工学部の撃墜王
バーチャリアル所属VTuber『魔魅夢メモ』は私の過去作
『【IFルート連載開始】偶然助けた女の子が俺が激推ししている大人気バーチャル配信者だった』
にメインキャラとして出てきますので、興味があればこちらも読んでみて下さい。
(本作にもゲスト的に過去作のキャラが出てくるかもしれませんが、出すとしてもサービス的な形になるので、過去作を読んでいなくても全く問題ありません)
『放送観たよwwwwめっちゃキャラ崩壊してたねwwww』
ゼリアちゃんからのルインを私は恨めしそうに見つめていた。
『信じられないくらい辛かったんだけど! ちゃんと言っといてよね!』
ゼリアちゃんは私が所属するVTuber会社『バーチャリアル』のVTuberだ。
デビュー時期が近かった事もあって仲が良く、こうしてプライベートでも連絡を取り合っている。
私は超激辛ポヤング企画の先輩であるゼリアちゃんに『どれくらい辛い?』と事前に聞いていたのだ。しかしその時に返ってきた答えは『んーあんまり? 全然普通だよ』だった。
それで私は得意でもないのに超激辛ポヤング企画を開催してしまった。
結果は見ての通り。つまりゼリアちゃんがすべて悪いんだ。
『だってホントの事言ったら絶対食べないじゃんwwww』
『当り前よ。なにあれ人の食べ物?』
『ほんとそれwwww次の日めっちゃ胃腸痛かったwwww』
ゼリアちゃんは小悪魔VTuberで、同じバーチャリアル所属の魔界のお姫様『
大体彼女は汚れ役で『メモさんに無茶振りをされて困るゼリアちゃん』という構図がお約束になっていた。
つまり彼女にとっては超激辛ポヤング企画もなんてことないんだろう。
ゼリアちゃんが酷い目に合うのを見て楽しむ『ゼリ虐』というコンテンツがあるくらいだけど、当の本人はそれを『おいしい』と思っているようだった。
清楚系お姫様キャラの私はポヤングのせいで大切なものを失ってしまった気がするけれど。
『そーいやさーエッテ引っ越したんだよね』
『そうだよー。今日から一人暮らし!』
『東京だよね?』
『うん。落ち着いたらリアルで遊ぼうね!』
ゼリアちゃんは東京住みだと言っていたから、これからは気軽に会えるようになる。
今までネットでしか会った事が無い人とリアルで会うのは楽しみだった。
『そのうち家に突撃するわwwww 一人暮らし結構大変だけど頑張れよー』
『ありがとね。隣の人がすっごいいい人だったから何とかなりそう』
ピースのスタンプを送信。
『隣人あいさつしたんだ。東京結構やらない人多いけど』
『うん。荷解き手伝って貰っちゃった』
『…………??? 初対面の人を家に上げて荷解きしたん??』
『そうだけど…………まずかったかな? 一人だと終わらなさそうだったから』
『流石に女よな???』
『…………』
『…………マジ? 大丈夫だったん?』
『流石に下着とかの段ボールは別で分けてたし! それに、本当にいい人だから大丈夫だと思う。実際一人だとパソコンとか運べなかったし』
重たいパソコンをひょいっと持ち上げる蒼馬くんを思い出して…………胸がキュンと高鳴った。
『それはまあしゃーないんか…………? とにかく気をつけろよー 女の一人暮らしは危険がいっぱいだし、うちらは身バレとかのリスクもあるんだから』
『そうする。ありがとねゼリアちゃん』
もうバレました! とは流石に言えるわけもなく。
こんな感じで私の激動の引っ越し一日目は終わりを告げたのでした。
……。
…………。
…………そーまくん。
なんちゃって。
◆
「蒼馬何見てんの?」
「VTuber」
「まぁたエッテ様か。好きだなー」
カレーが乗ったトレイを持って隣の席に腰を下ろしたのは、同じ学部のケイスケだった。何ケイスケだったかは忘れた。平日は大体こいつと大学の学食でメシを食っている。
学食は広く、利用者は多いものの席は余りがちだ。だから俺たちはいつも決まった席でお互いを待っている。特に約束などはせず、来なかったら一人で食う。そういう緩い関係だったが、俺はこの雰囲気が嫌いじゃなかった。
「んじゃ、食うか」
俺はミーチューブを観ていたスマホをしまって、無言で湯気をあげていたラーメンに箸を差し込んだ。
同じようにカレーをスプーンですくっているケイスケが口を開いた。
「知ってるか? 工学部の撃墜王、今度はテニサーの顔役フッたんだって。去年ミスターコン取った奴」
「工学部の撃墜王? なんだっけそれ」
「バッカ知らねえのかよおまえ、我が大学が誇るハイパー美少女だぞ!?」
「こっち向いて叫ぶな、汚え」
工学部の撃墜王…………?
脳内を検索してみてもそんな人物の噂を聞いた記憶はない。
「そんな奴いたっけ」
「工学部1年の水瀬真冬って聞いたことないか? 4月からうちの大学のイケてる男連中はその話題で持ち切りだぜ」
「みなせまふゆ……?」
みなせまふゆみなせまふゆみなせまふゆ…………顔は思い浮かばないのに、響きは妙にしっくりくる。
「あー聞き覚えあるかも」
「流石に知ってたか。今年のミスコン確実って言われてるんだが、本人はどうもその気がないらしい。誰が話しかけてもそっけないんだと」
「まあそうなっちゃうんじゃねえの、入学早々声かけられまくってたら」
俺はラーメンを啜りながら、顔も知らぬ水瀬真冬女史に同情した。
勉学を修めに来たというのに見ず知らずの男共にしつこく声を掛けられ、挙句の果てにはミスコンだなんだと煽られれば嫌気もさすだろう。モテない奴にはモテない奴なりの悩みがあるように、モテる奴にも相応の悩みがあるもんだな。
大学中が惚れたというその後輩に興味が無い訳ではないが、テニサーのトップが撃沈した相手に俺がワンチャンある訳もない。俺はシュパッと水瀬真冬という名前を脳内メモリから消去した。何せ今の俺にはエッテ様がいるからな。名も知らぬミスコンより隣に住むエッテ様。常識だろ?
「あーあ俺もあと2年遅く生まれてりゃなー」
「バーカ、お前なんか相手にされねーよ。じゃ俺行くわ」
「おー、頑張れよー」
カレーを口いっぱいに頬張りながら美少女との薔薇色の大学生活を夢想しているケイスケにツッコミをいれつつ、一足先に席を立った。奴と違い俺には4限も講義がある。
必修ではないが、気になって取った『情報メディア学』。単位に余裕が出来たから軽い気持ちで取ってみたはいいものの、これが中々面白かった。
何と言っても、授業の内容がそのまま生活で使えるのがいい。
ほら、例えば数学なんかは「積分なんか現実でいつ使うねん」と思ってしまいがちなもんだが、情報メディア学にはそれがない。授業内容はインターネットのセキュリティだったり、俺たちがいつも利用してるWebサイトがどうやって出来ているのかだったり、CGの作り方だったりと、スマホやパソコンを持っていれば多少なりとも目につく分野についての話が多い。
確かに仕組みを知らなくてもコンロで火を点けることは出来るけど、仕組みを知っていれば避けられる危機も多い。現代社会においてネット関係について詳しくなることは、他のどんな事よりも自分を助けると思うんだ。そんな訳で俺は割とこの授業を楽しみにしていた。
◆
決して大きくない講義室には、まばらに生徒が着席している。その多くが下級生。わざわざ余計に講義を取ろうという勤勉な生徒はこの大学には多くないらしい。
俺は目立たないように最後列の端っこに腰を下ろした。イヤホンをつけようとして────辞める。もうすぐ講義が始まる時間だった。
「まふゆー、また告られたってホント?」
「…………ええ。勿論断ったけれど」
「まったくいつになったら学習してくれるのかねえ。まふゆには心に決めたヒトがいるって言うのにさぁー」
「別にそういう訳じゃないけれど」
講義室の席は映画館や静岡県の茶畑のように段々になっていて、俺のいる最後列からは講義室の全てが見渡せた。
少し前の席で二人の女子生徒が談笑しているのが見える。
元気に話を振っている髪をピンクベージュに染めたボブカットの子と、それをクールに捌いている黒髪ロングの子という組み合わせだ。
手持ち無沙汰の俺は聞くともなしに二人の会話で暇をつぶすことにした。
「えーでもさー前に言ってたじゃん! 初恋の人が忘れられないから誰とも付き合う気はないーって」
「そんな大仰なものでもないけれど。ただ、何となく心の中にその人がいるってだけ。小さい頃に親の転勤で引っ越してそれっきり会っていないから、失恋すら出来なかったせいかもね。何となく、今は誰とも付き合う気になれないってだけよ」
「…………」
二人は恋愛について話しているようだった。
後ろからは顔が分からないが黒髪の子はどうやらモテるらしい。けれど初恋の人が忘れられなくて、誰とも付き合う気がない。泣かせる話だ。
「まふゆって意外と乙女チックな所あるよねー。私だったらそんな10年も連絡取ってない奴なんて忘れちゃうなあ」
「…………別に私も本気でその人と再会したいなんて思っていないわよ。けれどもう少しだけ、この想いを大切にしておきたいの」
俺は黒髪ロングの子の、そのクールな雰囲気からは想像も付かない一途な想いに涙を流しそうになっていた。
なんていい子なんだ。こんな純粋な乙女の想いが成就されないなんてことが果たしてあっていいのか。
この子の想い人、今すぐ会いに来てやれ。
マジで。
「ヨヨヨ…………泣かせるねい…………あ、でもさ。今だったらインスダとかフェイスボックで名前検索したら出てくるんじゃない? 検索してみた?」
「そういうの詳しくなくてやっていないのよ。…………それって、名前だけで彼の事出てくるの?」
「んー、分かんないけど。今ドキの人だったら登録してる可能性は高いと思うよ? その人の名前教えてみ?」
流石は情報メディア学の受講生。
確かにSNSを利用すれば名前しか知らない相手の情報を知ることが出来るかもしれない。
個人情報的にはそれがいい事なのか悪い事なのかは分からないが、とにかく今ひとりの乙女の初恋が前に進もうとしている。だからきっといい事だ。
グッジョブインスダ。
グッジョブフェイスボック。
黒髪ロングの子は何度か頭を振って言うか言わまいか悩んでいたが、意を決してピンクベージュの子に視線を合わせた。
「えっと…………てんどうそうま。天国の天に児童の童、難しい方の蒼に馬で天童蒼馬だったはず」
……………………。
「…………え、俺?」