謹慎と舞踏会(2)
「陛下、申し訳ございませんでした。レオン・エクスタード、ただいま帰城いたしました」
「……どの顔を下げて戻ってきたのだ、レオンよ。貴公は私との約束を忘れたのか」
「いいえ、忘れたことなどありません」
「ではなぜ、許可も取らず勝手に谷へ向かった」
「陛下もご存じの通り、私はグランマージ伯爵の孫娘と婚約しております。彼女が一人で谷へ向かったと聞き……居ても立ってもいられなくなりました。どうかお許しください」
「エミリア・グランマージか……。数年前に、失踪したのではなかったか」
「つい先日、戻ってきました」
「そうか。では、貴公もようやく結婚か」
「いえ、それは……」
エミリアがレクトから姿を消した当初から、国王は早く違う女を娶れとレオンに口うるさく言ってきた。レオンはエミリアへの想いを違えることはせず、独身を貫いてきたのだが。
二年前に父親が亡くなって以降は、顔を合わせるたびにやれ結婚やれ跡継ぎをと言われたものだ。王家の右腕であるエクスタード家の血を絶やさぬため、国王がレオンに早く結婚して跡継ぎを作るように言うのも当然の話ではあるのだが……
レオンの国外への遠征を禁じたのも、跡継ぎがいない状態でレオンが戦で倒れるのを防ぐためのものであった。レオンも当然それはわかっていたし、それで国王の気が済むのならと言いつけを守ってきたのだが。
「なんだ、エミリア嬢が戻って来てもなお結婚はしないと申すか」
「彼女にその気があるのか……」
「ふむ。貴公はあくまでもエミリア嬢の意思を尊重するという事だな。相分かった」
「陛下……?」
「まずは今日私との約束を破り、騎士団の仕事も放棄し谷へ向かった事に対する処分は一か月間の謹慎とする」
「……承知しました」
「そして明日の夜、舞踏会を開く。謹慎中の貴公は騎士団の仕事である警備ではなく、エクスタード公として参加せよ」
「お言葉ですが、私は舞踏など……」
「エミリア嬢が失踪するまでは、彼女と踊っていただろう。なに、暫く踊っていないとは言っても、身体が覚えているものだ」
「……」
「ただの舞踏会ではないぞ、貴公の結婚相手を決めるための会だ。国内の貴族たちを大勢招待する。もちろん、グランマージ家もだ。エミリア嬢が来城するようであれば、貴公はエミリア嬢と結婚すれば良い」
「来なければ……」
「もう婚約など破棄してしまえ。結婚相手は、来城する貴族の令嬢たちから選べ」
「気に入る娘がいなければ……」
「その時は、第三王女のアントニアをやろう。アントニアも今年で十八だ、相手が貴公なら申し分はない」
「陛下! それは……」
「勘違いするな、公爵。これは国王としての命令だ。断ることは許されん。早く結婚せよ、跡継ぎを作れと、貴公へは何度も言ってきたではないか。跡継ぎも作らぬまま危険に飛び込む貴公に、いつまでも寛大ではいられぬのだよ」
「……陛下にまでいらぬ心配をさせてしまい、申し訳ありませんでした。明日の事も……承知しました」
「うむ。では下がってよい」
王のいる部屋を出て、まさかこんな事になるとはと頭を抱えた。一か月の謹慎は想定していた処分であったが、翌日に結婚相手を決めるため舞踏会を開くなどと。
エミリアが来てくれるなら、それでいい。だが来なければ……? 当然、レクトに住む貴族たちの令嬢はレオン目当てでやってくるだろうが、そんな彼女たちと結婚する気などさらさらない。
誰も選ばないと言うのなら王女と結婚せよなど、横暴もいいところだ。王女を嫁にもらうなど、公爵家としては名誉以外の何物でもない。もしも王女を娶る事になれば、特に何か戦果を挙げたわけでもないのに……国王が言った通り、断る事の出来ない結婚である。
「団長、陛下はなんと……」
「一か月の謹慎処分だ。私が謹慎している間、騎士団は任せたぞ」
副団長が声をかけてくる。内心は冷静でなどいられない状態だったが、レオンはあくまで冷静を装った。
レオンはそのまま、王宮内の私室へは向かわず城を出る。城下町を歩いて、エミリアがとっていた宿へ向かった。
「あ、レオン様」
「アレク、エミリアは」
「まだ目を覚ましません」
「そうか……君も疲れただろう。エミリアの事は私が見ているから、食事をとって休むと良い」
「ありがとうございます。俺、腹ペコだったんです。レオン様は、食事は?」
「まだだが大丈夫だ」
「そうですか。……レオン様、少し聞いて欲しいんです」
「なんだ?」
アレクは眠るエミリアがいつ目を覚ましても良いように、ずっとそばにいてくれたようだ。先ほどまではなかった包帯も、エミリアの頭に巻かれている。きっと、エミリアから紋章は隠すものだとそう聞いていて、彼なりの配慮だったのだろう。
「俺……レオン様に惚れました。冒険者になろうと思って王都に出てきたけど、あなたにお仕えしたい」
「アレク……」
「俺は騎士ではないし、身分も低い。文字の読み書きだってできません。でも、弓の腕は中々いいと思うんです。だからきっと、レオン様のお役に立てると思います!」
「君の気持ちはありがたい。だが、我が家は公爵家とは言っても裕福ではない。入ってくる金は多いが、それ以上に出ていく金も多くてな。領地の事は叔父に任せきりだが、年々人手を削っているとも聞く」
「だめですか」
「王都での日々は平和だ。君の弓の腕も活かせない。まともに給金も払えないかもしれない。私に仕えたいと、その気持ちだけではやっていけないぞ」
「……じゃあ冒険者の登録もしたし、俺は冒険者も頑張ります。王都近辺での依頼をこなして金を稼ぎながら、レオン様の従者をやらせてください」
彼の目は真剣だった。冒険者になる人間は名を上げたいと言う野望を持つものも多いのだが、アレクはそうではないらしい。
名を上げれば、どこかの領主が自分のところに来て欲しいと声をかける事だってある。アレクの弓の腕が中々にいい事はレオンも自分の目で見ているし、彼なら割とすぐそんな未来にたどり着く事だってできるだろう。
だが、彼はあくまでレオンに仕えたいと言ってくれるのだ。こんなにも嬉しい事はあるだろうかと……男が男に惚れるという事は、そうそうある事ではない。
「わかった。明日からエクスタード家に来るといい。歓迎する」
「ありがとうございます!」
レオンとアレクは握手をし、アレクは嬉しそうに笑った。そうすると彼の腹の虫が音を立てて、少し恥ずかしそうだ。そういえば腹ペコだったんで失礼しますと、アレクはそういって部屋を出る……
レオンはエミリアが眠る寝台の隣に置いてあった、先ほどまでアレクが座っていた椅子に腰かける。昔、エミリアの兄であるエドリックに言われたことを思い出していた。