蒼馬、気がつく
この前の「ひよりん太ったかも騒動」があってからというもの、俺は夕食のメニューの在り方を考え始めていた。
今までは基本的にスーパーのチラシを元に安く作れるものの中から、自分が食べたいものや誰かのリクエストを聞いていた。だから栄養バランスというものがどうしても蔑ろになっていたんだ。勿論副菜や汁物である程度はカバーしていたものの、サプリの様に欲しい栄養素だけ補えるわけではない。不足分を補う過程で過剰な栄養素が出ていたんだ。
具体的には脂質や炭水化物。太るのは大体こいつらが原因だ。
「もう少し考えるべきだったな…………」
俺の気の回らなさがひよりんを不安にさせてしまった、と言っても過言ではないだろう。食を預かるものとしてやってはいけないことだった。ひよりんはアイドル声優なんだから、プロポーションには人一倍気を使っているだろうし。
……使ってるよな?
…………使っててくれよ?
とにかくだ。
静が割とよく男飯的な物をリクエストすることもあって、蒼馬会のメニューは完全にカロリー過多。このままでは皆仲良くデブまっしぐらになってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。肥満はありとあらゆる病気の元になりうるからな。
これからはヘルシーなメニューを心がけていく。だが、ヘルシーな食材というのは得てして値が張るのも事実。完全栄養食や健康に気を使った冷凍宅配食の広告を毎日のように目にするくらい昨今の健康志向ブームは凄いし、需要が高まっているんだろう。
「となれば…………」
俺はスーパーのチラシをテーブルに広げ、目を皿のようにする。この中からお宝を探し出さないといけない。健康に気を使っているから、という理由でメニューのクオリティが下がるようなことがあればきっと皆黙ってないだろうしな。試しに静に聞いてみるか。
『今日から夜飯ブロッコリーと鶏肉だけって言ったらどうする?』
返事はすぐ帰ってきた。
『普通に暴れるかな。あと今日麻婆豆腐の気分』
『考えとく』
麻婆豆腐か…………また太りそうなものを。
豆腐を使ってるから一見そこまで太りそうに思えないかもしれないが、麻婆豆腐は油を沢山使うし、肉だって入っている。その癖野菜を全く摂れない為、ダイエットには全く向いていないと言っていい。プラスで白米だって食べるだろうしな。
本気でダイエットするならそもそも白米を食べるべきではないんだが、俺達が目指しているのはあくまで「健康を維持できる程度」の食事。ひき肉の油だけで炒めるなど気を使えば麻婆豆腐でも問題はないものの、決行初日くらいガッツリヘルシーメニューでいきたい気持ちもある。
「…………お」
チラシの中に光り輝く財宝を見つけ、俺は内心ガッツポーズする。
今日のメニューはコイツに決まりだな。
◆
「蒼馬くん。私は麻婆豆腐をリクエストしたはずだよ」
食卓に並んだメニューを見た静が不満を口にする。真冬ちゃんとひよりんはいつもと変わらない様子で俺たちの会話が終わるのを待っていた。
…………メニュー変更の理由を正直に言うとひよりんが気にする可能性があるな。適当に理由をでっち上げるか。
「スーパーに行ったら豆腐が一丁一億円になってたんだよ。まあいいから食べてみろって」
俺が見つけた財宝メニュー…………それはダイエットの王様サラダチキンだった。
サラダチキンを一口大にスライスし、醤油とニラをベースにした特製ダレを盛り付ければ…………あっという間に和風サラダチキンステーキの完成だ。試食してみたけどかなりイケた。多分静も好きになってくれるはず。
「じゃあ……いただきます」
皆揃った所で挨拶を終え、静は俺の明らかな嘘をスルーしつつサラダチキンに箸を伸ばす。
「────っ!?」
静はびっくりした表情でサラダチキンをもう一切れ掴むと、白米と一緒にかきこんだ。いつ見ても食べっぷりのいい奴だ。
「蒼馬くん! これめっちゃ美味しい!」
「私も好きだな。ヘルシーだし」
「お酒のおつまみにも良さそうねえ」
サラダチキンステーキは全員に好評なようでホッと胸を撫で下ろす。あれから急いでニラを仕込んだ甲斐があったな。
「このニラのシャキシャキ感がたまらないわねえ」
ひよりんは頬に手を当てながら、うっとりとした表情を浮かべた。そして洗練された動きでグラスに手を伸ばし、完璧な黄金比で注がれたビールがごくごくと口の奥に消えていく。
…………太る原因、あれじゃないか?
話題に出したいが、皆の前でする話でもない。俺は蒼馬会が終わるまで待つことにした。どうせこの後ひよりんと二次会をするだろうしな。