのだから、騎士団・魔術師団は凱旋したと言えるだろう。だが、死者も多かった。もちろん死者が出る事は想定されていたが、その中に……騎士団長であるベイジャー・エクスタードが含まれてしまう事は全くの想定外である。
王都に戻り王の御前でベイジャーの死を報告すれば、王は自分が重用していた彼の死を酷く悲しんだ。彼を国の英雄とし国で葬儀をすると言って、すぐに大聖堂での葬儀が組まれる。
父の葬儀の話が出ても、新しくお前が騎士団長だと言われても、エクスタード家の私邸に戻れば自分が新たなエクスタード公だと言われても……父の死は簡単には受け入れられなかった。レオンの喪失感は多く、自分がいかに無力かと思い知らされていたことだろう。
レオンは、葬儀が終わるまで父の遺体が安置される事になった大聖堂に行って、父の棺の前で立ち尽くす。そんなレオンの姿を見て声をかけられる者はいなかったし、継母はベイジャーの頭のない遺体を見て気を失ってしまった。
継母は気を取り戻した後ずっと泣いているとサムエルが言っていたが、彼女へ何か声をかけてやれるほどの余裕はレオンにはない。
葬儀の前日にアリアと話をして少しだけ気の紛れたレオンは、翌日の葬儀は毅然とした態度で臨んだ。それが自分の求められている姿だと、エクスタード公として騎士団長として、あるべき姿だと……
そして葬儀が終わった後、アリアの母……ポーラと再会する。