林城静は動きたくない
「ぽしゅ〜…………」
二人によってこってり搾られた静が力なく佇んでいる。まるで試合後に真っ白になった某ボクサーみたいだ。そしてそんな静を肴に、ひよりんと真冬ちゃんが満足げな表情でグラスを掲げた。
「それじゃあ…………乾杯っ」
「お疲れ様でした」
キンッ、と小気味良い音を立ててグラスがぶつかり合う。「普通に太る体質」派の輝かしき勝利に乾杯。
「えーっと、それじゃあどうしようかしら。二人はランニングウェアとか持ってないわよね?」
「私は持ってないですね。静は?」
「…………ワタシ、イキタクナイ」
静はまるで電池の切れたロボットのようにがっくりと肩を落としたまま呟く。
…………話し合いの結果、静と真冬ちゃんも朝のランニングに参加することになったのだった。出不精&夜行性&太らない体質の静は最後まで抵抗していたが、有無を言わさぬ迫力を備えた二人に挟まれてはどうしようもなく、最後は諦めたように首を縦に振った。
「動きたくないよぉ…………動かなくていいからVTuberになったのに…………」
今明かされる推しの誕生秘話。秘話と呼ぶには余りにも陳腐なその理由は、恐らく半分くらいは冗談なんだろうが、普段の生活を見ていると完全に嘘でもないんだろうなと思う。
…………あのエッテ様が、まさかそんな後ろ向きな理由で生まれていたとは。知れて嬉しいような知りたくなかったような。
「まあまあ、いいじゃない。皆で走ったらきっと楽しいわよ?」
普段より少し上機嫌なひよりんが、まるで子供をあやすように静の頭を撫でる。俺もぐずったら撫でて貰えたのかな…………なんて思ったけど勿論口には出さない。
静は本気で参加したくないらしく、ひよりんに目もくれずしょぼくれている。酒の席とは思えないその様子に、俺は静が不憫に思えてきてつい助け舟を出してしまっていた。
「静、そんなに嫌なのか?」
「うん…………」
「そうか…………ならランニングは三人でいいんじゃないですか? 静は夜中の配信とかもあるでしょうし。本業に支障が出たらマズいと思うんですよ」
そう言って二人を見回すと、流石に仕事を持ち出されては黙るしかないのか目立った反論はなかった。普段のぐうたら具合を見るにまず間違いなく仕事に支障は出ないし、逆に健康になることは間違いないと思うがそれは俺の胸先三寸に留めておく。
「良かったな静、参加しなくていいってよ。ほら、しょぼくれた顔してないで飲もうぜ?」
「う、うん…………ありがと」
無理やり気味にメニューを押し付けると、静は遠慮がちに微笑みかけてくる。可愛い。
「うーん、残念ねえ。静ちゃんとも一緒に走りたかったんだけどなあ」
「急に静の体質が変わって太りますように…………急に静の体質が変わって太りますように…………」
「ぶふッ!」
真冬ちゃんが両手を合わせて天に祈りだし、俺はそのあまりにも普段のキャラとかけ離れた行動に思わず吹き出してしまう。太らない体質というのはそこまで羨ましいものなんだな。
「まあまあ。…………そういえば静、前に配信でワッカフィットやってたよな? あれってやっぱり辛いのか?」
配信ではエッテ様が死にそうになりながらスクワットをやっていたのを思い出す。確か常人ではありえないレベルの序盤でギブアップしていて、そこからエッテ様に病弱イメージが付いたんだ。当時の俺はいくら何でも体力なさすぎだろと思っていたけど、こうやって静と知り合ってみるとまあそうだよなという感想しか湧いてこない。こいつの運動不足は筋金入りだ。
静はワッカフィットという言葉を聞くとビクッと肩を震わせ、亀のように首をすくめた。
「わ、私は絶対やらないからね!? あの企画はもう思い出したくもないんだから」
「そんなにか」
「も〜地獄だったよ! こんな辛い思いをするなら3Dモデルなんていらないとすら思ったよ」
「あー、そういえば3Dお披露目会だったなあれ」
VTuberのモデルには大きく分けて2Dと3Dがあり、大抵の場合3Dは後から作られる。2Dは基本的に上半身の簡単な動きにしか対応出来ないのに対し、3Dは全身の動きを緻密に反映することが出来るから、3Dモデルがあると色々な企画が出来るようになるんだよな。
3Dモデルが出来た際は「3Dお披露目会」と称して歌ったり踊ったり変なポーズを取ってみたりする配信が行われるのが通例なのだが、エッテ様の場合は何故かワッカフィット配信だった。何か運営から恨まれるようなことでもしたんだろうか。
「コメントはえっちな感じになるしさ…………あれは恥ずかしかったよホント」
「そ、そうか…………大変だったな」
エッテ様が準備体操で開脚をした時に「えっろ」とコメントを打った記憶が鮮明に蘇ってくる。
…………だって仕方ないだろ、エロかったんだから。