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嘘か真か

「べっ────」


 ────別に誰も好きじゃないよ。


 そう言うことは簡単だった。それが一番無難に今の危機的状況を切り抜けられる、たったひとつの冴えたやり方だということも理解していた。


 …………だけど、どうしてもそう口にすることが出来なかった。


 その理由は至極単純で、余りにも「嘘」だったんだ。


 自分の心に。


「…………俺は、皆蒼馬会の大切な仲間だと思ってる」


 静?


 好きに決まってるだろ。そうじゃなかったら身の回りの世話なんかしない。


 ひよりん?


 ずっと推してるんだよこっちは。次のライブも絶対近くで観てやるからな。


 真冬ちゃん?


 勿論大好きだ。家族のような距離の近さは真冬ちゃんにしかない特別な雰囲気だった。


「────だから、誰が好きだとか、そういうことは今は考えられないかな」


 嘘じゃなかった。

 だけど自信を持って本当とも言えない、ギリギリの言葉だった。


 俺が皆に抱いている「好き」という気持ちが、果たしてどういう「好き」なのか、腰を据えて考えればもしかしたら違う答えが出たかもしれない。でも、今はそれをすべき時ではない気がした。その気持ちはきっと色々なものを終わらせてしまうから。


 精一杯の答えを差し出した俺に、みやびちゃんはうーんと気の抜けた声を漏らしてソファに寝転んだ。


「つまんないっす」

「あはは……ご期待に添えなかったようでごめんね」


 みやびちゃんも本気で俺の好きな人が知りたい訳ではなかったのか、それとも興味を失ってしまったのか、それっきりその話題を追求してくることはなかった。


 それからは適当に雑談したり、蒼馬会で余ったおかずを食べさせたりしていると、それなりにいい時間になっていた。そろそろ寝たほうがいいだろう。


「……で、寝る所なんだけどさ。奥の部屋にベッドがあるからそこでいいかな?」

「ベッド? 二人いけるっすか?」

「いやいや、俺はソファで寝るよ」


 どうしてそこで一緒に寝るという発想が真っ先に出てくるんだろう。一緒に住んでいるという兄との距離感が気になる所だ。


「そんな、悪いっすよ。私はソファで十分っすから、蒼馬さんはベッドで寝てほしいっす」

「うーん…………じゃあそうしよっか」


 少しの逡巡の後、俺はみやびちゃんの提案をのんだ。逆の立場なら、俺もベッドは申し訳なくて断ると思ったから。


「それでお願いするっす。朝は何時に起こして欲しいとかあるっすか?」

「いや、大丈夫。多分自分で起きれるから」

「りょーかいっす!」


 そんなこんなで俺は無事に「誰かを家に泊める」というイベントを完了した。いきなりみやびちゃんが訪ねてきた時はどうなることかと思ったけど、意外と何事もなく終わってなによりだ。





 何事もなくは終わらなかった。


「ぎょええええええええええ!? どうしてゼリアちゃんが泊まってるのよ!?」


 耳を劈く大音量に重たい瞼を開けば、カーテンの隙間からは明るい朝の日差しが差し込んでいた。


「うるさいっすー…………今なんじっすかー……?」

「えっ、ちょっっ…………ええ!? ナンデナンデドウシテ!?」

「エッテうるさいっすよ…………こっちは寝てるんすよー…………」


 扉の向こうからは静とみやびちゃんの会話が聞こえてくる。何で何でと言っているが…………静、お前こそなんでうちにいるんだよ。


「どうしたんだ一体?」

「あっ、蒼馬くん!」


 このままだとあらぬ疑いをかけられそうなので諍いに合流すると、静はまるで警察を見つけた困ってる人のように駆け寄ってきた。みやびちゃんが眠るソファをビシッと指差し、叫ぶ。


「そ、蒼馬くんっ! うちに侵入者が!」

「侵入者はお前だ、静」

「あでっ!」


 静に軽くデコピンする。大げさにおでこを押さえているが、感触的に全然痛くはないだろう。


「みやびちゃんはうちに泊まってるんだよ。お前こそどうしてうちにいるんだ」


 合鍵を使って入ってきたんだろうが、こいつは朝はうちに用事などないはずだ。


「お、おおおお泊り!? 一体どうして!?」


 ミュージカルばりの演技力で腕を広げる静。朝っぱらから元気な奴だ。それとも寝てないのか?


「家出したんすよ。それで蒼馬さんの家に泊めてもらうことにしたっす」

「家出!? 言ってくれればうちに泊めたのに」

「エッテん家、足の踏み場あるんすか?」

「失礼な! 足の踏み場がなかったら外に出られないでしょーが」

「何の自慢にもなってないからな、それ」


 何故か胸を張る静にすかさずツッコミをいれる。


「んで、お前はどうしてうちにいるんだよ。納得の行く説明をして貰おうか」


 俺の頭の中では「ベッド潜り込み」の常習犯、水瀬真冬女史が綺麗なピースサインをこちらに向けていた。想像上の真冬ちゃんは現実より少しだけファンキーだ。まさか静も潜り込みにきた訳ではないだろうが、なら一体何の用だというのか。


 警察官モードの俺を前に、静は恥ずかしそうにお腹を押さえた。


「じ、実はお腹空いちゃって…………昨日の残りをちょっと貰おうかなーなんて…………てへへ」

「昨日の残り? トンカツのことか?」

「う、うん」

「それ、昨日私が食べたっすよー?」

「ええっ!? そんなぁ〜…………」


 みやびちゃんの一言に、静かはがっくりと肩を落とす。それにしても朝からトンカツのお腹とはなかなかガッツのある奴だ。やっぱり寝てないのか?

 

 そんな中、寝室でスマホが音を立てる。目覚ましが鳴ったらしい。


「朝ごはんの時間だし、お腹空いてるなら静の分も作るけどどうする? みやびちゃんも」

「ほんとっ!? 食べる食べるっ!」

「やったっす〜! エッテご飯っすね!」

「うぐっ……」

「オッケー。ちょっと待ってて」


 洗面台で顔を洗っていると、リビングからは楽しそうな声が聞こえてくる。


「エッテ、今度コラボしないっすか?」

「いいよー。何やるの?」

「実はこの前、二人で出来るホラーゲームが出たんすよ」

「ホラー!? 絶対やらないからね私っ!」

「えーいいじゃないっすかー」


「…………たまにはこんな朝も悪くないな」


 濡れた顔をタオルで拭き、鏡を確認すると、そこにはいつもより少しだけ楽しそうな俺がいるのだった。

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