アレックス・ダンドール(1)
アレクの父親は名うての狩人だった。父の父も、そのまた父も、彼の家は代々狩人でアレクも小さな頃から弓矢の訓練をさせられていた。
父の大きな背中を追いかけ、夢中で弓を射る。上手く的を射ることができた時は本当に嬉しかった。父の大きな手が、頭をなでてくれる。母は笑顔で褒めてくれる。幸せな家庭で育ったと言えるだろう。
そんな幸せな日常が音もなく崩れたのは、アレクがまだ十歳の頃。その日、アレクは祖父と共に隣の集落へ出かけていた。隣の集落とは度々交流があり、祖父と共に出かけるのはよくある事だったのだが……朝早くに家を出て、二時間ほどで隣の集落へ。昼過ぎには集落を出て帰路へと向かう事となっていた。
さて、そろそろ帰るかと祖父が腰を上げた時、自分たちの住む集落の方から灰色の煙がもくもくと上がり始め……火事でもあったのかと、急いで戻れば集落は悲惨な事になっていたのだ。
集落は山賊に襲われ、その山賊達はすでに去った後。ひどい怪我を負いながらも生き延びた住民に話を聞けば、山賊達は斧を片手に男たちを襲撃しては、金品や女子供を攫っていったという。
アレクの父親は、弓を持ち勇敢に戦っていたと聞かされた。だが、そんな父親は腕を切断された状態で池に落されており……当然、既に息はない。母親は妹のアシェルと共に山賊へ連れて行かれたらしい。
「じいちゃん、母さんやアシェルだけじゃない。村の女子供はみんな連れて行かれた。みんなを助けないと」
「それはそうだがアレク、今まともに動ける男はわしだけだ。わしもまだまだ狩人としては現役だが、多勢に無勢のこの状況で山賊達には勝てん」
「俺だって戦える! 最近、弓の腕前だって……」
「お前みたいな子供が、人間相手に弓を向ける必要はない。鹿や鳥を相手にするのとはわけが違うんだ」
「でも……」
「すぐに援軍を呼ぶ。金を払って、冒険者達に助けを求めよう」
アレクは祖父と共に、隣の集落へ向かう道をまた二時間かけて戻った。アレクはそこで幼馴染の家に預けられたが、祖父は金を持って街へ出て、いかにも強そうな男たちを何人か引き連れて戻ってくる。
そうして隣の集落の男たちも含め、三十人ほどは山賊の拠点へと向かっただろうか。祖父らは無事に山賊達を討ち、女子供も戻ってきた。ただ、アレクの母親を除いて……
「じいちゃん、母さんは」
「すまないアレク、お前の母親は救えなかった」
「どうして」
「わしらがやつらの拠点についた時には、もう……」
「そんな……」
「お兄ちゃん……!」
妹のアシェルがアレクに抱きつき、わんわんと泣いている。母の死を目の前で見せられたまだ六歳の少女の不憫な姿は決して忘れられないだろう。
母は気の強い女性だった。山賊達に連れ去られる際に必死に抵抗し、山賊達への侮蔑の言葉を吐き、それで怒りを買って見せしめのように殺されたらしい。
それからは妹と2人、祖父母に育てられた。凄惨な事件から十年、十六歳になったアシェルはアレクの友人でもある集落の男と結婚して幸せに暮らしている。
二年前に祖母は亡くなっており、例の魔物を狩ろうと森へ入った祖父も返り討ちに遭い変わり果てた姿で見つかった。アレクはもう、一人で生きていくしかないのだ。
「でも、いいの? もし冒険者になるんだとして、ご家族は反対しない?」
「俺にはもう、家族はいないんで」
「あ……ごめんなさい」
「いや、大丈夫。あ、それに家族はみんな死んだんじゃなくて、妹はいます。でも、妹はもう嫁に行ったから」
「そう……」
魔物を狩りに行って、偶然知り合った女冒険者。名前はエミリア。たまたま魔物を氷漬けにしたところを見たが、魔法と言うものに縁がなかったアレクにも、かなり高度な術者だという事はすぐに分かった。
そんな彼女と共に、アレクはレクト王国の王都へと向かっていた。森を抜け少し行ったところに、アレクの育った集落から比べれば大きな村がある。そこから馬車に乗っているのだ。
アレクには、今まで王都なんて縁はなかった。レクト王国に住みながら、王様の名前は辛うじて知っていても顔は知らない。王都に行った事もないから、どんな場所かも知らない……
この少し大きな村でさえ、住んでいる集落と比べると人が多く賑わっていると言うのに、その何倍も繁栄していて人が多いなんて想像もできないのだ。
「エミリアさんは?」
「えっ?」
「家族……冒険者になる時、反対はされなかったんですか?」
「反対も何も……私は家を飛び出したの。私が冒険者になってるなんて、家の人間は知らないわ」
「えぇ!?」
「いえ……最近ちょっと名前は知られてるから、もしかしたら知ってるかも」
「そうじゃなくて、飛び出したって……」
エミリアは驚くアレクを見て、クスクスと笑う。なんだかからかわれた様で、アレクはムっとした。
そんなアレクを見て、ごめんねと言いながら眉を下げる。そして、ぽつりと呟くように言うのだ。
「……聞いてくれる? 私の身の上話」
寂しそうに言うエミリアに、アレクは頷く。エミリアは言葉を選ぶように、ゆっくりと話し出す。