『ひよりんのほろ酔いチャンネル』
『ひよりんのほろ酔いチャンネル』
それがひよりんのミーチューブチャンネルの名前らしい。
俺はそれを蒼馬会が解散した後、冷蔵庫からチューハイを取り出している最中に聞いた。静と真冬ちゃんは既に自分の家に帰っている。
「え、ひよりんさん配信中お酒飲むんですか?」
それが俺の正直な感想だった。
ひよりんの酔った姿はネットに流せる範疇を遥かに超えている。
その事は本人も自覚しているはずだが…………。
「えっとね、基本的には自宅で配信したり動画を撮ることになると思うんだけど…………お酒飲まないのは、ちょっと耐えられそうになくて…………」
言いながら、お馴染みのストロング缶に口をつけるひよりん。それは早くも3本目だった。
泥酔チャンネルに改名した方がいいんじゃないか…………?
「あー…………」
そう言われたら俺には返す言葉が無かった。ひよりんが無類の酒好きなのは重々承知している。別に飲まなくてもいいやという俺の感覚とはまるで違うんだろう。
「…………くれぐれも飲み過ぎないで下さいよ?」
リビングに戻り、椅子に座りながらキンキンに冷えたチューハイを喉に流し込む。
美味しいけど…………俺は1本で十分だな。やはりひよりんとは感覚が違うらしい。
「あの…………あのね? 蒼馬くんは私の配信とか…………観てくれる?」
チューハイの缶で顔を隠すようにしながら、ひよりんがおずおずと聞いてくる。
…………ひよりんは酔うと若干子供っぽくなる。普段の大人っぽい雰囲気とのギャップが非常にヤバいので、俺はコロリと惚れてしまいそうになる。ひよりんと二人きりの時は基本的にお酒が入っているのもよろしく無かった。
「勿論観る予定ですよ。恥ずかしいから観ないで欲しいって言うんなら遠慮しますけど」
俺もVTuberとしてデビューを控えている身。知り合いに観られるのが恥ずかしいという感覚は理解出来た。
「あっ、ううん! 全然そういうのじゃなくて! あの…………蒼馬くんが観ててくれるなら、最悪暴れちゃっても…………止めてくれるかなって…………」
「ええ…………?」
「…………ダメ?」
こてん、と首を傾けて、チューハイの缶からひよりんが顔を出した。
その仕草が妙に可愛くて、俺はかーっと顔が熱くなるのを自覚した。
「…………ダメというか、そもそも止めに入れないですよ。インターホン押して反応してくれるならいいですけど」
「そ、そのことなんだけど…………これ、受け取ってくれたらなって…………」
遠慮がちにひよりんが何かを差し出した。
「…………」
強烈なデジャブ。その細くて白い指につままれているささやかな物体が何なのか、俺は見るまでもなく分かる気がした。
手のひらを差し出すと、ひよりんがその上に
…………うん、この感覚は知っている。
「鍵、ですか」
「うん…………うちの鍵…………なんだけど」
「えっと…………ひよりんさん。今自分が何をしてるか分かってます?」
正常な俺の感覚では、家の鍵を渡すというのはとんでもないことだ。
少なくとも友達以上恋人未満の関係では渡さない。
つまりは…………そういうことだ。
「う、うん…………ほら、私ってこうやってほとんど毎日蒼馬くんの家に来てるじゃない…………? だから全然問題ないというか何というか…………」
しどろもどろになったひよりんがチューハイの缶をぐいっと傾ける。喉が艶めかしく動き、人をおかしくする魔性の液体がひよりんの中に取り込まれていく。
…………腕を降ろすと、ひよりんは別人になっていた。
「いいかららまってうけとりなさいっ!」
「うわっ!?」
カンッ! と高い音を立ててチューハイがテーブルに降ろされる。恐る恐る目を向けてみれば…………ひよりんは酒乱モードになってしまっていた。
「マジで一瞬で豹変するよな…………」
実のところ…………ここ最近は酒乱モードになる頻度が高くなっていた。ひよりんと飲むのは解散した後だから他の二人に迷惑がかかったことは今の所なかったが、俺はもう何度ひよりんをおぶったか。数えることはとうにやめていた。
ひよりんが鍵を渡そうと思ったのは、もう何度も自宅に入られているという、そういう背景もあるのかもしれない。
「そうま~! ききなさい?」
「はいはい、なんですか?」
キッチンに移動しコップに水をいれながら、背中にかけられた声に反応する。
「あのねえ…………わたし、そうまのこと…………すき」
「…………っ…………はい?」
水を用意して振り返れば、ひよりんは頭をテーブルスレスレまで下げ、かと思ったら今度はひっくり返りそうなくらいもたげてを繰り返していた。ぐわんぐわんだ。
「すきらららこうやって…………かぎをわらしてるんでしょー!? もうちょっろね~…………かんがえらさいよ、わらしのこと…………」
「…………マジで言ってるんですか? いや、そんな訳ないか…………」
酔っ払いの言葉を真に受けていいことは一つもない。現にひよりんは机に突っ伏してダウンしてしまった。まともに意識があったとは到底考えられない。
────それでも。
「マジで心臓に悪い…………」
推しに「好きだ」と言われて、全く何も思わないと言えばそんなことある訳もなく。
俺は普段より高鳴る胸を押さえながら、ひよりんから預かった合鍵を使ったのだった。
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