聞いてないんだけど!?
私は何もしないのが得意だ。
特にベッドの上でゴロゴロする事にかけては地元じゃ負け知らずだった。きっと東京でもかなりのゴロゴリストに違いないと自負している。
『おいすー 調子どうー?』
そんな訳で一時間くらい特に何もせずベッドの上でぬべーっとしていると、ゼリアちゃんからルインが来た。
ゼリアちゃんはバーチャリアルの私の同期だ。
『人間界に迷いこんだ小悪魔』という設定で、黒のフリフリドレスに小さな角、小さな羽という3Dモデルが特徴だ。
小悪魔なのでわざと質素な感じに衣装が作られていて、よく言えばちんちくりん。悪く言えば小物っぽい雰囲気がある。その雰囲気がゼリアちゃんに酷い事をして楽しむ『ゼリ虐』というコンテンツにマッチしているのか、ゼリ虐したいというファンが後を絶たないらしい。興味本位で調べてみたらそういう感じの薄い本がたくさんあって笑ってしまった。
ゼリアちゃんとは同期という事もあってよくコラボするし、こうやってプライベートで連絡を取り合うくらいには仲がいい。バーチャリアルの中で一番仲が良いって言ってもいいかもしれない。
『おいすー いい感じだよー』
『そかそか 一人暮らし満喫してるみたいだなー エッテ飯人気みたいじゃん』
「あはは…………」
小さな嘘から始まった『エッテ様は女子力が高い』というイメージは、もうすっかりバーチャリアルファンの共通認識になってしまっていた。
今更『嘘でしたー』なんて言える訳もなく、実は今頃になってどうしよう…………と少し不安になっていたりする。
『ところでさ、家行っていい? 遊ぼーよ!』
本題はそれだったんだろう。ゼリアちゃんは私の返信を待たずに連投してくる。
「遊びたいけど…………うち…………?」
ベッドの上から配信部屋兼寝室を見渡す。
────パソコンデスクの上はカフェオレの空容器とペットボトル、それからエナジードリンクで溢れ、乗り切らなかった分は床に転がっている。
────ベッドの周りはお菓子のゴミが散乱していて、ベッドから降りようとすると何かしら踏みつぶさなきゃいけないせいで、そのほとんどがぺちゃんこにつぶれている。
────床は足の踏み場もないほどハンバーガーチェーンの袋で溢れているけど…………まあこれはハンバーガーが美味しすぎるのが悪いから私の落ち度ではないか。
「呼べないよなあ…………」
この部屋をみて『エッテ様は家庭的だね』なんて言う人は多分一人もいないだろう。いたら逆に怖い。余程歪んだ家庭で育ったに違いない。
いつも蒼馬くんが週末に片付けに来てくれるけど、それも一瞬で元通り。多分私には片付けの才能が無いんだと思う。
うん、無理無理。呼べるわけない。遊ぶにしても外がいいな。
『遊ぼう! でも外にしない? うちまだ引っ越しの荷物とかでちょっと散らかってて』
ちょっとどころじゃないけど…………私の感覚では今の状態は『散らかってる』に入ってないし。そういう意味では嘘はついてない。
それにしても、ゼリアちゃんどんな人なんだろ。通話は数えきれないほどしてきたけど会った事はないからなあ。案外大人のお姉さんだったりして。それはないか。
そんな妄想をしていた私は、急転直下地獄まで叩き落された。
『エッテの家がいいなー というかオフコラボしたみ! エッテご飯食べたいし! というかもうツブヤッキーで言っちゃったwwww』
「えっ!?」
オフコラボというのはVTuberの中の人同士がオフで集まって配信することだ。大抵誰かの家で行われる。中の人のオフの姿が垣間見えたりして、チャット欄がとても盛り上がるお祭り的なコンテンツ。
この前までド田舎暮らしだった私は勿論オフコラボなんてしたことはないし、上京したらオフコラボしてみたいなあ…………なんて思ってた。
だけど!
「言っちゃったってなにさ!」
慌ててツブヤッキーを確認する。
ゼリアちゃんゼリアちゃんゼリアちゃんっと…………
「…………うげッ」
『【告知】エッテは本当に家庭的なのか!? 私はその謎を解き明かすべくエッテの家へと向かった【オフコラボやります!】』
「なんなのよもぉ~~~~!」
ゼリアちゃんの最新ツイートはとんでもない内容だった。私は思わず両手で頭を抱え天を仰いだ。
『勝手に決めないでよーーーー!』
『えーでもさー 前に家遊びに行くねって言ったらいいよーって言ってたじゃん』
『そうだけど! オフコラボは聞いてない!』
『うちのリスナーがエッテとオフコラボしろって聞かなくてさwwwwww まあ観念して私に手料理を食べさせてwwwwww』
ゼリアちゃんのツイートは既に何千リツブヤキもされている。楽しみーってリプも沢山来ていた。今更無かった事には…………多分出来ないよね。
それに頑なに拒んだらゼリアちゃんとの雰囲気悪くなっちゃいそうだし…………ゼリアちゃんと遊びたくない訳ではないんだ。勘違いされるのも嫌だった。
『日程は私が決めるからね!』
既に半泣きの私に出来るのは、蒼馬くんが大学から帰ってくるのを待つことだけだった。