アリア・ティルスト(4)
レクト王国、いや……このウルフエンド大陸ではヴァレシア教と言う宗教が多く広まっている。アリアの暮らす聖ヴェーリュック教会もヴァレシア教の教会であり、レオンもまたヴァレシア教の敬虔な信徒であった。
アリアとレオンの交流が始まる。レオンは自分の事は兄だと思ってくれとアリアに言って、アリアもまたレオンの事を兄と思って慕っていた。
そうして、しばらく時が流れて……アリアの母が、病に倒れた。最初はちょっとした風邪だと思っていたが次第に体調が悪くなっていって……レオンがエクスタード家お抱えの医者を呼んでくれたりもしたが、治療の甲斐なくこの世を去ってしまったのだ。
「アリア、ポーラの事は残念だった」
「はい……。ですが、母は安らかな顔をしていました。レオン様がお医者様に診せてくださったから、きっとあまり苦しまずに逝けたのだと思います」
「……」
医者に診せるとなると、その費用は高額だ。教会でもある程度の治療や投薬ができない訳ではないが、いわゆる薬草を煎じたりと言った民間療法のようなものである。医者が調合する薬のほうが効きは良いし、やはり医療を専門とする者の方が処置は適切だ。
だが庶民には治療費はとても払えない……庶民は病気になっても民間療法でごまかしながら、人間が備える治癒力で病気と闘ってきた。
アリアの母の場合、レオンが医者を呼んだ上に治療費は全て彼が支払ってくれたのだ。病で死ぬ庶民は皆、苦しみの末苦悶の表情を浮かべて死んでゆくが……彼女の場合は庶民の最期とは思えない程、安らかな死であった。
「アリア、無理をするな。泣きたい時は泣くと良い」
「レオン様……」
「私の胸でよければ、いくらでも貸そう」
「うっ、うぅ……」
どうしてこの人はこんなにも優しいのか。母が昔、レオンのそばで働いていたと……自分がその子供だから、優しくしてくれるのはそれだけなのかと思わない訳ではない。
だが、今はレオンの優しさがただ有難い。まさかレオンに胸を借りる事になるとは思ってもいなかったが、アリアの涙が落ち着くまで優しく抱きしめ頭を撫でてくれていた。
後から思い出すと恥ずかしい事この上ないのだが、その時はそうするしかできなかったのだ。
母が亡くなってからもレオンは非番の日には教会を訪れ、祈りを捧げてゆくという生活を変えることはなかった。それどころか、母が亡くなった後からは食事に連れて行ってくれたり、外出に誘ってくれたりと……そういう機会も増えた。
「レオン様って、アリアの事好きなんじゃないの?」
「そ、そんな事あるはずない! だって、レオン様は許嫁のエミリア様の事をずっと想っていらして……」
「じゃあ、どうしてそんなにアリアの事を気にかけてくれるのかしら」
「私にもわからないの。でも、レオン様の厚意を断ることはできないし……それに私も、レオン様の事はお慕いしているから嫌な気持ちではないの。あ、異性としてじゃなくて、人間としてよ」
「どっちでも良いけど……。でも、アリアが今こうして元気でいるのはレオン様のお陰ね」
「うん、そうだと思う。お母さんが亡くなって、私は一人だから……。レオン様が気遣ってくれて、本当に感謝しているの。一人じゃないって、そう言ってくれているような気がして……」
二つ年上のシスターと、そんな話をする。思えばレオンも父を亡くしてから、本当の意味で家族と言える人間はいなかった。
継母、親戚、友人、従者・部下……彼の周囲にはたくさんの人がいるが、肉親はもういない。本来であれば妻であったはずの、エミリアもいない。
アリアの気持ちがわかるからこそ、優しくしてくれるのだろうか。アリアはそんな風に思っていた。
そして交流は、それから二年経った今でも同じように続いている。幼い憧れを恋と思った日もなかったわけではない。レオンの厚意を好意と勘違いした事だってないとは言わない。
だがエミリアと再会し、普段は感情を表に出さないレオンが嬉しそうにしていたのを見て、やはり彼の心はあの時もずっとエミリアにあったのだと……アリアはそれを嬉しく思うのだ。
「アレクさん、お待たせしました。参りましょうか」
「あぁ、よろしく」
アリアは先導し教会の扉を開ける。心地よい快晴が、青い空が広がっていた。