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レオンの決断(3)

 継母からの返事を待っている間、レオンは古くからの家臣であり執事長でもあるレオナルドに事の次第を告げた。

 父に隠し子がいた事、その子をエクスタード家に迎え入れようと思っている事、それに伴い継母を領地に移す事になるであろう事……

 もちろん父の隠し子については驚きを隠せないようであったが、彼は理解がとても早い。すぐに準備に取り掛かると言ってくれた。

 領地内でも比較的大きな街であるブラハードに継母が住む家の準備も進められ、継母の返事と共に彼女の移転準備が始まる。そして、レオンと継母が話しをしてから一か月も経たないうちに……継母は王都を去った。

 同時に、今度はアリアをエクスタード家に迎え入れる準備が始まる。家臣達には継母が王都を去るのは本人の希望だと伝えていたため……その発表をした時は、皆驚いたと同時に本当はレオンが彼女を領地へ戻したという事を悟っただろう。


「レオン様、先ほどの話は本当ですか?」

「あぁ、皆の前で嘘をつく必要はないだろう」

「そっか……だからレオン様は、シスターの事をあんなに大切にしていたんですね……」


 アレクはアリアと交流があるだけに、驚きも一際大きかったようだ。以前聞かれた『どうしてそんなに気にかけているのか』の答え合わせもできたようで、驚きと同時に納得もしたのだろう。

 そして、アリア本人にはこの時点ではまだ伝えていなかった。彼女が『エクスタード家には行かず教会で過ごします』と、そんな風に言う可能性だって当然あるだろうが……そんな事を言うはずはないだろうと、レオンはそう思っている。


 教会には事前に、非番の日に合わせ向かうと神父あての手紙を出しておいた。用件については伝えていないが、レオンが事前に手紙を出しておいた事など今までにないので相当身構えていた事だろう。

 教会へ着いた時、迎えに来てくれた神父は神妙な顔をしていた。


「レオン様、本日はどのようなご用向きで……」


 小さな部屋に通され、机を挟んでレオンと神父が向かい合う。レオンは従者としてアレクを連れてきていたが、アレクはレオンの後ろに立っていた。


「神父殿、これは私の思い過ごしであったらすまないのだが……あなたはポーラから、アリアの父親について何か聞いていないだろうか」

「……! それは……」

「やはりご存じでしたか」

「……あなた様が私どもに何も仰いませんので、私も何も言いませんでした。ですが、あなた様がアリアを大切にされているのを見て、全てご存じなのだろうと……そう、思っておりました」

「知っているのは神父殿だけですか」

「えぇ、そうです。ポーラは元々下級貴族の娘で、家が没落したためエクスタード家へ働きに出る事になったそうですが……数年務めた後、当時の奥様に追い出されたと当教会へやってきました」

「それで、我が家を追い出された理由を……子供の父親の事を聞いていたという事ですか」

「左様です。告解と言う形で、聞き出しました。だから私も、この十五年間胸の内に」

「……アリアを呼んで頂きたい。アリアを私の妹として……正式に、エクスタード家で受け入れたいと思い、本日は参りました」


 レオンの言葉に、神父は頷き立ち上がる。神父が部屋を出て、すぐにアリアを連れて戻ってくる。いつもとは違う雰囲気だという事がわかったのだろう、アリアも緊張したような顔をしていた。


「アリア、公爵様がお前に大切な話があると……」

「レオン様。私にお話とは……?」

「……アリア、君は、どうして私が君を構うのか……それを考えた事はあるか?」

「はい。何度も、何度も考えました」

「……ポーラには、君には言わないで欲しいと言われていたのだが……先日エミリアに言われて、やっと言う決心ができた。そのための準備も、この一月ほどで済ませてきた。アリア、君の父親は君が生まれる前に亡くなったと聞いていたと言っていたが、それは嘘だ。君の父親は、ベイジャー・エクスタード。私の父だ」

「それは、つまり……」

「今まで黙っていてすまなかった。私の事を兄だと思ってくれと、ずっとそう言ってきたが……私は、本当に君の兄だ」

「レオン様……」


 アリアの両目に、涙がウルウルと溜まっていく。突然父親の事を言われ驚いただろうが、それよりも……こみ上げるものがあったのだろう。

 レオンは立ち上がり、棒立ちになっていたアリアを抱きしめる。かつて、アリアの母親……ポーラが亡くなった時にそうしたように。あの時は悲しみの涙をこうして拭ってやった。今アリアが流している涙は、一体どんな涙なのか……


「本当に、本当に、レオン様がお兄様なのですか」

「あぁ、本当だ」


 アリアは修道服の袖で涙を拭って、それからスカートのポケットに手を入れる。ポケットから取り出したのは、二年前にレオンがアリアに渡した父のブローチだった。


「レオン様がこれを下さった理由も、ずっと考えていました。あの時受け取れないと言った私に、貰ってくれと、きっと父もそう言うと仰っていたから」

「父の形見だ。君の父の形見でもある」

「はい。私、これを頂いた時お母さんに見せたんです。お母さん、とても驚いていました。高価な物を頂いたからだって、その時はそう思っていたんです」

「……その時は?」

「お母さんが亡くなった後、遺品を整理していたら……これを見つけました」


 そう言って、アリアは……もう一つ、ポケットからブローチを取り出す。レオンが渡したものと、まったく同じ形。違うのは、はめ込まれた宝石の色。レオンが渡したものは青かったが、アリアが取り出したもう一つは赤かった事くらいだろう。


「後ろを見てください。レオン様から頂いたものには何も書かれていませんでしたが、お母さんが持っていたのは……」

「刻印……? 『ベイジャーからポーラへ、愛をこめて』か……」


 これを見つけたアリアは、一体何を思っただろう。アリアだって、レオンの父の……ベイジャー・エクスタードの名くらい知っていたはずだ。なぜ、母親がレオンの父が持っていたブローチと同じ形のブローチを持っていたのか。

 なぜ、その裏面にそんな言葉が刻まれていたのか……答えは一つしかない。


「アリア……君も、もしかして感づいていたのか?」

「もしかしたら、そうなのかもしれないって……ずっと思っていました。だからレオン様は、私に優しくしてくださるのかなって……」


 アリアはまだグズグズとしながら、そう言う。彼女自身が感づいていたというのなら、尚の事もっと早く行動すべきだったと、レオンは後悔した。もっと早くに自分が兄だと言えたならば、アリアを傷つけることもなかっただろう。


「すまない、アリア。もっと早くに言うべきだった」

「良いんです。レオン様、これからは……レオン様の事を、お兄様って呼んでもいいですか?」

「あぁ、もちろんだ」

「お兄様……!」


 少し年の離れた、まだ幼い妹。アリアはレオンの背を掴むようにぎゅっと抱き着いてくる。レオンはただ、アリアの頭を撫でてやった。


「アリア、君をエクスタード家で受け入れるための準備はもう整っている。今日、今すぐにとは言わないが……エクスタード家に、来てくれるな?」

「はい。でも、本当に良いのですか」

「何を躊躇う必要がある。本来なら君は、エクスタード家のあの屋敷で育つはずだった。君たち親子には、本当に申し訳ない事をしたと思っている。……アレク、その鞄をアリアに」

「はい」


 控えていたアレクに持たせていた、少し大きめの皮の鞄。その中にはエミリアが昔着ていた服が入っている。修道服以外の着るものと言えば粗末なものであろうアリアに、エクスタード家へ来る時にはこれを着て来れば良いと用意してくれたものだ。

 もう五年以上前の服だが、生地自体はとても良いものではある。流行には左右されない無難な物を選んでくれたらしい。


「お兄様、これは?」

「開けてみると良い」


 机の上に鞄を置いて、アリアは早速鞄を開け……その服を取り出すと、わぁと言って瞳をキラキラとさせた。

 控え目な性格をしているとは言え、やはり年ごろの女の子なのだろう。教会ではお洒落など無縁だが、お洒落に興味がない訳がない。貴族の令嬢が普段着として着るごくごく普通の服ではあったが、それはアリアにはとても素敵な物に映ったのだろう。


「こんな素敵な服……嬉しいです」

「我が家に来る日には、これを着ると良い。修道服のままと言う訳にはいかないからな。日時さえ指定してくれれば、いつでも迎えに来る」

「ありがとうございます、お兄様」

「礼ならエミリアに言ってくれ。エミリアが昔着ていた服を、グランマージ家から持ってきてくれたんだ」

「はい。次にお会いした時に必ず」


 その日は、レオンはそれで教会を後にした。そして数日後にアリアをエクスタード家に迎え入れる事になったが……

 修道服を脱ぎ、エミリアから貰ったその服に身を包んだアリアはとても愛らしかった。本人は修道服以外の服には慣れていないせいか、恥ずかしかったようではあるが……

 アリアをエクスタード家で迎え入れる時には、屋敷で働く者を全員集めて出迎えをさせる。見習いシスターだった少女が、一躍公爵家のご令嬢に変貌を遂げたのは夢物語のような出来事であっただろう。

 エクスタード公には妹がいたと、その話が知れ渡るのもあっという間の事であった。

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