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謹慎と舞踏会(3)

「魔力を消耗しすぎると身体の方にも負担がかかって、どうも身体に力が入らなくなる。魔力を外から補充する事はできるけど、それで身体への負担は回復させられない。あまりに負担が大きすぎると倒れる事もある。エミリアは無茶するから、そういう点では心配だ」


 その話を聞いたのはいつの事だったか……エミリアが国を出る直前の話だっただろうか。レオンは親友でもあるエミリアの兄に魔法の事を、魔術師の事を色々と教えてもらっていたのだ。

 それは魔術師を知ることで、エミリアの事を知れると思ったから。そして、これから国を出ようと計画しているエミリアを、自分の目の届かないところでどうやったら守ってやれるのかと……


「無茶ばかりしないでくれ、エミリア……。君を見ている人間は、昔からここにいるだろう? 俺だけじゃ不満か?」


 そもそも、エミリアがこんなにも無茶をするようになったのは兄エドリックへの劣等感が原因だろう。年が五つ離れているから、幼いエミリアにはできないが兄にはできる……そんな事もたくさんあっただろうし、何よりエドリックは天才だった。

 努力せずとも一流の魔術師となり、十五歳で宮廷魔術師団へ入団。そんなエドリックは当然両親の寵愛を受けていた。

 エミリアが愛されていなかった訳ではない。彼らにとってはエドリックもエミリアも同じように愛していたつもりだろうが、エミリアはそう感じていなかった。


『お父様もお母様も、お屋敷の使用人達だって、みんな兄様の事ばかり』


 レオンはエミリアから、何度そんな言葉を聞いた事か。だからこそ、負けず嫌いのエミリアは無茶をする。兄に追いつくために、兄を超えるために……そうすれば、みんなが自分を見てくれる。

 少女は愛に飢えていたのだろう。だからこそ、レオンは彼女に愛を注いできた。愛されたいと願う少女を、その望みを叶えたくてなんでもしてきたと言うのに。

 所詮は他人なのかと、悲しくもなる。


「ん……。レオン……?」

「起きたか」

「ここは……」

「君が借りている宿の部屋だ」

「……私たち、生きてるのね」

「あぁ」


 レオンは目覚めたエミリアを、優しく叱った。抱きしめながら、エミリアが自分の腕の中にいる事を確かめる。

 口づければ、エミリアはそれを拒みはしない。むしろ、その口づけはエミリアの方からもそうしたかったと言っているようで……

 レオンが、そしてエミリアがヴァレシア教の信徒でなければ間違いなく一線を越えていただろう。未婚男女におけるそう言った行為は重罪だと知っているからこそ、レオンは理性で踏み止まった。


「……エミリア、君は……また旅に出るのか?」

「え……?」

「もう冒険者は辞めて、俺のそばにいてくれないか」

「レオン……」

「君が傷つくのも、君の無事を祈る日々を過ごすのも……もう耐えられない」

「……」

「俺はこの五年、君の帰りを待った。やっと帰ってきたと思えば、無茶なことをする。君が望むならとあの日屋敷を抜け出す手引きはしたが、本当は俺の腕の中に閉じ込めておきたかった」

「レオン、ごめんなさい。私は……」

「愛してる、エミリア。……頼む、そばにいて欲しい」

「まだ……戻ってくる気持ちにはなれない。私はもっと、自分のこの力を世のため人のために使いたい。それが私の生き甲斐なの。お願いレオン、許して……」


 エミリアの気持ちは固い。エミリアだって、レオンの事が好きなはずだ。だから口づけにも応じてくれるし、抱きしめればその手を背に添えてくれる。

 だが、まだ結婚はしたくないと言う。彼女はまだ、偉大な兄を超えられていない。兄に肩を並べられてもいない。だからまだ、足を止める訳にはいかない。


「……そうか。君の気持ちは分かった。……俺は戻る。ゆっくり休むと良い」

「レオン」


 エミリアから離れ、レオンは立ち上がる。もう『待っている』とは言えそうにない。例えどこかの令嬢なり、王女なり……エミリア以外の女性と結婚したとしても、エミリアが生まれてから二十二年もの間、ずっと彼女を愛してきたのだ。

 その愛は永遠に変わらないと、レオンは思いながら背を向ける。名を呼ばれたが、振り向くわけにはいかない。弱い顔を、エミリアにだけは見せたくない。

 扉に手をかけ、部屋を出て外へと向かえば……宿に併設された酒場で、アレクが食事の最中だった。


「アレク、エミリアの目が覚めたから私は戻る。彼女も腹を空かせているだろうから、後で何か食わせてやってくれないか」

「わかりました! あれ、レオン様も食事はまだだって言ってましたよね? だったらエミリアさんと食べれば……」

「もう戻らねばならぬ時間だ。エミリアの事は頼んだぞ」

「わかりました!」


 何も知らないアレクは明るく。彼くらい明るく振舞えればどれだけ良いかと、レオンは思う。宿を出て、出たところでこぶしを握り街道沿いの木を殴った。物に当たるなんて大人げないが……何かに当たらなければやりきれない。

 幼い頃から次期公爵、次期騎士団長として育てられた。その名に恥ずかしくない振舞をと言われ、色んなものを我慢してきただろう。


「家名が、騎士団が……私の人生は、一体なんだと言うのだ」


 明日など来なければいい。レオンはそう思う。いや、できる事なら……まだ幼かった日々に、まだ何の重圧もなく、ただエミリアと共に過ごしていた頃に戻れたらいい。

 迫りくる現実から目を逸らしたいと、そう思っても時間は平等にただ過ぎる。レオンはエクスタード家へ戻って事の成り行きを継母へ伝えたが、彼女はレオンを咎める事はなかった。

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