運命の夜
運命の夜
【お知らせ】
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なんと…………本作のコミカライズが決定致しました!
皆様の応援のお陰です、ありがとうございます!
「蒼馬さん、このアイス食っていいっすかー?」
キッチンからは風呂上がりのみやびちゃんの元気な声が聞こえてくる。俺はリビングのソファに背中を預け、極力そちらに視線を向けないようにしながら返事する。ピントの合わない向こうの方でブカブカのパジャマがちょこちょこ動くので、俺は変な気持ちになった。彼シャツ、みたいな言葉があった気がするが、みやびちゃんは彼女ではないし、着ているのはスウェットだった。
「どれの事か分からないけど、好きなの食べていいよ」
「やったっすー! ダッツ頂きっす!」
視線をスマホに固定して、さっきから何度もツブヤッキーをスワイプし更新する動作を繰り返しているが、何一つ頭に入っていなかった。はっきり言って全く落ち着かない。家の中に女性がいる事自体は流石にもう何とも思わないけれど、風呂上りとなると話が別だった。静が風邪を引いた時も何故かうちでシャワーを浴びていたが、今回はそれ以上かもしれない。なんたってみやびちゃんとはまだそんなに仲良くないからだ。
「いただきまーす!」
「うおっ!?」
みやびちゃんが勢いよくソファの空いたスペースに飛び込んできたから、俺は思わずさっと身を引いた。ソファの端にこれでもかと身体を押し付けるがそこまで距離が取れる訳じゃなく、ぶわっと甘い匂いが鼻腔をくすぐる。みやびちゃんが持っている苺アイスの匂いともまた違う、この本能にくる甘い匂いは────考えるまでも無くみやびちゃんから発せられているのだった。慣れ親しんだうちのシャンプーとボディソープを使っているはずなのに、どうしてこんないい匂いがするんだろうか。人体の神秘だ。
「美味いっすー! ダッツ最高!」
みやびちゃんはアイスに夢中で、その事が俺を少し楽にするのだった。理性で全てをコントロールする事は難しいが、極力そうしたいとは思っている。そうしなければこのトンデモマンション生活を乗り切る事はきっと出来ないだろう。最近は本当に毎日試されている気がする。
「あ、流石に全部食べたら悪いっすかね? 一口あげるっす!」
「え」
────それから数秒の事は、まるで時が止まったかのように感じた。
みやびちゃんは自分の口から抜き取ったばかりのスプーンを苺の大地に突き刺し、大きな塊を掬うと、それを真っすぐ俺の口に差し出してきた。ゆっくりとこちらに近づいてくる銀色のスプーンはまるで宇宙を航海する巨大戦艦のように大きく感じられ、取り返しがつかない距離まで近づくにつれ、色々な考えがぶわっと吹き出した。
…………気にしないのか?
気にする方がダサいのか?
早く食べないと不審がられるぞ。
でも────これ間接キスだよな?
「…………」
ハタチになって何言ってんだ。ひよりんとだってお酒を回し飲みしたことあるだろ。いやでもスプーンは訳が違うんじゃ。それに相手はみやびちゃんだぞ。いいだろ相手が気にしてないんだから。意識する方がサブいって。
「…………? 食べないんすか?」
「あ、いや、食べるよ。ありがとう」
俺はぐるぐると高速回転を続ける意識を大気圏外に飛ばし、無心でスプーンにかぶりついた。勿論味は全く分からない。
「ダッツはやっぱ最高っすよねー。私はチョコチップの奴が一番好きなんすよ」
「あ、ああ…………そうなんだ」
衝撃から立ち直れない俺を尻目に、みやびちゃんはまるで「間接キス」という概念を知らない子供のようにスプーンを口に運ぶ。溶けだしたアイスはあっという間にみやびちゃんのお腹に収まった。
「ごちそうさまっす。やっぱり風呂上がりのアイスは格別っすね」
みやびちゃんはぴょんっと立ち上がり、キッチンに歩いていく。スプーンを流しに置いて、どうやらアイスの容器を洗っているようだった。そのままゴミ箱に入れないあたり、静より遥かにしっかりしているな。
…………いや、それは間違いか。そのままゴミ箱に入れたとしても静よりはマシだった。あいつは床をゴミ箱だと勘違いしているからな。
みやびちゃんは忙しない小動物みたいにちょこちょことソファに戻ってきた。座る場所ならダイニングテーブルだってあるのにわざわざ隣に座ってくるんだから、きっと人との距離感が近い子なんだろうな。別に男なら気にしないんだけど…………これで可愛い女の子なんだからちょっと困る。
「蒼馬さん蒼馬さん、実は気になってたことがあるんすよ」
「気になってたこと?」
みやびちゃんは顔をぐいっと近づけてくる。とっさに顔を背けそうになるが、年上として恥ずかしがる様を見せるのも癪だった。俺は必死に首と目を固定して何でも無い風を装った。けれど。
────それも長くは続かなかった。
「…………蒼馬さんって、ぶっちゃけ誰が好きなんすか? ハーレムしてるってエッテから聞いたっすよ?」
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