記憶(2)
「エルバート卿、どうされましたか」
「おぉ、レオン卿。いや、今エドリックから連絡があってな」
「エドリックは、何と?」
「……魔物が出た日に襲われた村の出身だという男が、一人見つかったそうだ。農耕用の鍬で魔物と戦いながら逃げ自力で山を下って、サンレーム辺境伯の屋敷まで来たらしい。数日間川の水と野草を食らって生き延びたそうで、命に別状はないが左足を骨折しているのとかなり衰弱しているそうだ」
「エルバート様、まさか……その男って」
「そうだアレク君、そのまさかだ。先日から君の妹のアシェルを我が家で預かっているが、見つかったのは彼女の夫レスターだ」
「レスターが……生きてた? あぁ、良かった……!」
「アレク、君の妹にもすぐに知らせてやれ。そして、そのまま彼を迎えに行ってやると良い」
「はい、レオン様!」
「アレク君、道中の魔物はまた出てくるようになったそうだ。危険だから、アシェルは我が家で待たせておいた方が良いだろう。中軽傷で戻ってくる者と一緒に戻ってくると良い。負傷はしていても、魔法は使えるだろうから魔物が出ても役には立つだろう」
「エルバート様、お気遣いありがとうございます。あいつも早くレスターに会いたいと思いますが、グランマージ家の屋敷で待つようきつく言っておきます」
アレクは一礼し、急いで部屋を出ていく。アシェルの夫は元々アレクにとっても唯一無二の親友だと言うし、アレクも彼が生きていて嬉しいだろう。
「さて、我々はまた別の話だが……」
「戦況の話ですか」
「うむ。魔物の群れは大方片付いたが、親玉と思われる魔物がでてきたようで苦戦しているそうだ」
「親玉……」
「図体もかなり大きく、竜のように炎を吐く。大きい分死角は多いので近づく事はできるそうだが、騎士の剣や槍、斧と言った物理攻撃はあまり効かないらしい。皮膚がかなり固く、刃が通らないと」
「魔術師団の魔法は?」
「それが、魔術師団の方も大多数が魔力を切らしてしまっている状態でな。連日連夜魔法を使い続けていれば、回復する暇もない。魔力を回復させる薬も、生産が追い付かない状態だ。そろそろエドリックが前線に立つと言っている」
「エドリックが前線に出るのなら、もう勝利はすぐそこでしょう。彼なら魔力が尽きる心配はない」
「私もそう思いたいが、魔法がどれだけ効くのか……あいつの体力が切れぬ事を信じたいが」
「エドリックならば、意識を保てる限り這ってでも敵を殲滅します。彼はそういう男です」
「うむ……エドリックと言い、エミリアと言い、誰に似たのか……。おっと、すまない。エミリアは今や貴公の妻だと言うのに」
「構いません。私は、彼女のそんな危なっかしいところまで愛していますので」
レオンはそうさらりと言って、窓の外を見る。ちょうどこの場所からは、少し遠くにエクスタード家の屋敷が見えた。早く屋敷に戻ってエミリアを抱きしめたいと、そう思う自分は平和すぎるだろうか……
だが、魔物の殲滅が間近に見えてきたのだ。平和な思考に戻っても良いだろう。あとは、国内で起こる諍いへの対処が悩みの種ではあるが……
「団長、失礼します」
「どうした」
「先ほど騎士を十五名送ったフォルヴァ区の暴動ですが、ならず者たちを捕らえたと報告が入りました」
「そうか。騎士と民間人に負傷者はいないか?」
「それが奴らの抵抗が激しかったようで……民間人が三名巻き込まれ亡くなったそうです。それと騎士一名が刺され、ならず者のうち一名をその場で斬らざるを得なかったと」
「……わかった。まずは巻き込まれてしまった民間人三名が安らかに眠れるよう祈ろう。刺された騎士は、命に別状はないか?」
「はい、刺し傷は深くないとの事です」
「それならば良かった。医者を呼んでおいてくれ」
「承知しました」
斬らざるを得らなった。その言葉を聞いて、レオンは胸を痛める。どんな悪人だろうが、誰かの子であり友人であり……もしかしたら家族もいたかもしれないと思うと、危険な人間はいなくなった、良かったと片付ける訳にはいかない。
もちろん、民間人や騎士の命が大切だ。騎士達にも、常日頃言って聞かせている。犯罪者やならず者と言えど生かしたまま捕らえるのが基本だが、自分や仲間の命に危険を感じた時には躊躇するなと……
だが十年前のレオンが感じたように、人を殺めてしまったと言う罪悪感はきっと今日ならず者を斬った騎士も持つだろう。彼の心への痛みには、最新の注意を払わねばとレオンは思った。
「……アレクが戻ってきたら、アレクにも同じことを言わねばならないな。近いうちに、私が直々に手を合わせてみるか……」
レオンはそう、ぽつりと呟く。アレクもサムエルや騎士達との訓練を続けており、剣の腕もめきめきと上達しているとは聞いている。かなり筋が良いと言う話も聞いているので、将来的には期待もできるだろう。
時には新米の騎士であれば負かすくらいの事もあるそうだが、自分でも上達を感じている今が一番油断もする時であろう。彼は案外負けず嫌いで、壁が高ければ高い程躍起になる類いだと理解している。この辺りで、高い高い壁を見せておくべきだと……