味は濃ければ濃いほどいいらしい
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30分ほどのウォーキングを終え、俺たちはマンションに帰ってきた。
「いやー、この時間に運動するっていうのも中々いいものだねえ。身体がいい感じに仕上がってる感覚があるよ」
よっ、と軽快な掛け声とともに静が俺の背中から降り、そんなことを言い出す。背中から重荷が消え、身体が羽のように軽くなった。
「お前、それはギャグで言ってるのか?」
「いやいや、しがみついているのもれっきとした運動だよ」
「途中寝てたけどなお前」
訳の分からない理論を展開し、静は自慢げな表情を浮かべる。普段部屋から出ないひきこもり生活をしているコイツからすれば、誰かの背中に乗っているだけでもハードな運動だったりするんだろうか。考えるまでもなくそんな訳はない。コイツは外で睡眠していただけだ。
「でもホント、何だかすっきりした気分よね」
「…………確かに。これなら続けてもいいかも」
ひよりんの呟きに真冬ちゃんが続く。静という重りを背負っていた俺と違い、二人はただ歩いていただけなので汗をかいていたりはしないものの、いい感じに身体のエンジンがかかったみたいだ。
「流石にこれくらいじゃ痩せたりはしないでしょうけれど、徐々に負荷をあげていきましょう」
「そうですね。いきなりハードにしても怪我の元になりますから、それがいいと思います」
「えっ…………これよりキツくなるの…………?」
顔を絶望に染める静。お前はまず自分の足で歩く所から始めてくれ。それはきっと人類にとっては小さな一歩だが、静にとっては偉大な一歩のはずだ。
「一応ダイエットが目的だからな…………あ、そういえば静ってワッカフィット持ってたりしないか? ひよりさんが探してるんだけど、どこも売り切れで手に入らないんだよ」
ワッカフィットは輪っか型の専用コントローラーが必要だから、ネットでソフトだけダウンロードしても意味ないんだよな。俺も少し検索してみたんだが、どうやら現在は供給が追いついてなくてどこも品切れ状態らしい。
「ワッカフィット? うーん…………多分部屋のどっかにあると思うよ? 企画で使った時にそのまま貰ったはずだから」
「本当!? えっと、それ売って貰うことって出来るかしら……?」
「絶対に使わないからタダでいいですよ。寧ろ見たくもないから貰ってくれるとありがたいっていうか……」
「いいの!? ありがとう静ちゃん!」
ひよりんが静の両手をがしっと掴む。ひよりんが嬉しそうで俺も嬉しい。
「ワッカフィット、そんなにキツいのか」
「あれはゲームというか地獄だよ。どうして私だけ3Dお披露目会であんな苦行を…………」
「見てる方は面白かったけどなあ、あれ」
清楚なイメージのエッテ様だが、不思議と酷い目にあっている姿がしっくりくるんだよな。今思えば林城静という中の人が滲み出していたのかもしれない。まさかエッテ様の中の人がこんなポンコツだとは夢にも思わなかった。
「それじゃあ、今日はそろそろ解散するか。明日も同じ時間集合でよろしく」
「はーい」
「うん、お兄ちゃん」
「私は…………もういいかなあ…………」
解散と言っても帰る所は同じ。俺たちはぞろぞろとマンションに入り、エレベータに乗り込んだ。
◆
「お、ひよりさんだ。やっぱり普段とキャラ違うねえ。何ていうか…………ハキハキしてる」
静が油淋鶏を頬張りながら俺のスマホを覗きこんでいる。画面の向こうでは毎週恒例のザニマス生放送が流れていて、ひよりんが元気よくタイトルコールをしているところだった。今日はひよりん不在の蒼馬会。
「流石人気声優って感じだよな。それより油淋鶏初めて作ったんだけど、二人とも味どう?」
「んまい! お肉さいこー!」
「とても美味しいよ、お兄ちゃん」
「そっか…………良かった。今日は意識して濃いめの味付けにしてみたんだよ。二人ともそっちのほうがいいかなって」
今日のメニューは油淋鶏と中華スープの中華尽くし。今週はずっとヘルシーメニューにしていたんだが、ついに静がブチギレて口から炎を吐きそうになったので止む無くチートデイにしたという訳だった。まあ俺もそろそろ肉が食べたい気分だったから、渡りに船と言う感じではあった。心なしか真冬ちゃんもいつもより箸が進んでいる気がするし、いい判断だったな。
「いやー、味は濃ければ濃いほどいいとされているからね。私は今日の味付け好きだなー」
「身体には悪いけどな。まあ濃いのが美味く感じる日もあるのは同意だ」
「私もたまにならこういう日があってもいいかも。ご飯を食べ過ぎちゃうからそこは注意が必要だけれど」
と言いながらも、真冬ちゃんは珍しくご飯をおかわりしていた。つまりはそれだけ今日のご飯を美味しく感じてくれているってことで、じんわりと嬉しさが込み上げてくる。負けじと静もおかわりをし始めるが、こちらはいつものことなので特に感動はない。いっぱい食べてくれるのは嬉しいことだけどな。
そんなこんなでいつもより少しだけテンションの高い蒼馬会を過ごしていると、スマホに大きく『重大発表!』という文字が踊った。つい箸を止め、画面に気を取られてしまう。
「重大発表…………?」
真っ先に思い浮かんだのはアニメ化だった。ザニマスは最近人気が出ているし、アニメ化してもおかしくはない。でもそういうのはLIVEで発表しそうな気がするんだよな。何となく違う気がする。
となると…………。
「…………まさか」
俺の頭に、これだという答えが一つ浮かんだ。俺はそのヒントを既にひよりんから聞いていたんだ。
『────LIVEも控えてるし、痩せなきゃいけないの』
俺がその答えに辿り着いたのと同時、画面から勢いよくひよりんの声が響いた。
『なんと────ザニマス3rdLIVEの開催が決まりましたーーーッ!!!』