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謹慎と舞踏会(1)

 一人で谷へ向かったと思われるエミリアを追って、アレクと二人北へ向かって馬を走らせる。馬車で三時間くらいかかる道のりは、さすがに全力疾走では馬の体力が持たない。急ぎたいのはやまやまだが、軽く走らせながら向かった。

 谷へ着けばすでにエミリアと飛竜の一騎打ちの最中だったが、持久戦になっていたのだろうか。魔法を何発も使ったのかエミリアは足元がフラフラとしているように見えた。

 飛竜がエミリアに向かって火を吐き、炎が彼女を焼いてしまう前にその間に滑り込む。魔法をかけて熱にもずいぶんと強くなった大盾が役に立った。

 ……飛竜を倒すために、エミリアの額へと紋章を描いたのは他の誰でもなくレオン自身。エミリアはその大きすぎる力を使った代償に魔力が切れ、意識を失う。その身体をレオンは支えながら、エミリアの魔法を食らった飛竜の方を見た。

 光の矢が貫通し、翼は穴だらけとなっている。あれではもう空を飛べないだろう。だが、飛竜はまだ生きていた。あの大きな体で地上を這い、その爪で引き裂く事も巨大な牙で噛みつく事もまだできる。その体力があるのかは、別だが……


「アレク、エミリアを頼む」

「レオン様は……」

「折角エミリアが、あの飛竜をあそこまで弱らせてくれた。奴は父の仇でもあるんだ。私がとどめを刺す」


 レオンはエミリアをアレクに預けると、大盾を左手に持ったまま一歩一歩と飛竜に近づく。大盾を持ったのは、炎の息がまだ来るかもしれないと言う懸念があるからだ。実際にはもう、飛竜にそんな体力は残っていなかったのだが。

 飛竜はシャーと大きく鳴いて、近づいてくるレオンを威嚇しているようだった。だが、既に地に落ちた飛竜など、レオンの敵ではない。


「父の仇……!」


 レオンが持ってきた剣は、片手で振るうにはいささか大きすぎただろう。だが、レオンは見た目以上に力は強い。豪快に振り上げ、飛竜の喉元に突き立てた。

 首に太い血管が通っているのは、人間もドラゴンも同じだ。突き刺したその剣を抜くと、どす黒く生暖かい血液が豪快に噴き出す。レオンの美しい金色の髪も整った顔も、白銀の鎧も……全身にその返り血を浴びた。

 同時に飛竜が倒れる……。どすんと大きな音と共に、砂埃が舞った。


「父上……無念は晴らしました」


 レオンは表情すら変えぬまま、そう呟いて。あとは父の形見でもある、エクスタード家の宝剣『エルサフィ』を探さなくては。もともとは数代前の当主が、当時の国王より下賜されたものだと聞いている。


「アレク、私は剣を探す。少し待っていてくれるか」

「は、はい」

「……待っている間に、この飛竜の鱗でも剝いでいると良いだろう。傷のついていないところだ。高値で売れるぞ」

「はぁ……」

「あと、髭だ。竜の髭を使った弓の弦は丈夫だと聞く。目玉なんかも高値で取引されているが、さすがに持ち帰れないな」


 レオンは冗談を言うように、少し笑いながら言いながらその場を離れ……少し奥へ行ったところで、洞穴のようになった窪みの近くで地面に突き刺さっているのを発見した。以前に来た冒険者……生きて帰ってくることは叶わなかったが……が、そうしたのだろうか。

 剣は二年前、父が飛竜に頭を食われた時にその手からポロリと落ちた。こんな風に突き刺さっていた訳はない。


「……これを取り戻すために、何人が犠牲になったのか……。すまない、名も知らぬ冒険者達よ」


 地面に突き刺さった剣を抜く。流石に二年間雨風に晒されていただけあって、朽ちてしまっているようだ。研いで磨いて、どこまで修復できるかはわからないが……持ち帰った後は贔屓にしている鍛冶屋へ持ち込むべきだろう。

 レオンは引き返す。鱗を剥げと言うのは冗談のつもりだったのに、アレクは動かなくなった飛竜から何枚か、丁寧に鱗を剥いでいた。


 それから、エミリアを抱き馬に乗り城下町への帰路を辿る。レオンは全身に返り血を浴びていたので途中川に寄り、髪と顔、鎧の血を拭った。綺麗になったとまでは言えないが、幾分かはマシだろう。

 城下町へ戻った後は、まずはアリアの待つ教会へ。レオンとアレク、そしてエミリアの無事を知れば安堵したアリアは泣いていた。父親が亡くなったあの遠征以来、レオンは戦場とは無縁だったのだが……心配してくれる人が待っていてくれる事は、とてもありがたいと言う事を思い出す。

 そういえば、レオンが遠征に行くと戻って真っ先に迎えに出てきてくれるのはエミリアだった。怪我はしてないかと聞かれ、問題ないと言えば良かったと笑う姿を愛おしいと思ったものだ。

 アレクにエミリアを宿へ連れて行ってもらい、自分はエクスタード家へ。鎧を脱ぎ、身なりを整えてから王宮へと戻れば……騎士団が今から出陣するのかと言う状態だった。


「副団長、これは」

「団長!? よくぞご無事で……! 我々騎士団も、出陣の準備をしておりました! 陛下の許可が中々下りず、こんな時間になってしまいましたが……」

「そうか。私の助けになろうと思ってくれたのだな。皆、感謝する。この通り、私は無事だ。心配をかけた事を謝ろう」

「団長……その、お戻りになられたという事は……」

「あぁ、宝剣『エルサフィ』も取り返した。飛竜も……父の仇も討った。連れが奴の鱗を剥いでいたから、あとで皆にも見せよう。『エルサフィ』は状態が悪い。明日にでも、鍛冶屋に持っていく」

「はい。……団長、ご無事なお姿を陛下に……」

「わかっている」


 もうすっかり日は落ちて、王は今頃食事を終えた頃だろう。酒でも飲みながら、王妃や王子王女と歓談しているかもしれない。

 城の使用人達が慌ただしく動いているのを横目に、レオンは王族が日頃食事をとっている広間へと向かう……思った通り、国王は部屋で家族と共にくつろいでいるようだった。

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