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レオンの決断(2)

 二日後、レオンはその日非番だった。毎朝の恒例である礼拝を済ませ、屋敷へと戻ってくれば継母の元へ。生母の事を肖像画でしか見たことのないレオンにとっては、唯一の母……辛い事を言わねばならないのは、胸が痛い。


「継母上、少しよろしいですか」

「どうしましたか、レオン。もちろんよろしくてよ」


 継母は庭が見える大きな窓の前で、外の花を眺めていたようだ。花や美しいものが好きな人で、いつもは庭に出ている事も多いが今日は生憎の雨である。

 この雨で、美しく咲いた花たちが散ってしまわないかが心配なのかもしれない。散る前に、その美しい姿を目に焼き付けようとしていたのかもしれない。レオンも、そんな庭の花をちらりと見てから、継母の方を向き直す。


「大切な話が。一緒に来ては頂けないでしょうか」

「……わかりました」


 レオンが先行し、普段は応接室として使っている部屋へ。来客の予定もないので、ここで構わないだろう。母の侍女がついてくるが、レオンは飲み物だけ用意するように言って椅子に腰かける。

 机を挟んで向かい側に母も座り、侍女が飲み物を持ってくるまでの間……重苦しい空気に包まれていた。


「君は下がっていてくれ」

「はい、畏まりました」


 人払いを済ませた後、継母を見て……一度ゆっくり息を吸う。そうして、その重い口を開いた。


「単刀直入に申し上げます。継母上にはこの屋敷を出て、領地のどこか……ブラハードにでも居を移して頂きたい」

「まぁ……それは突然。それは、私が王都にいるのは何か不都合があるとでも? あなたの奥様が、私の事が邪魔なのかしら」

「エミリアは関係ありません。……十五、六年ほど前になります。あなたは、父の子を身籠った使用人を我が家から追い出した。覚えていますか」

「……そんな事、あったかしら?」

「あったのです。二年前、私は偶然その事を知りました。その時の子は十五歳になり、今は教会で過ごしていますが……この度我が家に迎え入れる事にしました」

「……なんですって?」

「あなたにとっては、自分が産めなかった父の子ですから、その存在自体が疎ましい存在でしょう。私はこの二年……自分が兄であるとは明かさず、彼女と交流しておりました。可愛らしく心優しい少女ですが、まだ年相応に幼い。彼女をあなたの視界に入れたくないし、彼女にもあなたを視界に入れて欲しくない」

「何を馬鹿げた事を……。レオン、あなたはこの継母(はは)を捨てると言うのですか。確かに実の親ではありません。ですが、実の親と変わらず……いえ、それ以上にあなたを慈しみ、親子として過ごしてきたではありませんか!」


 思った通りの反応であっただろう。エクスタード家に残れるかどうかは、何より彼女にとって死活問題なのだ。

 子のいない未亡人は、いつ離縁されてもおかしくない。それはこの国の貴族では当たり前の事である。離縁されれば実家へ帰り次の結婚相手を探すか、亡き夫のために祈りを捧げるべく尼になるしかない。


「継母上、勘違いをなさるな! 父の子がいないあなたが、エクスタードの姓を名乗りこの家にいられるのは、このレオンの温情あっての事! 本来であれば、父が死んだ二年前に離縁されていてもおかしくはなかったと、貴女はそれがわからぬか!?」


 ……継母の実家は、継母がエクスタード家に嫁いできて数年後に失脚し、没落している。

 父の死後彼女と離縁しなかったのは、幼い頃から母と慕っていたからと言うそれだけの理由ではなく……彼女に帰る家がない事を知っているからこそ、追い出せば露頭に迷う事が明らかだったからだ。

 継母は、少しばかり声を張り上げたレオンの事を……唖然とした顔のままで見つめている。普段温厚であまり感情を見せないレオンが、声を張り上げた事で驚いたのかもしれない。

 レオンは息を吸い直し、静かに続ける。


「領地へ戻り父の喪を弔い続けるか、我が家と離縁するか……継母上のお好きな方をお選びください」

「レオン……」

「領地へ戻るのであれば、使用人の数人は付けますので不便な生活は送らせません。もちろん王都と比べると何もない地方ではありますが、土地は広いので継母上の好きな花はいくらでも植えられる。どうされるか、五日以内にお返事を下さい。……私の話は以上です」


 返事はわかりきっている。考えるまでもない。それでも、一応は考えるフリをするものなのだろう。

 継母からの返事が来たのはきっちりと五日後であった。

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