レオンの依頼(3)
「やべ……こんなに遅くなっちまって、エミリアさん怒ってるかも」
そう思いながら衣服を整えていると、ふと見慣れない紙が置いてあることに気づく。何か書いてあるが、だから俺は文字が読めないんだよと……
とりあえずその紙を持って隣の、エミリアの泊まっている部屋の戸を叩くが、返事がない。もしかしたらこの紙はエミリアの置手紙で、どこかに行ってくるというような事が書いてあるのかもしれない。
なので、宿の主人に読んでもらうようにお願いする。その内容はひどく簡単なものだった。
『ちょっと出かけてくるけど、夜までには戻るから心配しないで』
やはりエミリアの置手紙。だが、その内容を聞いて、アレクは思い出す。夕べ、エミリアにレオンの依頼の事をうっかり話してしまった事を。
そして、それを聞いてエミリアの態度が一変した事を。置手紙に行き先が書いていないことからも、恐らく……
急いでエミリアの泊まっている部屋に戻って、ためらいなく扉を開けば……やはりあるはずのものがない。旅には必需品である、携行用の腰袋。それに彼女の武器でもある魔導書。どちらも昨日、レオンと共にグランマージ家へ行くと行った時には持っていなかった。よくよく部屋を見れば、彼女の外套がない事にも気づけただろう。
外へ出て戦う必要がなければ持っていく必要のないものが、部屋にない。つまりは、ただの外出ではない……昨日ギルドで思った通り、エミリアは飛竜退治へと向かった。
「エミリアさんが危険だ……! レオン様へ知らせないと」
とは言っても、一人でレオンのところまでは行けそうにない。アリアのいる教会までの道は覚えていたので教会へ向かい、挨拶もろくにせぬままレオンの元へ連れて行ってくれと頼む。
アレクの剣幕にアリアは驚いていたが、エミリアが一人レオンの依頼をこなそうとして飛竜退治に向かったと思われる事を伝えれば、アリアもそれは一大事だと。
「でも、レオン様は……今日は騎士団のお仕事で王宮にいらっしゃるから……」
「じゃあ、王宮に連れて行って欲しい! どうにかしてレオン様に会って、エミリアさんの事を伝えないと……!」
「わかりました」
アリアに道案内を頼み、急いで王宮へ。当然門前払いを食らうのだが、アレクは門番に必死に食らいついた。
「王宮に入れてくれって言ってる訳じゃない! 騎士団長の、レオン様にお会いしたいんです! どうしても、伝えなければいけない事があって……」
「私からもお願いいたします。緊急事態なんです!」
アリアと二人、そう必死に頼み込む。最初は聞く耳を持たない門番であったが、ちょうど交代の時間で城の中へ戻る時間だと、城内へ戻り次第要件をレオンに伝えるから待っていろと言ってくれる。
「騎士団長殿に、何を伝えれば良いのだ」
「エミリアさんが、いなくなったと……。恐らくは、一人で北の谷へ向かったんじゃないかと……そう、伝えてくれませんか」
「エミリア? どこかで聞いた名だな……相分かった。しかし、騎士団長殿が出向いて下さる保証はないぞ」
「レオン様は、絶対に来てくださいます。どうか、一刻も早くお伝えください」
アレクは生きた心地がしない。本当なら、レオンに頼らずエミリアに伝えてしまった自分がどうにかしなければいけなかった。だが、情けないが土地勘がなく飛竜の巣食う谷へどう行けば良いのかもわからないし、一人で……エミリアと二人であっても飛竜を倒す自信もない。
しかし、レオンを呼んだところで……彼もまた、国王に遠征を禁じられていると言うし、そして今日は非番ではないため騎士団長として成さねばならない事もあるだろう。
だが、その心配は杞憂だった。先ほどの門番の言葉を聞いて、レオンは文字通り飛んできた。国王の命も、騎士団の仕事も放棄して。
「エミリアが谷へ向かったというのは本当か」
「わかりません。でも、俺……昨日、レオン様がギルドに出している依頼の事を、エミリアさんに口走ってしまったんです。そして今日、魔導書と共にエミリアさんの姿が見えない……この書き置きを残して、どこかに行ってしまった。谷へ向かったとしか考えられません!」
「……アレク、君は馬に乗れるか」
「え? はい、一応」
「うちの馬を一頭貸すから、君も来てくれ。これは私自身の事であって、騎士団は出せない。が、戦力は一人でも多い方が良い」
「わ、わかりました」
「アリア、君は教会へ戻って私たちの無事を祈っていてくれないか」
「レオン様、アレクさん……どうか、ご無事で」
「アレク、行くぞ。着いてこい」
レオンは至って冷静には見えたが、きっと内心気が気でなかったのだろうと……アレクが後に振り返ればそう思うのだが、この時はレオンがひたすらに格好よく見えたのだ。
愛する女性のために、迷わず何もかも投げ打つのはまさに騎士の鏡ではないかと……。実際のところは、国外への外出はするなと言う国王からの命令違反に職務放棄……であるのだが。
アレクはエクスタード家の馬を借り、そして一度宿に戻って弓矢を取ってくる。こんな予定ではなかったから、矢は残り四本しかない。たったこれだけの武器で自分が行って役に立つのだろうかと思うのだが……エミリアが谷へ向かった責任は自分にある。
アレクが宿に戻っている間に、レオンもレオンで装備を整えていた。白銀の鎧に、身体の半分ほどの大きな盾。長い刀身の剣は騎士の証でもある。
「アレク、行くぞ」
「はい!」
レオンが馬の腹を軽く蹴ると、馬は走り出す。アレクも同じように馬を駆けさせ、二人は城門をくぐり一路北へと向かった。