アリアの決意(1)
アレクが今度一緒に依頼を引き受けてみないかと誘ってくれてから数日後の朝、エクスタード家の毎朝の礼拝の時間の後で引き受ける依頼が決まったと聞いた。
四日後、朝から城下外のはずれにある農場へ行って、野菜の収穫の手伝いをするそうだ。昨日はエミリアが楽しそうだと言って、先に籠一つ分の野菜を先に収穫していたと聞き、その姿を想像して思わず微笑ましいと思う。
「当日は動きやすくて、汚れても良い格好で」
「はい、わかりました」
「あと、その仕事の後で約束していた食事に行こう。エミリアさんも来るって」
「本当ですか? 楽しみにしていますね」
「アリア」
「レオン様」
「……すまないな、寂しい思いをさせていたと聞いた。私もまた時間を作ろう」
「そんな、レオン様はお忙しいでしょうから、私の事など気になさらないでください」
「何を言うか。君はもっと私に甘えてくれて構わないんだぞ。兄だと思ってくれと、以前も言っただろう」
「はい……」
レオンがアリアを撫でるように、ポンと頭に手をおく。もう出会った頃から二年が経ち、少しは大人に近づいてきたのに……と、アリアは思う。
子供にとっての二年と言えば成長著しい時期なのに、レオンの中でアリアはまだ出会った頃のまま……まだ十三歳の少女なのかもしれない。
あの時既に二十五歳だったレオンは当時とあまり変わっていないと思うが、アリアは随分と成長したはずだ。身長だって伸びたし、身体つきも変わった。考え方だって、昔より大人になれたことだろう。
それでも、レオンにとってみれば自分はまだまだ子供なのだ。五年経っても十年経っても、埋まらない年の差がある以上はいつまでだって子ども扱いされるのだろうか。
アリアはレオン達を見送った後、教会でのお勤めに戻る。やる事と言えば教会内の清掃や洗濯、食事の準備と食後の片づけ、礼拝に来た信徒への対応、孤児たちの世話……と、多岐にわたる。
だが、役割は分担であるし、まったく仕事が回ってこない時もある。担当があっても用事で外出をする日は他の日と担当を変わってもらったり、融通も利いた。
アリアは教会での暮らしは好きだ。だが、先日アレクに言われた言葉に……そろそろ将来の事を考えなければいけないと思い始めていた。
いわゆる『先輩』として教会で育った孤児たちは、割と外へ出る人が多い印象である。男子はほぼ全員が出て行ったし、女子は……八割ほどが出て行っただろうか。
やはり閉鎖された教会で育ったがゆえに、皆外への憧れは強い。アリアだって、外への憧れは当然ある。しかし、一人でやっていけるかはどうしても心配だ。
出て行った皆がどうしているかと言えば、男子は約半数が冒険者に。男子の残りの約半数と、女子の約半数は教会の斡旋で貴族の家の下働きとなった。女子の残りの半数は成人前に養ってくれる男性を見つけているようで、外へ出ると同時に結婚して家庭を持っている。
「結婚かぁ……」
最近結婚した男女と言えば、やはりレオンとエミリアの顔が浮かんだ。美男美女の貴族同士で、幼い頃からの婚約者。更にはお互い相手への愛と信頼が深く……まさに理想の二人だろう。
少なくともアリアには、彼女の成人と共に求婚してくれるような男性はいない。それにアリアの事はレオンが大切にしているという事を……少なくとも、アリアの周囲の男性はそれを知っているはずだ。そう、だからこそ……知っていてアリアに近づく男性はいないだろう。
逆に、アリアに近づいてくる男は……レオンに、エクスタード家に取り入ろうとする邪な心を持った男なのだろうと、アリアもそれはわかっていた。
「私の事を本当に大切にしてくれる人なんて、見つかるのかなぁ……」
そんな事を考えながら、アリアは今日一日の仕事と祈りを終え部屋に戻る。アリアと同じ年ごろの孤児の少女数名が、同室だ。
皆と将来どうするのかと話した事もあるが、彼女たちも皆教会を出ていくと言っている。数か月後に十七歳になる少女に至っては、抜け目なく結婚相手を見つけていた。
「アリアはどうするの?」
「まだ決めてない……」
「レオン様も罪な男よね。アリアを可愛がっておきながら、婚約者が戻ってきたらアッサリ結婚して最近じゃ全然どこにも連れて行ってくれないし」
「だから、いつも言ってるけどレオン様はそんなんじゃないの」
「わかってるわよ。でも、だからってねぇ……エミリア様が戻ってくるまでの代わりにされていたとしか、私たちは思えない訳」
「レオン様は、そんな方じゃ……」
「私たちだって、レオン様はそんなひどい事をなさる方じゃないって思いたいわよ。でも、事実そうじゃない。アリアが成人するまでにレオン様がご結婚されなかったら、アリアをお嫁さんにするんじゃないか……って、あなたは否定するでしょうけど、みんなそう思ってたのよ」
年の近い少女だからこそ出てくる、素直な意見。数人に寄って集ってそんな風に言われると、アリアだって不安になってしまう。
この二年レオンの近くにいた。近くで彼の事を見てきた。だからこそ、レオンがそんな不誠実な男性ではない事を一番知っているのは、他の誰でもないアリアのはずなのに。
レオンは出会った時から今日まで、一度だってエミリア以外の女性をその目に入れたことがない事くらい……それを一番よく知っているのは、一番近くにいたアリアだと言うのに。
アリアは、眉を下げながら手をぎゅっと握る。その手には、二年前にレオンから貰った……彼の父親の形見でもあるという、青い宝石と金細工が美しいブローチが握られていた。