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命の灯(2)

 その後、超特急でドレスを直してもらったと言うエミリアが教会を訪れた。彼女の父親と兄の二人は明日も魔術師団の仕事であるが、明日は時間を作って来てくれるように頼んだと聞く。

 そして、エミリアは疲れてクタクタだと言って。思えば彼女は魔力を使いすぎて倒れたのが一昨日、そしてまだ休んでいるべきであった昨日には舞踏会に出席して……体力が戻りきっていないのだろう。

 

「エミリア、今日は早く休め。まだ本調子じゃないんだろう」

「うん……ありがとう、レオン」

「アレク、先に屋敷に戻っていろ。馬車は使っていい。私はエミリアをグランマージ家に送ってから戻る」

「だったら俺も……」

「アレクさん、野暮ですよ。お二人にして差し上げてください」

「あ……そうか。じゃあ、レオン様。俺は先に戻ります。シスター、お茶ご馳走様でした」


 アレクはそう言って、一足先に教会を出る。レオンもアリアに礼を言って、エミリアと共に教会を出た。エミリアは送迎なんていいのにと言ったが、レオンがエミリアと共に居たかったのだ。

 結婚すれば、これからは嫌と言うほど一緒にいられるのもわかっている。だが、エミリアの本心を……今日のうちに聞いておきたい。

 グランマージ家の馬車が教会の前に停まっていた。レオンもその馬車に同乗し、僅かな時間ではあるが……エミリアと二人きりになる。


「エミリア、今回の事だが……本当に良かったのか」

「昨夜、王宮で言った通りよ。私はもっと冒険者でいたかったけれど、それよりも……あなたの隣にいたかった」


 エミリアが甘えるように、レオンの肩にもたれてくる。こんなに素直な子だったかと思ってしまうが、やっと自分の気持ちに素直になってくれたのかもしれない。


「五年も離れていたんだもの、その間は……やっぱり寂しかったわ。私は生まれた時から近くにレオンがいてくれて、それが当たり前だった。一人で旅をしている間、ずっとあなたの事が気になっていたのよ。もし、私との婚約を破棄して他の人と結婚するのなら、それはそれで仕方がないって思っていたけれど……待っていてくれたことが嬉しかった」

「いつまでも待っていると、あの時そう言っただろう」

「思えばあなたは、私との約束を破ったことなんて一度もなかったわ」

「さすがに今回ばかりは、君が来てくれなければ約束は守れなかったがな」

「わかってる。だから行ったの。……レオン、相談なんだけどね」

「うん?」

「結婚はするわ。でも、冒険者も続けちゃだめかしら」


 エミリアならそう言いそうだとは、実は思っていた。そう言われた時の答えも、レオンの中には用意がある。

 それはお互い妥協できる範囲だろうと、そう思っているのだが。


「遠くへは行かない。王都を出るにしても、朝出て夕方には戻って来られるくらいの距離にする。強そうな魔物の討伐は引き受けない。もちろん、依頼の中で強い奴に出くわす事はあると思うけれど……」

「俺も、君がそう言うと思っていたよ。今の話は全て受け入れる。それに加えて、俺からもいくつか条件を出させてくれ。まず、依頼にはアレクを同行させてやって欲しい」

「アレクを?」

「君一人で行かせて、何かあったら困るからな。それに俺の従者にしたとは言っても、給金はあまり払ってやれないから……だから彼は冒険者として依頼をこなすとも言っていた。君は金のために冒険者を続けたい訳ではないんだろう? だからこなした依頼の報酬は、全部とは言わないがアレクに渡してやってくれ。それと、アレクには俺の従者も早く慣れてもらわなければいけないし、毎日は行かせてやれない。」

「わかったわ」

「それと、これが一番大事なんだが……」

「何?」

「冒険者として活動するのは、子供ができるまでにして欲しい」


 エミリアは目を丸くして、レオンを見上げる。レオンのその言葉が意外だったとでもいうように、だ。

 夫婦になるのだから、子供の話をしたって不思議ではないだろう。それに子を腹に宿し出産するのはエミリアなのだから、子供ができたら冒険者なんて続けさせられないと言うのは当然の事である。


「……この条件は、飲めないか?」

「そうじゃない。子供の事なんて、全然考えてなかったのよ。確かに子供ができたら、冒険者なんて続けていられないわよね」

「君はしばらく冒険者を続けたいんだろうと思うが、先に言っておく。俺自身子供は早く欲しいと思っているし、今は謹慎中で時間もある。神はすぐにでも、俺たちに子を授けてくれるかもしれない」

「……うん。冒険者は続けたいけど、子供かぁ……きっと可愛いんだろうな。わかったわ、あなたの言う通りにする」


 エミリアと今後の話もできたところでグランマージ家に着く。馬車を降りる前にそっと、触れるだけの口づけを交わして。


「じゃあ、また明日」

「あぁ」


 エミリアを馬車から降ろし、自分も降りようと思ったのだが御者に制された。エクスタード家まで送りますと……。送迎など不要だとは思ったのだが、厚意に甘えさせてもらう事にする。

 執事が出迎えてエミリアが屋敷に入るのを確認してから馬車を出してもらい、レオンも屋敷に戻った。戻れば、アレクが屋敷の扉の前で待っている。

 彼にそこまで求めてはいなかったが、従者らしいじゃないかと思って笑った。


 エクスタード公が、長らく婚約者であったが行方を暗ましていたグランマージ伯の孫娘に求婚したと言う話は、すでに町中の知るところだ。更には求婚したその二日後には、仮ではあるものの式を挙げると言う話も。

 恐らくはグランマージ家に出入りした仕立て屋か、レオン自らが式の準備のために花を注文しに行った花屋か、他の店か……あるいは、それらのいずれもか。そのあたりから噂が広まっていったのだろう。

 式当日の朝を迎えれば、エクスタード家の屋敷の前には人だかりができていた。


「エクスタード公がお通りだ! 道を開けろ!」


 先導する家臣が、集まった庶民たちに声を張り上げ、大衆をかき分けながら教会へ。一足早くグランマージ家は教会についているようで、馬車が二つ。

 教会の入り口にはアリアが立っていた。エクスタード家の到着を待ちわびていたのだろう。レオンは自ら馬に乗っていたが、その馬を降り従者に手綱を手渡す。


「アリア、教会への式の打診から手配まで……君には本当に助けられた。感謝する。」

「とんでもない事です。この度はおめでとうございます。既にグランマージ家の皆さまは中でお待ちです」


 アリアが扉を開け、レオンを先導する。何度も聖ヴェーリュック教会には来ているが、普段祈りを捧げに来る礼拝堂とは別に普段一般公開はしていない更に大きな大聖堂がある事は知っていた。

 この聖ヴェーリュック教会は、レクト王国内では城の敷地内にある大聖堂に次いで二番目に大きく、また古い歴史のある教会である。大聖堂は年に数度、収穫祭や建国記念日等の行事でしか公開はされない。

 そんな大聖堂で、仮のものとは言え挙式をするのだ。レオンは初陣に向かった日を思い出すほど、緊張していたに違いない。


 ……式自体は、円滑に進んだだろう。花嫁衣裳のエミリアはとても美しく、まるでヴァレシア教十二神のうちの一神である、美しき女神・シルヴィアのようだと……

 彼女の祖父であるグランマージ伯爵は最前列に、教会が簡易な寝台を用意していた。もう椅子に座らせるのも難しい状態で、この神聖な場には相応しくなかったにしても苦肉の策だった。


「レオン・エクスタード」

「はい」

「エミリア・グランマージ」

「はい」

「神の御前にて、汝らは今ここに夫婦となった。二人の新たな門出に、祝福があらん事を……」


 神の前で、神父がそう宣言し……自らの隣に立つ、純白の花嫁衣裳に身を包み美しく着飾ったエミリアと向き合う。そして彼女を抱き寄せ、自分の外套で彼女を包み込むように。

 その行為は『花嫁を自分の庇護下に置き、一生をかけて守り抜く』と、そんな意味があるそうだ。エミリアは恥ずかしそうにしていたが、婚礼の儀式のうちでも特に大切な事のだからやらない訳にもいかない。

 むしろこれが最後の儀式であり、あとは神父が最後の宣誓を残すのみ。そっと腕を緩めようとした、その時だった。


「ゴホッ、ゴホッ……」


 静まり返っていた教会に、グランマージ伯爵の苦しそうな咳が響く。医者も帯同しており、医者がすぐに駆け寄るが……険しい顔をしている。


「エミ……リア、」

「おじい様……」


 もう力も入らないであろうその手を伸ばす。レオンも伯爵の方を見るが、その瞳からは涙が溢れ筋を作っていた。エミリアの顔を見て、レオンは頷く。行ってやれと、目でそう言ったつもりである。エミリアは、祖父に駆け寄る。

 レオンは神父へ目くばせしたのち、エミリアの後ろに立った。


「おじい様、エミリアはここにおります」

「あのお転婆が、よくこんなにも、美しくなったものだ……」

「おじい様、無理をされては……」


 皺枯れた手が、エミリアの頬に触れ……エミリアが涙をこらえながら、その手に自分の手を添える。

 

「エクスタード公、エミリアを……頼んだ、ぞ……」

「はい、我が命に代えても、必ず」

「貴公らの、式は……この目に、しかと……焼き付けた……。エミリア、どうか……幸せに……」

「……! おじい様、おじい様……!」


 手が、エミリアの頬に触れていた手が力なく落ちてゆく。エルヴィス・グランマージ伯爵はその長い人生に、最後の心残りであった孫娘の花嫁姿を見て安堵したのだろう。

 式は残り僅かであったが、その終了を待たずに彼の命の灯は消える。享年七十八歳と言う、この時代にはかなりの長寿であった。

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