バーチャリアル男性タレント部門開設のお知らせ
突然ですが…………これにて第一章・完となります!
次回から第二章が始まりますが、特に間は空けず毎日投稿の予定です!
Vtuber要素は全体のメインになる訳ではなく、あくまでサブ要素の予定です。
たまーにそっち方面のエピソードが挟まれますが、全体的な雰囲気は今までと変わりません。
ご了承ください!
『エッテ、あの件天童さんに伝えてくれたっすか?』
『伝えてもいいけど多分やらないと思うよ? 蒼馬くん普通の人だし忙しそうだしさ』
────あの件。
オフコラボが終わってからというもの、ゼリアちゃんはこの話題ばかりだ。
『とりあえず誘ってみて欲しいっす。というか、もううちのマネージャーに「心当たりある」って言っちゃったっすよ』
『ええ…………まーた勝手に決めるんだから…………』
オフコラボの件といい今回といい…………蒼馬くんには迷惑をかけっぱなしだ。本当に申し訳なく思う。
『私はいいけどさ、他の人巻き込むことは勝手に決めないでよね。この前といいさ』
『ごめんっす……でもオフコラボの件はエッテが料理作ってると思ってたっす…………』
『うぐっ…………それはこっちもごめん…………』
藪を突いてなんとやら。余計な事は言うものじゃない。
『とにかくお願いするっすよ! 天童さんなら絶対デビュー出来るっすから!』
『まず本人にその気が無さそうなんだけどね…………』
私はこの前マネージャーから送られてきたメールをディスプレイに表示させる。
────『バーチャリアル男性タレント部門開設のお知らせ』
『…………受けてくれるかなあ』
蒼馬くんがVTuber?
…………何かあんまりイメージ湧かないけど。
でももしデビューしたら一緒に遊べるのかな。そうしたら一緒にいられる時間が増える。
仲良しコンビ〜なんてカップリング組まれたりして。それは…………うん、だいぶアリだ。
『…………うしし』
『エッテ? どうしたっすか?』
『あっ、ごめん何でもない! とにかく伝えてみるね!』
『よろしくっす! 天童さんが同僚になったら合法的にエッテご飯食べに行けるっすからね!』
『目的はそれか…………』
私は呆れながらルインを開き、蒼馬くんの名前を探した。
◆
「────俺が…………VTuber?」
予想の遥か上をいく話題に、ゴミを拾う手が思わず止まる。静はハンバーガーショップの袋に小さなゴミをひょいひょい詰めながら続けた。いつになったらひとりで片付け出来る様になるのやら。
「実はうちの会社で新しく男性タレントの部署を作ることになってさ。近いうちに正式に発表されてオーディションも始まると思うんだけど、その前に私達に心当たりないかーって連絡が来たんだよね」
バーチャリアルは今まで女性タレントしかいなかった。
企業によって男性しかいない所、女性しかいない所、両方いる所と様々だが途中で変わるのは珍しい気がする。
「それで…………俺を?」
うん、と静は頷いた。さも当然かのような態度だったが、俺は静の考えていることが分からなかった。
…………心当たりといったって、別に誰でもいいから知り合いの男を紹介しろって訳ではないだろう。ああいうのって元から配信やってた人がなるって聞いたことあるぞ。業界トップのバーチャリアルなら尚更そうなんじゃないのか。
自慢じゃないが俺は配信はおろか、弁論だとかスピーチだとかそういう経験すらない。特別人前が苦手って訳じゃないけど、流石に数万人の前で話すのは無理がある。VTuberの採用がどういう形式なのか分からないが、書類か面接で落とされるのが関の山なんじゃないのか?
「悪いが無理だ。寧ろ静は俺に出来ると思うのか?」
思わない。
当然その答えが返ってくると思っていた。一応聞いてみただけだって、そこでこの話は終わるはずだった。
けれど、静の返答はそうではなかった。
「…………出来るかどうかは分からない。でも、私は蒼馬くんと一緒に遊べたらいいなって思ってる」
予想外の答えについ静の方を見ると、静も手を止めて俺を見つめていた。
静は俺と目が合うと、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「何かあったら私とかゼリアちゃんがフォローするからさ。良かったらやってみない?」
静が俺に手のひらを差し出してくる。
「…………」
────その顔が妙に頼もしかったからだろうか。
…………お互い片手にゴミを抱えながらなのは締まらなかったけど、俺は静の手を握り返した。
多分書類で落とされると思うしな、話くらいは聞いてもいいだろう。
◆
「合格」
「え…………?」
…………その集まりは正式には面接ではなかったのかもしれない。
何故なら俺は詳細を知らされないまま、静とみやびちゃんに連れられてオフィス街の一等地にあるバーチャリアルの事務所を訪れていたからだ。ふたりは何もいらないと言っていたけど、勝手に面接だと判断し一応履歴書などをリュックに忍ばせてきた。それはまだ俺のリュックに入ったままだ。というかまだ顔を合わせて一分と経ってない。
「今なんて…………?」
「だから合格。おめでとう、君はめでたくバーチャリアル男性部門の第一期生だ」
白い光に照らされた清潔だが無機質な会議室にて、向かいの席に座っているスーツ姿の女性は「合格」と繰り返した。個性を消すような地味なデザインのメガネが、光を反射してキラリと光る。
合格って…………あの合格?
入試とか試験とか検査とかで「良い方」とされる────あの?
「や、ちょっと待ってくださいって。俺まだなにも────」
「実は最初から決めてたんだよ。だってゼリアとアンリエッタふたりが推してくるんだ、私の中ではその時点でほとんど決まってた。他に候補もいなかったしね。だからあとは一目見て、問題なさそうなら合格の予定だった」
「そんな…………適当でいいんですか?」
俺の疑問に、女性は表情を変えることなく返す。
「適当って訳でもない。ふたりから色々聞いてはいたんだ。例えば────君がエッテご飯の作者だってこととか。オフコラボの現場にも居合わせていたらしいね。その件については危ない橋を渡るなとふたりを叱りはしたが…………君は良くやったよ」
「はあ…………」
女性の話は理解は出来るけどよく分からなかった。いったい何が俺を合格たらしめたのか。まさか本当に知り合いだったら誰でも良かったんだろうか。
「君は家事スキルが高いらしいね。男性部門の主なターゲットは女性だし、その点においてそれは大きな武器だ。家事が出来る男は等しく女子ウケがいい。共感も得られる。私の元カレも最初は────ってこの話はいいか。とにかくだ、君には大ハネする要素がある。リファラル採用としては十分だ」
リファラル採用というのが何かは分からなかったけど、彼女の話を要約するととにかく俺はVTuberとしてやっていけそうだと判断されたらしい。
「いや、でも…………ぶっちゃけますけど俺、配信とかやったことないんですけど」
そう、そこが一番の問題なんだ。俺には配信経験がない。
あとで「話が違う」と怒られるのも嫌だし、この事は伝えておかないとだめだろう。
「そのことか────君はうちのタレントのデビュー配信を観たことがあるか?」
流石に狼狽えるだろうと思っていたけど、目の前の女性は動じない。
「…………すいません、ないです」
「そうか…………はっきりいって酷いものだよ。今でこそ難なく数万人を捌いてる奴らも、デビュー配信は皆一様に緊張でガチガチさ。前世がある彼女たちですらそうなんだから、多少の配信経験などあってもなくても同じなんだよ。それよりは何か強烈な武器があった方がいいと私は考えている」
「そうですか…………」
俺は曖昧に相槌を打つことしか出来なかった。
業界の最先端を走っている人が大丈夫だと言うんだから、きっと大丈夫なんだろう。例え本人が絶対無理だと思っていたとしても。
「麻耶っちー、どうなったっすかー!?」
「ちょ、ちょっとゼリアちゃん待ってってば!」
バタン、と音を立てて一つしかないドアが勢いよく開くと、みやびちゃんと静が慌ただしく入ってきた。
「勿論合格だ。ゼリア、アンリエッタ、金の卵を拾ってきたな」
「やったっすー! ほらエッテ、言ったじゃないっすか大丈夫だって」
「うそっ……! 蒼馬くん、おめでとう!」
静が駆け寄ってくる。俺は訳が分からないまま静に微笑み返した。
余りに緩い会議室の空気に、履歴書を持ってきた自分が何だか空気を読めてない気がして妙に恥ずかしかった。