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オフコラボ開始

 エッテ様とゼリアちゃんのオフコラボに関わることになってしまった俺は、オフコラボの雰囲気を掴もうとミーチューブで『オフコラボ 料理』で検索することにした。


 検索トップに上がっていたのは同じバーチャリアル所属のVTuber『魔魅夢(まみむ)メモ』と個人勢の『氷月(ひゅうが)こおり』というVTuberのオフコラボ動画だった。確か最近流行ってるバトロワ系ゲームが上手い人だったかな。


『こおりちゃんそれ何かけてんの!?』

『何って…………ソースです。私は目玉焼きにはソースしか認めていませんから』

『あり得ねえええええ! 普通ケチャップでしょwwwww』

「ケチャップ…………? 初めて見ましたよ目玉焼きにケチャップかける人」


 ガヤガヤと騒がしい生活音と共にふたりの掛け合いが聞こえてくる。


 …………通常、VTuberの配信では生活音なんて殆ど入らない。精々雑談配信の時に飲食物の音が多少入るくらいだ。


 けれどオフコラボ動画では料理する音などがバンバン入っていた。冷蔵庫を開け閉めする音や何かが焼ける音、かき混ぜる音から足音まで、まるでその場にいると錯覚するレベルで垂れ流しになっている。


「思ったよりわちゃわちゃしてんだな…………でもこれ、まずくないか?」


 俺は頭を抱えた。


 動画を見るまでは、配信は静の家でやって貰っていい感じのタイミングで俺が料理をうちから運べばいいのかなあと考えていた。でも、どうやらそうもいかないらしい。


 オフコラボで料理をするとなれば、その過程を実況するような流れにならざるを得ないみたいだった。当然、料理中の雑音も必要になってくるだろう。


「うちで配信して貰うしかないのか…………?」


 考えるまでもなく静の家で料理することは不可能だ。あいつの家には調理器具が何一つないし、そもそも空気が汚れている。


 となればうちでやるしか無い訳で。


 現実的な案としては、『俺が無言で料理している隣で、静とみやびちゃんに上手い事わちゃわちゃして貰う』しかこの雰囲気を再現する方法はなさそうだった。


「…………ま、とりあえず相談してみるか」


 配信のこととか詳しくないしな。可能かどうかも含めて向こうで決めて貰うしかないだろう。





「────天童さんは絶対喋っちゃダメっすからね。エッテ引っ越したの公言しちゃってるっすから、お父さんとか弟って言い訳も使えないんすから」

「分かってる。静、お前も絶対俺の名前呼ぶなよ。料理を作ってるのはお前なんだからな」

「う、うん。大丈夫…………」


 オフコラボまでもう少し。

 我が家のリビングにはみやびちゃんによって色々な機材が運びこまれ、普段とは違う様相にどんどん緊張が高まっていく。


 …………数万人だぞ、数万人。いないものとして扱われるとはいえ実際はその場にいる訳で、もし何かやらかしてしまったらと考えたら…………正気じゃいられない。その場合被害を被るのは静とみやびちゃんだからだ。


「この角度ならカメラもオッケーっすかねー、マイクも大丈夫そうっす」


 みやびちゃんがテキパキと準備を整えていく。聞けばオフコラボは何度もやっているらしかった。静は勝手が分からず手持ち無沙汰なようで、そわそわとリビングを歩き回っている。


「いやーそれにしても楽しみっすね! エッテご飯で見てから、アクアパッツァ食べてみたいなーって思ってたんすよ」


 今晩の献立はみやびちゃんの強いリクエストで真鯛のアクアパッツァになった。ただそれだけだと味気ないので、映えを意識して真鯛のカルパッチョも追加予定だ。今日は真鯛祭り。


「みやびちゃんの口に合えばいいけど。とりあえず料理の方は大丈夫そうだから、必要になったら呼んでくれ」

「了解っす!」


 キッチン周りの用意を済ませ、自室に避難する。

 慣れ親しんだ自室の空気に包まれて、非日常から日常に返ってきたような気持ちになった。


 しばらくするとリビングからふたりの声が聞こえてきた。いつもの声ではなくVTuber仕様の方。始まったんだ。


「おいっすー、ゼリアだよー! 聞こえるかー!?」


 扉一枚挟んだ向こうから、さっきまでとはまるで違うゼリアちゃんの声が聞こえてくる。


「…………」


 居ても立っても居られなくなった俺はサイレントモードにしたスマホでコメントの流れを確認することにした。音声は直接聞こえてくるからサイレントでも問題ない。なんと贅沢なことか。


 配信ページを見るとエッテ様の初オフコラボという事もあってか視聴者数は3万人越え。コメントも大賑わいをみせていた。


コメント:『おっ』

コメント:『おいっすー』

コメント:『きちゃあああああああああ』


「聞こえてるっぽいなー! よーしじゃあ挨拶するぞー! 小悪魔系VTuberゼリア、今日はなんとーーーーー! …………エッテの家からお届けしてまーす!」


コメント:『うおおおおおおおおおお』

コメント:『エッテ様ああああああああ』

コメント:『待ってました!』


「いやーそれもこれもねー、エッテが東京に引っ越して来たからこういう機会が設けられたってことでねー、私はほんとーーーに嬉しい! という訳で次エッテさんどうぞ!」

「どうもーアンリエッタでーす。今回のオフコラボ、実はゼリアちゃんが勝手にツブヤいてて、私は後になって知らされましたー。なんで後でボコボコにしときまーす。ゼリ虐しときまーす」

「それは謝ったじゃん! やめてよ~~~~~!」


コメント:『事後報告は草』

コメント:『流石ゼリア頭イカれとる』

コメント:『それでも付き合ってあげるエッテ様優しすぎ』


 …………実際凄い子だよな、みやびちゃん。普通は事前に詳細詰めてから告知って流れだと思うし。もしその流れなら、静は絶対自宅でのオフコラボは了承しなかっただろう。


 だがもし仮にみやびちゃんの家でやるとなれば、エッテご飯を作ることは出来なかった。そう考えたら結果的にこれで良かったのかもしれないな。雨降って地固まるというか。


「まあまあそれはあとで抵抗させて貰うとしてよ、ツブヤッキーで言った通り私は今日エッテのご飯を食べにきたんでね? 早速エッテには準備して欲しいなーって思うけども。お腹空いちゃったし」

「人ん家来といて態度デカいなーこいつw まあしゃあない、振舞ったりますかー」

「やったー! あざっすあざっすー!」


コメント:『エッテご飯!』

コメント:『裏で怒られるゼリアちゃんが目に浮かぶ』

コメント:『ゼリエッタてぇてぇ…………』


 そろそろか…………?


 そう身構えているとゆっくりと自室のドアが開けられ、緊張した顔付きの静が手招きしてくる。


 …………よーし、やるか。





「えー、なにそれ!? 捌くの!?」

「これは真鯛。今日はアクアパッツァとカルパッチョ作るから、捌いてみようかなーって」

「やばwwww魚捌ける人初めて見たwwwwww」

「いやいや、普通にいるでしょーよ」


 俺を挟んで、静とみやびちゃんが掛け合いを始める。


 キッチンに置いた俺のノートパソコンでコメントは見れるようにしてあるから、疑われたり不測の事態が起こってもある程度は対応出来るはずだ。


コメント:『魚捌けるのすげえ』

コメント:『エッテ様絶対いい嫁さんになるやんお姫様だけど』

コメント:『バーチャリアルで一番結婚したくない人と一番結婚したい人の組み合わせ』


 …………よし、今の所は大丈夫そうだな。


 ホッと一息ついて、シンクの中で包丁を使い真鯛の鱗を落としていく。大きな鱗がボロボロっと取れて気持ちがいい。


「めっちゃうろこ落ちてて草なんだけどwwwwwwてか、うろこって取んないといけないんだねwwwwww」

「そりゃそーよ。うろこ取らないと…………ほら、色々大変だからさ」


 静は鱗を取る理由までは分からないんだろう、曖昧に濁した。

 鱗は雑菌まみれだし生臭いし触感も悪いし包丁も入りにくくなるし、取るに越したことはないんだぜ。


「…………」


 鱗を取り終わったらヒレを切り落として、次に胸鰭の所から頭を切り落とす。そうしたら腹を開いて内臓を取り出し、一度全体的に水洗いをする。


「うおわあああああ内臓出て来たあwwwwwwグロすぎるwwwwwwwww」

「あんたねー、そんな事言ってたら料理なんて出来ないよー? 慣れりゃなんてことないんだからこんなの」


 凄いな静、自分を棚に上げて完璧な演技を披露している。これが人気VTuberの演技力だとでもいうのか。


コメント:『ゼリア賑やかし要員wwww何か手伝えwwwww』

コメント:『女子力通り越してお母さん力だろこれ』

コメント:『料理中のお母さんにちょっかいをかける子供みたい』


 水洗いが終わったら、あとは三枚におろして皮をひくだけだ。背びれの所に包丁をいれて、綺麗に身を取り出すことに成功した。皮もささっと取り払う。


「よーし、終わりっ」

「すっごおおおおおおおお! スーパーに売ってるやつになった!」

「片方はアクアパッツァにして片方はカルパッチョにするからねー」


 アクアパッツァのレシピはこの前と同じなので、特に迷う事はない。

 無言で手を動かし白ワインをスープに変えていく。


「うわ、料理に白ワイン使ってる…………ちょっともう今からエッテの事シェフって呼ぼうかな」

「それは恥ずかしいからやめてw」


コメント:『シェフ』

コメント:『シェフいいね』


 シェフいいな。静にとっては最悪の煽り文句だろう。


 今度呼んでやろっと。


 そんなこんなで二人の自然な演技も相まって、特に疑われることもなく料理パートは終了しようとしていた。


「完成っ。リビングで食べよー?」

「うわー、カルパッチョの盛り付け完全にお店じゃん! なんか花みたいになってるし! 女子力たけえええええええ」


 ふたりは騒ぎながら料理を持ってリビングに移動する。

 俺は心地よい疲労感に包まれながら、そんなふたりの後ろ姿を見送った。


 …………あー、無事に終わって良かった。

 コメントも何一つ不穏な雰囲気はない。エッテ様が料理を作ったものだと全員が思っている。


 やっと肩の荷が降りたな…………。


 ────そんな時。


「お邪魔するわねー?」


「!?」「!?」「…………?」


 玄関から聞こえてくる声に俺と静は飛び上がりそうになる。


 今の声は…………ひよりん!?


「わあ、いい匂い…………って、どなたかしら?」


 リビングに入ってきたひよりんが、みやびちゃんを見て首を傾げる。


 …………やべえ! ひよりんに今日の蒼馬会は中止だって連絡するの忘れてた!


コメント:『誰?』

コメント:『スペシャルゲスト!?』

コメント:『何か聞いたことある声』


「…………!!」


 「どうすんのよ!」と言いたげな目で静が俺に助けを求めてくる。


 …………ごめん、何とかしてくれ。

個人勢VTuber『氷月こおり』は私の過去作にメインヒロインとして出てきますので、興味があればこちらも読んでみて下さい。(今作効果か昨日評価10000pt達成しました。ありがとうございます)


【IFルート連載開始】偶然助けた女の子が俺が激推ししている大人気バーチャル配信者だった〜ガチ恋している推しがまさか身近なあの子だなんて気付くわけがない〜

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