命の灯(1)
「レオン様、エミリア様と晴れてご結婚なさるとか。本当におめでとうございます」
翌日……すでに城下町にはその話が広まっていて、レオンが日課としている教会へ祈りを捧げに行けばすでにアリアの耳にも入っていた。
アリアはまるで自分の事のようにニコニコと可愛らしく笑って、そう祝福してくれるが……レオンはいつものように淡々と返事をした。
「あぁ、ありがとうアリア」
「レオン様……嬉しくないのですか?」
「いや、そういう訳じゃないが……エミリアの気持ちを考えると、両手を挙げて喜べはしなくてな」
「そうですか……」
そう、エミリアは……本当にレオンと結婚したいと思っていたわけではない。いつかはと思ってはいただろうが、それが今とは考えていなかったのだ。
だが、確かに国王が言うように早く跡継ぎも作らねばいけない。それに、レオン自身だって子供は早く欲しい。自分には……アリアは別として兄弟がいなかった事もあり、できれば子供はたくさん欲しいとも思っている。
子供は授かり物だ。欲しいと思ってできる訳ではない。それがわかっているから、特にたくさん欲しいとなれば……母親が若ければ若いほど、多くの子を産める可能性は高くなる。
「ところでアレクさん、素敵なお召し物ですね」
「あぁ、これはレオン様から頂いたんだ。俺、レオン様にお願いして、エクスタード家にお世話になることにして」
「まぁ、そうだったんですね。では、これからはレオン様が教会にいらっしゃる時は、アレクさんもご一緒に来て下さるのですか?」
「多分そうなると思う。……俺も一応ヴァレシア教徒だけど、今まであんまり熱心ではなかったんだ。シスターに文字を教えてもらうついででいいから、教典の事とかも教えて欲しい」
「はい、喜んで!」
アレクとアリアがそう話しているのを見て、レオンは何かを感じ取った。アリアが今まで、異性に対してあんなにも楽しそうに話しているのを見たことがあるだろうかと……
先日二人だけで城下町を回らせたが、その時に二人に何かがあったのかと勘繰る。アリアには言っていないものの彼女の兄として、二人の間に何かがあるのであれば見過ごせない。
後でアレクにそれとなく聞いてみるかと思っていたところで、教会の扉が開く。入ってきたのはエミリアだった。
「エミリア」
「エクスタード家に行ったら、あなたは教会に向かったって聞いたから。……おはよう」
「あぁ、おはよう」
「エミリアさん、おはよう」
「おはようございます、エミリア様。昨日のお話、聞いております。おめでとうございます」
「ありがとう、アリア。レオン、その……結婚の事なんだけど……」
「何かあったか」
昨日のは勢いでした、だからナシで。そんな事を言われるのではないかと内心は気が気ではなかった。だがいつものように冷静を装って尋ねれば、エミリアは真面目な顔のまま思ってもいなかった事を言う。
「式の日取りについてなんだけど、三日以内にできないかしら」
「……三日以内?」
いくらなんでも早すぎる。レオンもそうだが、ともに話を聞いていたアレクもアリアも驚いた表情をした。結婚はしないと言う言葉でなかったのは良かったものの、どうしてそんなに急ぐ必要があるのか。
「えぇ……早ければ早いほどいいわ」
「……もしかして、伯爵の容態に変化があったのか?」
「昨夜私がお城に行っている間に吐血したって……。意識も朦朧として来ているみたいだし、お医者様ももう数日以内には息を引き取るんじゃないかって……」
グランマージ伯爵……エミリアの祖父は、エミリアの花嫁姿を見られない事だけが心残りだと言っていた。何としても祖父に花嫁姿を見せたいのだと、エミリアのその気持ちはレオンにもよくわかった。
しかし三日以内……それも早ければ早い程良いなんで、そんなに急に準備などできないだろう。普通、花嫁衣裳を作るだけでもひと月近い時間がかかってしまう。
だが、五年前にも式を行う予定だった。その時のものが使えれば、あるいは……
「エミリア。五年前に君の花嫁衣裳は作っているはずだ。まだ屋敷に残っているのか」
「えぇ。嫌味たらしく、私の部屋に飾ってあったわ。ちょっとは体型も変わってるだろうし、そのままでは着られないと思うけど……」
「すぐに仕立て屋を呼んで、合わせてもらえ。俺の礼服も、昨夜着ていたのが五年前に着るはずだったものだ。衣装の方は問題ない」
「あとは式場とか、式で出すお料理とかが解決すれば、すぐに式を挙げられる?」
「でも、レオン様とエミリア様の挙式でしたら、王宮の大聖堂を使うのではないですか? さすがに、王宮の大聖堂となるとすぐには……。それに、色んな貴族の家を招待したり……」
「正式な式は後日、きちんと大聖堂で挙げればいい。アリア、明日にでも教会を借りられないか。伯爵をお呼びするだけなら、料理もいらない。花や細かいものはともかく、衣装が何とかなれば……」
「わかりました、神父様に確認してみます」
こうして急遽、レオンとエミリアは挙式の準備に取り掛かることになる。神父から明日の教会の使用の許可も出て、客はグランマージ家の親族とレオンの継母だけ、晩餐会も行わないと言う簡潔な式を挙げる事にした。
エミリアは早速花嫁衣装を直してもらうために屋敷へ戻り、レオンは自らの足で花屋へと向かう。教会に飾るための花と、花嫁が持つための花束を作ってもらうように頼んだ。
アリアにも結婚式には何を準備すればいいかと聞いて、必要と思われるものは全て自分で用意した。花は明日教会へ直接運んでくれると言うが、それ以外の細々としたものはレオンがその手で教会へと運ぶ。
「これで準備は大体終わったか」
「はい。……それにしても、レオン様はエミリアさんの事となると本当に行動が早いですね」
「そうだろうか」
「エミリアさん、初めて会った日にレオン様の事を話してくれたんです。『誰よりも頼れる存在だった』って。あと『とにかく私に甘い』って……」
「そうか、エミリアがそんな事を」
「はい、だから俺、エミリアさんの婚約者ってどんな人なのかなって思ってたんです。ご本人にお会いしたら男の俺が見てもめちゃくちゃ格好いい人だったから、そりゃエミリアさんもレオン様から離れられないよなって納得しました!」
アレクが熱く語る。自分の事をそんなにも熱く語られると、流石に照れると……珍しくレオンがそんな表情をしたせいか、お茶を持ってきてくれたアリアが微笑んでいた。
「レオン様もそんな顔をされるんですね」
「からかうな……」
「ふふ、からかってなんていませんよ」
「先日シスターと一緒に城下を回った時に、シスターからもレオン様の話をたくさん聞きました。その話を聞いたら、俺もレオン様みたいな格好いい男になりたいって憧れちゃって」
「……何を話したんだ、アリア」
「内緒です」
アレクとアリアが顔を見合わせて笑う。先ほどアレクにアリアの事を聞こうと思ったが、この様子だと……この二人に何かがあったと言う事はないかもしれないと、少しばかり安堵する。
「でもいいんですかレオン様、従者の俺が同じ机で一緒にお茶を頂いて。普通、従者と言ったら主人の後ろで立っているような、そんな印象なんですけど」
「君は確かに私の従者としたが、エクスタード家の専属と言う訳ではない。半分は冒険者なのだし、私もあまり堅苦しく形式ばったものばかりだと疲れてしまう。君も私の事は主人ではなく、友だと思ってはくれないか。楽にしてくれればいい」
「レオン様はお優しいなぁ……。そういう所が、きっと人気の秘密なんだろうけど」
そういいながらアレクは、アリアの持ってきたお茶を口につけた。いい意味で、よくしゃべる男だ。自分は口数が少ない自覚はあるし、彼のように明るくはない。アレクはレオンに惚れたと言ってくれたが、むしろ彼の人懐こい性格は羨ましく思う。
「そういえば、レオン様ってエミリアさんの前では俺って言うんですか」
「うん? それがどうした? 公私は使い分けているとは思うが」
「私も思いました。朝、エミリア様がいらっしゃった時に言っていたから……。エミリア様の前だけでは、きっと特別なんだろうなって。すてき……」
エミリアがいても、彼女と二人きりでなければ使わないようにしているが……今朝はついうっかり言ってしまったのかという事か。完全に無意識だったが、一人称の使い分けくらいでそんなにも特別な事かと……
だが、思春期真っただ中のアリアは『特別』と言うのは憧れるものなのだろう。好きな男ができて、その男が自分だけを特別扱いしてくれたら……きっと、些細な事でもその『特別』は少女には嬉しい事なのだ。
「エミリアには、そんな事言われたことはないが……」
「きっと、エミリアさんも嬉しいと思います! だって、レオン様が自分にだけ『公私』の『私』の部分を見せてくれるんですよ!」
「そうです! レオン様は、もう二年もご一緒させて頂いているのに、私にだって『私』は見せてくださいません!」
「そんなに、責める様に言わないでくれ……」
アレクとアリアにそう矢継ぎ早に言われ、レオンは少しばかり参った。アリアもアレクと出会って、少し変わったと言うか……前はこんなに自分の意見をぶつけてくれる子ではなかったように思う。
幼い頃の自分のように……我慢を強いられて、文句も言わずに従っていたような。教会と言うある意味で抑圧された場所で育ったアリアは、のびのびと自由に育ったアレクに感化されたのかもしれない。
先ほどまで、二人の間に何かがあるのかないのかと心配もしたが、もしもこの二人が想い合うようならそれも良いと意見が変わった。むしろ、アレクのような素直な裏表のない男なら、アリアを任せても問題はないと……
もちろん、二人がそういう関係になるのかならないのかは、知り合ったばかりだしこれからだろうが……