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アリアの悩み(1)

 レオンとエミリアの仮の式が終わり三日後、エミリアの祖父であるエルヴィス・グランマージの葬儀が国を挙げて行われた。

 アレクは彼の事はあまり知らないが、エミリアから聞いたところによると『元々人間が扱えるものではなかった魔法を、人間が簡便に使えるようにした偉大な功績』を持っているのがエルヴィス卿とのことで、魔術師であるエミリアは当然のことながらその偉大な祖父の事を慕っていた。

 今日はその葬儀の日が終わった二日後。仮の式ではあったとは言え、神の御前で夫婦としての宣告を受けている以上レオンとエミリアは既に夫婦であるため、昨日よりエミリアはエクスタード家に居を移している。

 当初エミリアの事をどう呼んでいいかわからず、周囲に合わせて『奥様』なんて呼んでみたが、嫌な顔をされた。エミリアは今まで通りでいいと言って、ただ公式な場や来客時……つまりは時と場所と場合によっては、レオンの従者らしく『奥様』でも『公爵夫人』でも使い分けて欲しいと……


 そして今朝、アレクはレオンとエミリアと共に聖ヴェーリュック教会へ行って毎朝の恒例となっている祈りを捧げたのち、アリアに頼んでギルドへ向かう事としていた。冒険者として、最初の依頼を受けようと思っていたのである。


「どんな依頼があるでしょうか」

「エミリアさんにも簡単な依頼からが良いって言われているし、星の数が一つ二つくらいのやつを中心に見て行こうと思うんだ。レオン様の従者としても仕事を覚えないといけないから、冒険者として仕事を請け負うのも……遠方に行ったり、日が跨ぐような時間がかかるものも難しいし」


 アリアとそう話しながら、ギルドまでたどり着く。その扉を開けた時、アレクは目を丸くした。壁一面に貼られた依頼を、その内容を吟味するように見ていた女性が……アレクに気づいて声をかける。


「あら、アレク。遅かったわね」

「エエエ、エミリアさん!?」

「どうしてそんなに驚いてるの?」

「どうしてって、エミリアさんは公爵夫人になったんであって、冒険者はもう……」

「結婚したからって、冒険者を辞めるなんて言ってないわよ。それに、レオンに聞いていない?」

「え? 何を、ですか?」

「私が冒険者として依頼を請け負うときは、アレクと一緒に行ってくれって。ほら、良さそうな依頼をいくつか見繕っておいたわ! そう難しくなさそうな、遠出もしなくていい案件よ。どれを受けるかはあなたが決めていいわ。何しろ初仕事だものね!」


 ……レオンはきっと、エミリアが冒険者として活動するのにその供としてアレクを指名したという事だったのだろうが……これではどちらがお供なのかがわからないと、アレクは思う。

 エミリアが見繕っておいたと言う依頼書を、アレクは手に取った。まだ文字が読めないので、アリアが内容を読み上げてくれる。


「えーと、これは魔物の退治ですね。山小屋の近くに住み着いた『アドラウム』と思われる魔物を討伐してほしい」

「エミリアさん、この魔物の事は知っていますか?」

「強くはないわよ。少なくとも、私やあなたなら。身体は大きくはないけれど、その分すばしっこくて鋭い牙を持っていて、おまけに見た目がちょっと気持ち悪いから……戦いを知らない人たちには恐怖でしかないと思う。報酬は相場以下ってとこかしら」

「これにしよう。報酬の金額なんてどうでも良い。困っている人がいるなら助けたい」

「アレクさん、他の依頼は見なくて大丈夫ですか?」

「見ると他の困っている人の事を考えてしまいそうだから、今日はこれにする。他の依頼もそのうちちゃんと見ていくし、俺がやらなくてもやってくれる人だっているだろうから」


 アレクは依頼書を持ち、受付嬢の前へ。依頼書を彼女に出しながら、緊張で声を震わせた。


「この依頼を受けたいんです」


 受付嬢が引受証を作成し、アレクはそれを受け取る。


「じゃあ、行きましょうかエミリアさん」

「えぇ、相棒。よろしくね」

「お二人とも、お気をつけて。ご無事に戻られるのを、お待ちしております」


 アリアに見送られながら、二人はギルドを後にする。この日、アレクはエミリアと共にしっかりと依頼をこなし、エクスタード家へ戻った。

 週に二、三度ほどはエミリアと共に冒険者として活動し、その他の日はレオンの従者としてどうあるべきかと執事に教わる。

 また、レオンに剣も覚えろと言われたので騎士団へ出向しているエクスタード家の騎士に稽古をつけてもらう事もあれば、合間を縫って教会へ行きアリアに文字の読み書きを教えてもらうと言う多忙な日々を送った。


 そしてレオンとエミリアのあの仮の式からもうすぐ一月経とうと言う頃、今度は大勢の客も招待した正式な式が挙げられる。王宮内の大聖堂を使った豪華なもので、国王までもが参列していた。

 同時にレオンの謹慎も解かれたため、アレクも従者として騎士団や王宮への出入りも増え更に忙しくなるが充実した日々を送っていたと言えるだろう。


 その忙しい最中、アレクは聖ヴェーリュック教会を訪れていた。アリアに文字の読み書きを習いに来るのは、いつもの事であったのだが……その日、アリアはいつもの元気がないように見えた。


「シスター、どうかしたのかい? なんだか浮かばれない顔をしているけど」

「あ……いえ、なんでもないのです」

「なんでもないって顔じゃないけど、俺で良ければ聞くよ」

「ありがとうございます。レオン様がエミリア様とご結婚されてから……当然ですが、私を誘ってくださらなくなったのが寂しいなと、ちょっと思っていまして」

「あぁ、そうか。レオン様はよく買い物や食事に連れて行ってくれていたんだっけ」

「はい。レオン様とのお出かけは、もちろん逢瀬のようなものではありません。レオン様は私を妹のように可愛がって下さっていました。二年ほど、そんな関係でしたから……」

「確かにエミリアさんと結婚したし、レオン様としてはいくら君でもどこか出かけようなんて誘いにくいよなぁ。じゃあシスター、今度は俺が誘うよ」

「ですが、それはアレクさんにご迷惑では……」

「全然そんな事ないよ。もっと町の事をよく知りたいし、それに君には本当に世話になっているからそのお礼も兼ねて。どこか行きたいところはある?」

「では、では……! あの、初めてアレクさんとお会いした日に、お食事をしていたお店の事を覚えていますか?」

「うん、美味しかったなぁ。あそこの店」

「あのお店に、お食事に行きたいのです……。レオン様と、毎月一度は行っていましたから」


 少し照れ臭そうに言うアリアに、アレクは思った。きっと教会では質素倹約な食事ばかりだし、レオンに連れられて美味しい物を食べさせてもらっていたので、そろそろあの味が恋しくなってきたのだろう。

 だがレオンは誘ってくれないし、アリアから誘う訳にもいかない。どうにかあの店に食事に行きたいが、一人ではいけないし……と、そんなところか。

 だがあの店は結構いい値段がしたはずだ。アレクはギルドでの依頼を順調にこなして金を稼ぎ出しているし、そして最近レオンからも給金を貰った。

 現時点でそれなりに金はあると思うが、もしも足りないとなると困ってしまう。アリアは金を持っていないだろうし、そもそも自分より年下の、まだ未成年の少女にいくらか払ってほしいなどと言うのも格好がつかない。

 これはレオンに言って、来月にもらう給金の前借りができないかと相談するところだろうと……アレクはそう思った。

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